八章 ニ シルヴァンティス
二
マルキアナ国の正統後継者は第三王子アルシノエスと決まったが、それを易々と承服できない者達もいた。当事者である王子自身もそうだが、王子を支持していた派閥の人間達だ。もしこのまま第三王子が王位についたら、第一王子、第二王子の派閥にいた自分達は要職を追われてしまうだろう。
それを見越した者達は静かに派閥を離れ、第三王子の派閥に移り始めていた。しかし第一王子、第二王子の二人もその空気は感じている。時間が経てば経つほど不利になっていくのは明白だった。
ついに第一王子が決起した。軍をもって王城に雪崩込み、第三王子を討たんと第三王子の居室に攻め入る。しかし第三王子の兵達もそのことは予見しており易々とは通さない。すでに第三王子の勢力は第一王子を上回り、正面から押しただけでは勝機はなかった。
しかし、第二王子の軍が第一王子の軍に加勢し状況は変わる。第三王子は第二王子が決起する可能性も考えてはいたものの、第一王子と手を組むとは予想していなかったのだ。第三王子の軍は敗れた。
第三王子の居室に入ったフィノメイアとエウクレイデスはその場の兵士に確認する。
「アルシノエスは討ち取ったか?」
兵は畏まる。
「は、アルシノエス様は兵士と揉み合った末、その窓から転落されました」
居室は王城の最上階、五階にあり窓の外は断崖絶壁だ。フィノメイアは窓から顔を出して下を見る。
「この高さでは助かるまい。下には川も無いしな」
「死体を確かめますか?」
兵士がそう確認すると、エウクレイデスが頷いた。
「そうだな、頼む」
「は」
そう言うと兵士は下がっていった。居室に残されたのは、第一王子と第二王子のみ。
「エウクレイデス、隙を見せたな!」
アルシノエスの居室に二人残されたフィノメイアとエウクレイデス。アルシノエスが転落死したのであれば、敵はお互いの目の前にいる男だけだ。フィノメイアはここぞとばかりにエウクレイデスに斬りかかった。
「……愚かな」
エウクレイデスの身体がほんのりと光る。王族の魔法、『蒼王鬼化膂法』が発動。命の危機が迫った時、身体能力を爆発的に強化する魔法だ。エウクレイデスは文官であったので、武勇に長けるフィノメイアと正面から討ち合ったら勝ち目はない。だが王族の魔法で強化されれば話は別だ。
エウクレイデスは紙一重でフィノメイアの剣先を回避すると懐から小剣を抜く。稲妻の速度でそれをフィノメイアの胸に滑り込ませると白刃は抵抗なくフィノメイアの胸に吸い込まれていった。
フィノメイアは口から血を噴き出す。
「ま、まさか……しかし、このままでは!」
白刃から手を離さないエウクレイデスを、フィノメイアは両手で固く抱え、居室の窓から身を乗り出した。エウクレイデスはフィノメイアの意図を察したが、すでに重心が傾いて落下が始まろうとしている。
エウクレイデスは焦り白刃から手を離すと窓の枠に手を伸ばし、掴んだ。強化魔法はなお命の危機であるエウクレイデスに力を与え、転落は辛うじて免れた。フィノメイアは最後の力を振り絞ってエウクレイデスに掴まっていた。
「この、死にぞこないが、早く落ちろッ!」
エウクレイデスは身体を揺さぶってフィノメイアを払いのけようとする。エウクレイデスの腰のあたりに掴まっているフィノメイアは自分の胸に刺さる白刃を抜くと、それをエウクレイデスの胸の中心に突き刺した。
エウクレイデスはあまりの激痛に窓枠から手を放してしまい、二人は落下。五階の高さを越え、はるか崖下に二人は激突し、完全に絶命した。
病床に伏せる王シャルムは事の顛末を聞き嘆いた。先の短い自分の跡を継ぐはずだった優秀な息子たちを同時に失ってしまったのだ。王が今から子作りしなおすこともできないだろう。このままでは国が滅んでしまう。その時、文官の一人が王に耳打ちをする。
「王よ。先日の下女の息子ですが、十五になってございます。一度…」
「ならん」
「お言葉ながら…」
「ならん!」
文官はそれで下がろうとした。
「……待て。一度、会おう」
文官は大きく頭を下げ、去っていった。
数日後、王シャルムの前に通されたのは長い癖のある銀髪に銀の瞳を持つ青年だった。まるで王の若き頃のような風貌で、シャルム自身もどこか懐かしさを覚えるほどのものだ。青年は王の前に膝をついた。
「名をなんと申す」
王が尋ねると青年は鋼のような声で答えた。
「シルヴァンティスと申します」
「シルヴァンティス。貴様は王になりたいか」
王シャルムの声にシルヴァンティスは少し考える。
「……玉座は望みません」
「何故だ? 男なら皆、座ってみたいであろう」
男なら誰にでも野心はある。王にならないかと言われて断る男がいるとは思えなかった。
「自分には、過ぎたものだからです」
「フン、誰に対する遠慮だ? 王になってしまえば文句をいうものなどおらぬ。つまりは儂に対するものであろうが」
「わたくしは下女の子にございます。王城には相応しくない」
「左様。相応しくない。しかし、不愉快ながら貴様は儂の血を引いておる」
シルヴァンティスは銀の瞳で王シャルムの銀の瞳を見た。これは紛れもない血のつながりの証拠だ。
「シルヴァンティス、下女の母親と、種違いの姉がいるであろう。二人を殺せ。そうすれば下女の子であることに目を瞑って王にしてやろう」
シルヴァンティスは何を言われたのかわからないという表情になった。周囲で話を聞いていた文官達は青ざめる。これは『断れば殺す』という意味だ。王にしてみればどうせ跡を継がないつもりなら殺しても構わない、という考えなのだろう。
シルヴァンティスもようやくその言葉の意味を理解した。シルヴァンティス自身の意志などどうでも良かったのだ。ここで断れば家に帰ることはできない。同時に、王シャルムが込めた意味も理解していた。家族同士の殺し合い、その程度は王族ならば当然であり、乗り越えなければならないことであるのだ。自分がそもそもここに呼ばれたのも、王族自身の殺し合いが発端だ。
「……承知しました」
シルヴァンティスはそう答えると頭を下げた。
無事、王城から帰ることができたシルヴァンティスは、一気に疲れが出た。答えの選択によっては死んでいたかもしれないのだ。しかし自分はこのまま母と姉を殺して王になるつもりなどなかった。
その晩、夕飯を食べている時に王城に行ったというシルヴァンティスのことを聞き、母アルシノエは話を聞きたがった。
「シャルム様の若かりし頃は本当にお前にそっくりだったのよ」
「確かに、同じ銀の髪に銀の瞳だった」
「そうでしょう? どんなお話をしたの?」
ここで正直に「母と姉を殺したら王にしてやると言われました」とは言えない。それに王城での王位争奪戦についても城から離れた町にはほとんど知られていなかった。
「名前と、王になりたいかと聞かれた」
「それで?」
「丁重にお断りして帰ってきたさ」
「……そう」
母親はどこか寂しげに笑うと食事の片付けを始めた。
その夜、シルヴァンティスは家を抜け出し、旅に出た。母と姉を連れていく意味は無い。王シャルムも二人を殺したりはしないだろう。シャルムが殺してしまったらシルヴァンティスは絶対に玉座に着かない。人質くらいにはされるかもしれないが、丁重に扱われるに違いない。
さて、王族の争いが続きます。
シルヴァンティスが誰かは、もう皆さんおわかりかと思います。




