九章 ニ 王らしくはあるのかもしれない
二
フレンツ国内の町に着いた二人は領主の城へ向かう。このあたりの領主はアイネイアースという老将で、恰幅のいい人望のある人物だ。城内ではさすがにフェリアスの顔を知らない者はおらず、皆直立不動で出迎える。
案内の衛兵の後ろを歩きながらシルバーはつぶやく。
「本当に姫だったのか。まだ信じられん」
「今まで疑ってたの? これだけ一緒にいて?」
やや怒り気味にフェリアスが言うとシルバーは両手を肩で広げた。
「どうせ私は!……姫らしくないわよね」
フェリアスは拳を振り上げたが、力なく下ろす。シルバーはフェリアスの金の頭に手を下ろすと乱暴に撫でた。
「そうだな。らしくない」
「そうよね。だからお嫁に出されちゃうんだ」
「姫らしくはないが、王らしくはあるのかもしれない」
「私が?」
シルバーは無言で頷いた。
やがて領主のアイネイアースの部屋に通された二人はアイネイアースに椅子を勧められたので着席した。
「フェリアス様おひさしゅうございますな。確か、ヨーグラン国に嫁がれたと耳にしましたが」
アイネイアースはヨーグラン国の事情は知らないのだろうか。
「ヨーグラン国に行ったら魔物にやられちゃってて。アライモス王も亡くなったのよ。ここまで帰ってくるのに一年近くかかっちゃったわ」
「なんとそのようなことが……さぞエルデファロンが恋しいでしょう。ところでそちらのお方は?」
エルデファロンはフレンツの王城の名で、フェリアスの実家でもある。アイネイアースがシルバーに目を向けたのでフェリアスは紹介する。
「あぁ、こちらは私をここまで送ってくれたシルバーさん」
「それはそれは。わたくしこの城を預かりますアイネイアースと申します。ここまでの経費やお礼など、させていただきましょう」
そう言って手を出したので、シルバーはアイネイアースと握手をした。
「シルバーです。途中で手紙を出すこともせず申し訳ございませんでした。なにぶん、王女にあらせましては身の証を立てるものを何もお持ちでは無く、女王殿もお怒りと聞き及んでおりましたので」
アイネイアースは苦笑いした。恐らくフェリアスが厄介払いとして嫁がされたこともなんとなく察したのだろう。
「バルシネ様のご機嫌はいつもよろしくないですから、手紙は出さずに正解だったかもしれませんな。ここからはうちの者がエルデファロンまで責任もってお送りします。今日はささやかながら宴を設けますので是非ご参加ください」
「お言葉に甘えて」
その晩、二人は宮廷の衣装に着替え、宴の主賓として歓迎された。立派な衣装に見を包んだシルバーは城の夫人や女中の目を釘付けにするほど凛々しく、まるでどこかの王子のようであった。一方でフェリアスも王女の肩書に恥じない美しさを放ち、二人が並ぶとまるで婚礼の儀かと思うほどであった。
二人はここまでの旅の話や武勇伝をせがまれたので脚色せずに話すと、皆「信じられない」とばかりに驚いて話に聞き入り、さらに話をせがむのであった。
「そこでヘレクトールさんがアルバッキノスの裁定に逆らってシルバーさんを生かしたの。それで観衆の皆は大盛り上がりよ!『こんな男は見たことがない、なんて慈悲深いんだ!』ってね」
「そんな! 剣闘場で長に逆らうなんて。それでヘレクトール様はどうなさったのですか!?」
「なんとその後ね……」
そんな感じで大袈裟な身振り手振りを交えながら騎士や婦人に話すフェリアスは実に楽しそうだった。シルバーもその時のことを思い出しながら一緒に笑った。
さがて宴は終わり、シルバーとフェリアスは若い二人の女中に案内されてそれぞれあてがわれた部屋へ向かう。
「今日は、ふかふかの布団で寝られるわね。きっと最高よ」
「俺は土臭い藁の上も好きだがな」
「そういうのも慣れたけどね。でもやっぱりふかふかの布団には勝てないわね!」
やがてシルバーの部屋に着くと女中の一人が鍵を開け部屋に入る。フェリアスともう一人の女中はそのまま廊下を進んでいく。
「じゃあね、おやすみ」
「あぁおやすみ」
シルバーが部屋に入ると女中がシルバーの上着を脱がせた。されるがままに上着を渡したが、女中はさらに脱がせようとするので慌てて止める。
「一人で着替えられる」
「仕事をしないとわたくしがお叱りを受けます」
部屋で二人きりの状態で若い女に服を脱がされるのがイヤな男はいない。シルバーも例外ではなかった。女中はシルバーの厚い胸板を指先で撫で、吐息を漏らす。
フェリアスも女中に案内された部屋で着替えていた。部屋はかなり広く、端には大きな寝台があって、早くあそこに飛び込みたかった。
女中は手際よくフェリアスを薄い寝間着に着替えさせると最後に剣を渡してきた。
「剣?」
フェリアスはきょとんとして女中を見る。その女中には見覚えがあった。深い翠色の瞳。女中用の帽子を被っているが濃い金色の髪、浅黒い肌。
フェリアスの全身が震え、電撃が駆け抜けた。後ろに飛び退き、剣を抜く。
(しまった、『剣を抜いたら襲ってくる』ってシルバーさん言ってなかったっけ? マズいわ。私じゃこの魔物に勝てない。どうにかして助けを呼ばないと)
フェリアスは声を張り上げる。
「衛兵!!」
だが、音は部屋の中にだけ響く。この魔物が音を封じる魔法か何かを使っているのか。部屋の扉から廊下に出たかったが、扉側にその魔物がいるので出ることもできない。
魔物はどこから取りだしたのか、黒い刀身の剣をすらりと抜き放つと構えた。フェリアスもそれに反応して構える。
それを見て魔物は踏み込んできた。アルマキア流の型から繰り出される剣筋はシルバーと同じ。日頃シルバーの剣術を見ているフェリアスはそれを回避することはできる。
(動きがこの前よりは遅い……やっぱりまだ怪我が治ってないんだ)
そこからさらに十合ほど打ち合い、身体がぶつかったところでフェリアスは先日の怪我の箇所を蹴る。あきらかに魔物の動きが鈍ったので畳みかけていく。
(出し惜しみはしない、速攻で終わらせる!)
左足、右肩と斬りつけ、さらに四本に分かれる幻影剣を打ち込む。
(幻影剣はわかっていても防げないんだから!)
魔物は回避は諦め、両腕を交差して防御。幻影剣は魔物に命中し、透明な体液をまき散らす。魔物の右肘から先を斬り飛ばした。
(浅い!まだ斃れてない!)
魔物は斬り落とされた右腕を拾うとフェリアスに背を向け扉を開けて廊下へと飛び出した。フェリアスも慌てて追ったが魔物は廊下の窓から外に飛び出し、夜空に消えて行った。
フェリアスは一気に脱力し、廊下に座り込む。
「なんとかなったけど、城にまで入り込むなんて。寝込みを襲ってこないのは助かるけど」
魔物は何故か相手が剣を抜いた時しか戦わないらしい。それが何故だかわからなかったが、そうでなければ着替えの最中や寝台で寝ているところを襲うことだってできたはずなのだ。
剣を杖にして立ち上がり、ふらふらと部屋に戻って柔らかい寝台に倒れ込んだ。
(気持ちいい……でもあいつを退治しないと安心して寝られないわ)
しかし疲労が勝ったのか、フェリアスはすぐに眠くなってしまった。
ラストもほぼ固まりました。
ここからはペース上げて行きます。




