八章 三 それはおそらくないでしょう
三
しばらくしてシルヴァンティスが行方をくらましたことを知った王はシルヴァンティスの母と姉を捕らえ、追手を放った。
シルヴァンティスは追っ手が放たれることは当然想定していたので、まず髪を黒く染めた。瞳の色はごまかせないので、色つきの眼鏡を着用した。名前も偽名のシルバーと名乗り、南のほうへと目立たない速度で移動する。
故郷から二つ離れた村に着いた時、シルバーは一人の男に声をかけられた。
「シルヴァンティス。俺だ」
本名を呼ばれたのでぎょっとしてその男の顔を見ると知った顔だった。姉の恋人、ルアーサスだ。
「ルアーサスか。驚かすな」
「大変なことになったな」
「全くだ、そっとしておいてくれればいいものを」
シルヴァンティスが溜息を落とすとルアーサスはシルヴァンティスの肩を叩く。
「アルシノエさんとドリスも捕まってる。参ったよ」
「やっぱり母さんと姉さんは捕まったか。でも命の心配は無いはずだ」
「どうだかな。だが幸い俺にまでは手は回ってないようだ」
「それは良かった。俺はとりあえず国外に出ようと思う」
ルアーサスは少し考え込むと、シルヴァンティスに一つ提案をした。
「俺も行こう。おそらく二人組のほうが追手も撒きやすい」
ルアーサスの言うとおり、追手は「単独で逃亡中の銀髪に銀色の瞳の男」と手配されているはずだった。なので二人ならあまり目立たないはずだ。すでに王族の争いは、なんとなくだが「王子達が全員死んでしまった」と噂となって村々に広がっていた。懸賞金をかけられたら村人相手ですら油断はできない。
「わかった、こっちからも頼むよ」
「あぁ、よろしくな。ところで今気づいたんだが、お前の母親はアルシノエさんだろ。第三王子の名前はアルシノエス。何か関係があるのか?」
シルヴァンティスは首を振る。
「『アルシノエ』は神話に出てくる女神の名前だろ? 女性につけるありふれた名前だ」
「そっか。じゃあ偶然なんだな」
「当たり前だ」
そうして二人は情報収集をしながら南を目指し、やがて国境付近の村に差し掛かった。そこにも追手らしき兵達はいたが、二人組で、しかも髪を染めたシルヴァンティスは全く気に留められなかった。しかし、変な挙動を見せればたちまち疑われるだろう。
その村でシルヴァンティス達は奇妙な噂を耳にする。なんと第三王子アルシノエスが生きているというのだ。それはシルヴァンティス達にとって朗報だった。第三王子が生きているなら間違いなく正当な王位継承者であり、シルヴァンティスを無理やり王にする必要は無くなる。王シャルムにとってもこれ以上の話は無いはずだった。
噂を教えてくれた村人に、シルヴァンティスは尋ねる。
「しかし、アルシノエス様が生きておられるならすぐお城に戻られるでしょう?」
「そうねぇ。なんでかしらねぇ」
村人は首を傾げて行ってしまった。
「ルアーサス、どう思う?」
シルヴァンティスがルアーサスに聞くと、ルアーサスは唸った。
「生きておられるのは間違いないと思う。そうじゃないとこんな噂は立たない。戻られない理由は……わからないな」
「じゃあ当面の方針としては、アルシノエス様の捜索と、お城に戻っていただくために協力するということでいいか?」
「いいと思う。俺の知り合いにも手紙を出してみよう」
「あぁ、助かるよ」
そうして、二人は第三王子の情報を集めながら南に下っていく。もう数日もすればベオグラド国だ。ここまでの旅は問題なく進んでいた。次にたどり着いた村はクラグバッツという村だ。ベオグラド国との境界が近いこともあって行商人も行き来が多く比較的賑わっている。これなら新しい情報が手に入るかもしれない。
ルアーサス達は酒場に行き、空いた卓に座ると適当に注文をした。飲み食いしながら周囲の話に耳を傾ける。近くにいた猟師と思われる集団が何やら話をしている。
「ここから西のチャチャエに行く道に魔物が棲みついたらしい」
「ほう? 何だ? 竜頭人か? 人狼か?」
別の狩人が尋ねるとさらに別の狩人が答える。
「見たことも無い奴だ。背中に蝙蝠の羽があって、剣を使う」
「剣を使うだと? 魔物が?」
「実は俺と知り合いが数人で狩りに行ったんだが、矢を撃ってもすべて斬られ、魔法も通用しなかった。接近戦を挑んだ奴もいたが、剣で胴体を両断する怪力と背後から斬りかかっても反撃してくる反射神経がある。ちゃんとした討伐隊じゃなければ無理だな」
「チャチャエには俺の両親がいるんだが、その魔物のせいで村に行くことができねぇ。困ったもんだ」
その後、猟師達は別のくだらない話題で盛り上がった。他にはこれといって興味のある話題は無く、第三王子の情報も無かった。
「魔物か……」
シルヴァンティスが考え込むとルアーサスが釘を刺す。
「まさか討伐しようってんじゃないだろうな? お前そこまで強くないだろ? 危険すぎる」
確かにシルヴァンティスは剣の訓練はしているし、魔物を狩ることもあるが、剣を使う魔物と戦ったことはなかった。
「そんなことをしている暇はないだろ? 第三王子も探したい」
そんな話をしていると、隣の老人がいきなり話しかけてきた。
「あなたたち、第三王子を探しているのですか?」
シルヴァンティスはしまった、と思った。何かボロを出しただろうか? 正体を勘ぐられたら終わりだ。男の問いに答えたのはルアーサスだった。
「えぇ、まぁ。第三王子が生きていると噂を聞きましてね。もちろん直接お会いしたことなど無いですが。お城にお連れできればたくさん褒美がもらえそうでしょう」
そう答えるとルアーサスは笑う。老人も笑った。
「噂。噂ねぇ。あぁ、私はクレシェーボのストロピウスと申しまして、商売をしております」
「あぁ、どうもご丁寧に。私はルアーサス、こっちはシルバーです。それにしてもクレシェーボ? 随分遠くから来られたのですね」
「えぇ、この辺りまで商売に来ております。ちょうどチャチャエに届け物があったのですが、例の魔物のせいで立ち往生しておるわけです」
「なるほど」
「それでですね、もし魔物を討伐していただけるなら、第三王子について私が持っている情報をお話しします」
シルヴァンティスとルアーサスは顔を見合わせた。
「有益な情報なんでしょうな? 命掛けになるのですから、下らない情報だと……」
ストロピウスは少し考えたが、笑顔で答えた。
「討伐をお約束していただけるなら情報は先にお渡ししても良い」
「本当にいいのですか? 我々が情報を知って去るやも」
ストロピウスはしてやったりな顔となる。
「それはおそらくないでしょう」
「どうしてそう言い切れる?」
シルヴァンティスが思わず詰め寄ると男は咳払いをする。
「では、お話を請けていただけるということで良いですかな?」
シルヴァンティスとルアーサスは黙って頷いた。
「では、お話しましょう。実は、第三王子はチャチャエにおられるのです」
「そうなのか!?」
二人は驚いて目を見合わせた。
「私は魔物から逃げおおせた行商人からこの話を聞きました。間違いないようです。魔物のせいで村から誰も出られないと」
シルヴァンティスは納得した。なるほど俺たちが第三王子を探しているならチャチャエを封鎖している魔物を斃すしかない。だから男は俺たちに依頼を持ち掛けたのだ。第三王子も魔物のせいで城に帰られないという事態にも納得が言った。情報がでてこなかったのも、魔物が道を塞いで手紙も当然届かないし使いの者が村から出ることもできなかったのだろう。
シルヴァンティスは立ち上がった。
「どうやら討伐するしかないようだな」
三章で出てきたルアーサス、七章で出てきたストロピウスとの過去です。
第三王子は無事でしょうか。




