九章 三 そんなことできないわ
三
翌朝、フェリアスが目を覚まし、シルバーに会いに行こうと侍女に訊ねるとすでに城を出発したということだった。
「もー! なんで私に一言も無しで行っちゃうのかな!」
そう言って暴れると侍女が申し訳なさそうに手を上げた。
「あの、ひとつご伝言を預かっております」
「え、何? なんて?」
「あの、申し上げにくいのですが」
「何よ。早くいいなさい!」
「は、はい!ご伝言は『アリオンは借りておくぞ』とのことです」
「あああぁ! 私のアリオン!!」
アリオンはフェリアスがアガーテの村で買った大事な馬だった。ずっと旅を共にした仲間だ。やんちゃで臆病だが、素直な子。
フェリアスは駆け足で厩舎に向かったが、アリオンはどこにもいなかった。旅の仲間一人と一頭を失い、フェリアスはひとりぼっちになってしまったような気分になってしまう。
その後、フェリアスは一人で朝食を食べた。旅の間に食べてきたものとは比較にならないような豪華な食事だったが、味がしない。いや、料理は一流なのだろう。
(食事って、誰とするかでこんなに違うのね)
食事を終えたところで、城主であるアイネイアースが現れ、フェリアスに声をかけた。
「フェリアス様。エルデファロンへのお帰りなのですが、現在フェリアス様のご帰還を伝える使者をエルデファロンにやっております。高速馬ですので、一両日中には到着するでしょう。申し訳ありませんがもうご一泊願えますかな」
「えぇ、それはいいけど。迎えが来るのかしら?」
「それも含め、エルデファロンに確認しております」
どうやらアイネイアースは女王バルシネがフェリアスに対して激怒していることを耳にしたのだろう。それで気を利かせているのだ。
「そう。ありがとう」
フェリアスは礼を言うと与えられた部屋に戻った。しばらく天井を眺めていたが、やることもなくすぐに飽きたので城内を散策する。しばらく歩いていると、外から喧騒がしたのでそちらを覗いてみると兵士が集まっていた。
訓練でもするのだろうかと見に行ってみると怪我をしている兵士が数名運ばれてきている。どうやら外で戦闘があったらしい。
「魔物?」
フェリアスは近くの兵士を捕まえて尋ねると兵士は震えながら答えた。
「火龍です! 百歳ほどのものが近隣の村を襲って!」
龍は三百歳で成体と言われ、それまでは幼体と言われる。だが幼体でも百歳であれば十分に身体も大きいし脅威となりうる存在だ。成体であれば兵士一軍(一万二千五百)にも匹敵すると言われる。
(こんなときシルバーさんがいれば!)
アイネイアースも兵舎に降りてきて、指示を飛ばしていた。
「相手は幼体だが龍だ! 二帥(五千)は集めろ!」
じきに兵士は集まって二帥程の戦力となったため、龍の出現地へ向かう。率いるのはアイネイアースの配下であるベラスケスだった。
フェリアスも付いていくと言うとアイネイアースは顔を青くして引き留めた。もしここでフェリアスに何かあったら自分の責任になってしまう。しかし強引にアイネイアースを黙らせ、ついていくことにした。
道中、フェリアスはベラスケスに作戦を聞いてみる。
「火龍は飛びながら炎を吐いてきます。なので固まるとこちらが不利となります。分散し、遠距離攻撃で叩き落すしかありません」
なるほど理に叶った作戦に思えた。隊の中には遠距離射撃が可能な砲台式の巨大弓もある。ベラスケスは続ける。
「龍は頭がいいので中途半端に傷を負わせると逃げられてしまいます。なので地上戦が始まったら絶対止まってはいけません」
「逃げる隙を与えてはだめということね」
「そうです。たとえ炎を吐かれて正面の兵士が死んだとしても横や背後の兵士は前進するのです」
「キツい作戦ね」
「フェリアス様はどうか下がってください。何かあっては私の首が飛びます」
フェリアスはアイネイアースの制止を振り切ってついてきたが、自分の存在が迷惑になっているように感じた。しかし、なんとか兵士達の助けになりたい。
昼前には龍が現れた村に着いた。村の一部は炎に焼かれ、煙を上げている。村人は一番大きな石造りの建物に避難していた。
フェリアスは目を凝らすと村を中心に円を描くように龍が飛んでいるのが見えた。
「龍もそろそろ昼食の時間ですかな」
隣のベラスケスにも見えたようで、冗談を言うと、大声で指揮を飛ばす。
「布陣しろ! 分散して弩砲を配置せよ! 魔法隊は逆側に陣取れ!」
兵士たちは訓練された動きで布陣を終える。龍が周回する円周がだんだん小さくなってきており、巨大な翼の羽ばたく音が恐怖を煽った。
「来るぞーー!」
隊長格の兵士が号令をすると、兵士は一斉に矢を放つ。だが通常の弓では威力が弱すぎて龍の翼が巻き起こす風に飛ばされたり、届いても硬い鱗に弾かれてしまう。
龍は喉を膨らませると大きく口を開け、赤い炎を吐き出した。炎は大地を蹂躙し、兵士を一瞬で黒い炭に変えてしまう。
フェリアスの陣にも人が炭になった臭いと共に熱風が届き、思わず生唾を飲み込んだ。
「今だ! 弩砲発射!」
隊長の号令と共に各陣から弩砲が射出される。弩砲から発射される矢には魔法使い達が追尾の呪いをかけており、発射されれば命中はする。弩砲の矢は六本違わず命中し、硬い鱗を貫いて火竜に深く刺さる。龍はたまらず落下。
兵士達は歓声を上げるとベラスケスが号令。
「突撃!」
六つに分散した兵士たちは一斉に落下した火龍に向かう。火龍は体勢を整えなんとか逃げようとするが、兵士達の接近が早いと見るや迎撃に切り替えたようで、再度炎を吐き出した。
炎の射線上にいた兵士たちは先ほどのように消し炭となった。それで兵士の足は一瞬止まる。
「怯むな! フレンツ兵の勇猛さを見せてやれ!」
「「応っ!!」」
隊長が兵士に檄を飛ばすと兵士は再び前進。火龍は再度炎を吐くが、兵士が龍に到達。銀色の刃を次々と龍の身体に差し込んでいく。
火龍が一際大きな咆哮を上げたとき、空が一瞬暗くなったように感じた。思わず空を見上げると、そこには地に落ちた火竜とは比較にならない巨大な火龍が飛んでいた。アガーテ村で見た地龍の成体に匹敵する大きさ。
空を舞う巨大な火龍に気づいた兵士たちは恐慌状態となった。龍は間違いなく成体。その鋭い目には憎しみの炎が燃えていた。おそらく地に落ち、今にも絶命しそうな幼体の親に違いない。
「弩砲だ、成体といえど地に落ちれば勝機はある!」
ベラスケスがそう号令をかけると弩砲が発射された。六本の巨大な矢は成龍に命中したが、先ほどのように矢が貫通せず、硬い鱗に弾かれてしまった。幼体とは身体が違いすぎるのだ。
「弩砲が通らないだと……!」
弩砲が通じないのであればもはや打つ手はない。空からこんがり焼かれてお終いだ。
「どうするの? 攻撃が届かないなら勝てないわ」
「フェリアス様、できるだけ遠くにお逃げください。我々は村を守ります」
「そんなことできないわ」
フェリアスは「ここで死ぬかもしれない」と覚悟を決めた。
次回、九章完結予定です。
十章でラストのつもりです。
書き始めてます!




