九章 一 帰郷
一
シルバーの体調が回復し、二人はしばらく旅を続けた。そこからは道中たまに魔物は出たものの、比較的安全に進むことができ、いよいよフレンツ国も近くとなった。
その日は野宿で、二人は街道脇に作られた旅人のための小さな設備で休んだ。設備といっても壁と屋根がある程度で、部屋には寝台すらもなく、本当に「ただの箱」であった。しかしそれでも野ざらしよりは遥かにマシだ。竈は小屋の外に石で簡易なものが作られていた。おそらく過去にここを利用した誰かが作ったものだろう。それを何人も使いまわしているのか、あちこち崩れてはいたがまだ使えそうだった。
シルバーは竈に小さな鍋を置くと水を入れ、火を熾した。
フェリアスもシルバーの向かいに座り、焚火をぼーっと眺める。焚き木が弾ける音と、水がざわざわと音を立て始める音しか聞こえなかったが、シルバーが何かの気配に気づいたのか、フェリアスの肩の向こうを目を見開いて見つめていた。
フェリアスは思わず後ろを振り返ると、そこには褐色の肌に自分と同じ金色の髪、深い翠の瞳をした恐ろしいほどの美少女が、黒い革鎧をつけ剣を持って立っていた。フェリアスは跳ねるように立ち上がり、自分も腰の得物に手をかけた。
「よせ」
フェリアスが剣を抜こうとしたのを見て、シルバーが制した。
「誰? 知ってる人?」
フェリアスが尋ねるとシルバーは顔を歪ませる。
「人ではない。魔物だ」
フェリアスは再度美少女をよく見ると、背中に黒い羽根が付いている。明らかに人間ではなかった。慌てて剣を抜こうとするとシルバーが怒鳴った。
「抜くな!」
フェリアスは驚いてシルバーを振り返る。
「抜くと襲ってくる。こいつはお前では勝てない」
シルバーはそう言ってフェリアスの前に出ると自分の剣を抜いた。
フェリアスは目の前の美少女、いや魔物が剣を持っているのを見ている。確か、魔物は剣術は知らない。だから一流の剣士ならば剣を持つ魔物にも勝てる、と以前言っていた。だからシルバーなら勝てるはずだ。
やがてシルバーと魔物は剣で打ち合い始めた。
「嘘。あの魔物、型を使ってる」
フェリアスは恐怖のあまり手先が痺れてくるのを感じた。
シルバーと魔物の打ち合いは目で追うのも大変なほど高速になり、辺りには剣戟の音が響く。フェリアスが見たところ、魔物はシルバーと同じ、アルマキア流のようだった。魔物はさらに速度を上げ、人間が物理的に剣を振れる速度を上回り始める。シルバーは自分もよく知っている型ということもあり辛うじて捌いてはいるものの、反撃の型も魔物に読まれている。腕力、反射神経、動体視力で人間を遥かに上回る魔物が、同じ剣術を使えばどうなるか結果は明らかだった。
まさにシルバーの首が撥ねられようとしたところを、フェリアスは割って入る。そして全力で剣を振り始めた。
フェリアスにはシルバーのような剣速は出せない。反射神経も動体視力も劣るだろう。しかし何故か相手の魔物は攻めあぐねているようだった。
(『型』だ。この魔物はアルマキア流しか知らないんだ)
フェリアスはクヘン流。一対一に特化した剣術だ。
(相手が型を覚えてしまう前に、初見殺しするしかない)
フェリアスは相手の使うアルマキア流の型を知っている。ちょうど型を切れ目を見て、『必殺』を仕掛ける。
「幻影剣!!」
フェリアスの剣は錯覚により四本に分裂。魔物は明らかに戸惑った。フェリアスの狙い通り、本物の刀身は魔物の身体を袈裟斬りにし、革鎧を裂いて透明な体液が飛び散った。
「やった!」
人間なら致命傷だが、魔物は斃れなかった。魔物は傷を押さえ、大きく後ろに飛び退く。
「まだだ!」
シルバーがそう言いながら魔物に突進し、斬りかかる。が、魔物は羽を振るわせ空に舞い上がっていく。たちまち魔物は小さな点となり夜空に消えて、見えなくなった。
「くそ……」
シルバーは忌々しげに空を睨む。
「なんなの、あの魔物。剣術を使ったわ」
「あぁ、何年か前から付き纏われている。あれが完全に剣術をモノにする前に討伐したいのだが、毎回逃げられる」
「ひょっとして、シルバーさんが旅をしているのって、あれを斃すため?」
シルバーは少し考えたが、頷いた。
「まぁ、そうとも言える。あれは最初、俺の兄が相手をしていたんだが、狙いが俺に変わってしまってな。あそこまで育ててしまったのは俺の責任だ。最初は剣術も知らない雑魚だったんだが、様子を見ているうちに俺から剣術を吸収してしまった」
「お兄さん」
フェリアスは、シルバーが以前「敬愛する兄がいる」と言っていたのを思い出す。
「そう、だから俺がさっさと斃さないと兄も責任を感じるだろうな」
「次はいつ来るのかしら」
「さぁな。結構な傷を負ったはずだから、しばらくはないだろう。狙いがお前に変わるかもしれん」
「そんなぁ! 嫌よ」
「割って入るからだ」
「危なかったじゃない!」
「……そうだな。完全に上回られた。あのままでは死んでいたな」
シルバーが真顔でそう言ったので、フェリアスはそれ以上何も言う気にならなかった。だが、次またあの魔物と戦って、シルバーは勝てるのだろうか。
二人は焚き火に戻ると、鍋の水はすっかり蒸発していた。シルバーは再び鍋に水を入れると鍋に入れる野菜や肉を袋から出して短刀で切り始めた。
フェリアスはそれを眺めていたが、頬杖をつきながらシルバーに尋ねる。
「私、もっとシルバーさんのこと知りたいわ。一年近く旅しているのに、ほとんど知らないんだもの」
「それでいいさ。どうせお前を国に送り届けたらもう会うこともないだろうしな」
フェリアスはシルバーをじっと見つめる。
「もし、特に行く宛てとか無いなら、うちの国で働いてみない?」
シルバーは首を振る。
「お断りだな。俺は国という組織が嫌いだ。ただの一国民としてなら考えてもいい」
「マルキアナには帰らないの?」
「……国に戻るつもりは無いんだ」
「どうして? ご両親とか、お兄さんもいるんでしょう?」
「そうだな。家族とは仲が悪いとかではない。戻ろうと思えば戻れる。だが戻るつもりは無いんだ」
シルバーが明らかにその話題は拒絶するという空気を出したので、フェリアスはそれ以上追及するつもりにはならなかった。
「あ~ぁ。私ってばお姫様だし。またどこぞの王様か王子様と結婚に出されるんだろうな~」
「お前を嫁にもらうなぞ、不幸な国もあったもんだな」
「……どういう意味よそれっ!」
シルバーは笑うだけだった。それを見て、何故かフェリアスも笑ってしまった。
そうして夜は更け、旅は続き、フェリアスはついにフレンツ国領内に帰ってくることができた。
九章に入りました。十章完結を目指します。
ラストも書き始めたので、自分でも楽しみです。




