表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風の唄  作者: 安曇 東成


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/40

七章 三 山奥の理想郷


 影鬼との交戦から一ヶ月。街の住人は三割程が避難していた。だが残りは恐らく避難しないだろう。誰しも故郷を離れたいわけではないのだ。それに「誰かが斃してくれる」という根拠の無い他人任せな部分があるのかもしれない。

 

 その日、幹部の長であるストロピウスはキーロの屋敷を訪れていた。もう一度討伐隊を編成し、影鬼を討ってもらうためだ。

 

 屋敷の扉には無数の張り紙がしてある。紙には「役立たず」「無能」「出ていけ」「お前が影鬼に喰われろ」など心無い誹謗中傷が書かれていた。ストロピウスは紙を剥がして扉につけられた叩き金を鳴らす。

しばらく待っても返事がないので、重い扉を引いて中に入る。中は薄暗く、人の気配は無い。まさか、と思い書斎に向かう。

 

 大きな書斎の扉は開いていた。中を覗くと小さな燭台に灯りが一つ。椅子の上に老人が座っているのを認めてストロピウスは胸を撫で下ろした。


「キーロ殿」


 書斎の開きっぱなしの扉を拳で叩いて鳴らすと老人はゆっくりと振り返った。その顔は先日よりもさらに老け込み、もはやそこにいるのは『過去の宮廷魔術師』ではなく、『疲れた老人』だった。目には生気が無く、昏い瞳がストロピウスを見る。


(あぁ……これではとても討伐の話など……)


 ストロピウスはキーロを案じ、一つ提案をした。

 

「キーロ殿。実はこの街から少し離れたところに私の別邸がありましてな。今、私の知り合いがその別邸で静養しておるのですが、少々不安なのでキーロ殿にもついていただければ心強い。ついでに山奥の景色を見れば少しは気も晴れようというもの」


 キーロは最初は渋ったが、ストロピウスが熱心に頼むので承諾した。ストロピウスはほっと胸を撫で下ろす。


(キーロ殿もこれで少しはお元気になっていただけるだろう)


 キーロに討伐の話ができず、代役をこなせる魔術士もいないため、影鬼の討伐は振り出しに戻ってしまったが、ストロピウスは後悔はしていなかった。



 別邸はこの街から外れた山奥、湖と山が美しい静かな場所にあるらしい。キーロは僅かな荷物をまとめ、別邸に向かった。


 乗合いの馬車と徒歩で三日ほどかけ、山奥の別邸にたどり着いた。その場所は雄大な景色が広がる理想郷ともいえる空間だったが、キーロの目には何も映ってはいなかった。

 

 彼の心は失意と憂愁に閉ざされていた。


 別邸には先客がいると聞いていたが、いたのは二人の男女だった。一人は銀髪の男シルバー、もう一人は金髪碧眼の少女フェリアス。まるで新婚旅行に来た夫婦のようにも見えた。


「クレシェーボに来る途中で、『毒沼龍』に襲われてね。なんとか斃したんだけど、シルバーさんが毒をもらっちゃって。怪我は魔法で治ったんだけど、まだ毒が抜けきらないのよ。シルバーさんがたまたまストロピウスさんと知り合いだったから、ここを使わせてもらってるの」


 それを聞いてキーロは目を見開いた。


「『毒沼龍』だと? 彼が一人で斃したのかね」


 『毒沼龍』も成体ならば相当な上位に位置する魔物だ。戦士一人でどうこうできる相手ではない。しかしフェリアスという少女は頷いた。

 

「そうよ。正確には私を入れて二人だけどね」

「たった二人で『毒沼龍』を斃したのかね」

「そうだけど。前に地龍も斃したし」


 それを聞いてキーロは落ち込む。こんな若造二人が龍を討伐できるというのに、自分は軍もいたにも関わらず影鬼を斃せなかったのだ。


「それでね、シルバーさんはまだ身体を動かすのが辛いみたいだから、色々お手伝いしてあげて欲しいのよ。お風呂とか」


 シルバーは毒に侵されており、壁を伝ってどうにか歩けるくらいには回復したものの、着替えたり食事をすることはまだ難しかった。それで手助けが欲しいのだそうだ。キーロはどうせここにいても他にやることもないし、手伝うことにした。


 最初の問題は食事だった。食材はそれなりに揃えてあったが、フェリアスという少女は料理が全くできなかった。普通、女性であれば家事・炊事は必ずと言っていい程経験する。それができないということは、かなりの上流階級で育った人間だとわかる。


「野菜はいいわよね。切るだけで食べられるもの」


 そう言って、生野菜ばかりが食卓に並ぶ。


「次からは儂が作ろう。少しはできる」

「本当!? すっごく助かるわ。料理って魔法よりも難しいもの」


 こうして翌日からは少しまともな食事になった。米はちゃんと炊かれているし、肉は調味料で味付けされたものが丁度良い火加減で焼かれている。魚は腸を取ったものが塩焼きになり、スープも味が整っていた。

 

「すっご~い! キーロさん料理お上手ですね!」

「儂も色々作れるわけではない。毎日同じ献立になるのは覚悟しておけよ」

「これなら毎日だって食べられるわよ! 私、全然できないもの」

「フェリアスは貴族なのかね」

「んー、まぁそうね。この国のじゃないけど」


 フェリアスは特に正体を隠してはいなかったが、あまり大っぴらにもしていなかった。なのでこのような曖昧な言い方となる。キーロもそこは深くは追及しなかった。

 

「どうしてそんな身分の女性がたった二人で旅をし、龍などという魔物を斃しているのかね」

「私は故郷のフレンツに帰りたいだけなの。シルバーさんはたまたま知り合って。旅に付き合ってくれているのよ。武者修行も兼ねてね」


 なるほど、それで龍と戦うなど無茶をしているのか、とキーロは納得した。

 

 それ以降、洗濯や風呂沸かし等、基本的な家事が全くできないフェリアスに代わってキーロは走り回った。


「何故儂がこんなことを……儂は賢者じゃぞ」


 夜になればフェリアスという少女は酒を飲むのにキーロを誘った。キーロは飲むなら一人でしんみりとやりたかったが、半ば強引に付き合わされる。フェリアスはこれまでの旅の話やシルバーという青年に対する愚痴、旅先で覚えた歌などを洪水のように話す。どういうわけか、彼女の話はとても面白く、キーロは年甲斐もなく話に食いついてしまった。


 やがてどれほど飲んだかもわからなくなり、いつの間にか眠ってしまう。


そんな毎日がしばらく続いた。家事のほとんどはキーロがこなし、夜は酒に付き合った。朝になると酒瓶を枕にするフェリアスの尻を枕にするキーロという状態も当たり前になっていた。


 天気が良ければ湖に一緒に釣りに行き、シルバーを連れて散歩をした。雨の日は大体酒を飲んで騒ぎ、また晴れると喜んで外に飛び出すのであった。


 天真爛漫なフェリアスとの生活は、荒んでいたキーロの心を少しずつ晴らし、やがて力強く輝く太陽の出現も間近となっていた。


「止まない雨は無い、か……」


 ある雨上がりの明るい日、キーロが水を汲むため手桶を持って湖に行くと、聞きなれない水音がした。水鳥だろうか、と音がするほうを覗いてみると、そこには一糸纏わぬフェリアスが水浴びをしていた。その姿はただ美しく、キーロの胸を打った。高貴さ、無邪気さ、野性的、そんな言葉に収まらない感動とともに、胸にこみ上げる熱いものを感じる。


 フェリアスもキーロに気づいたが、特に恥ずかしがる事もなく、水浴びを楽しんでいた。かつては城の堀で裸で泳いでいたのだ。


 キーロはあまり凝視するのは良くないと思い、背中を向けて立ち去る。すると最近ようやく歩けるまでに回復したシルバーとすれ違った。


 しばらくして、フェリアスの悲鳴が聞こえてくる。どうやら自分に裸を見られても平気だが、シルバーに見られるのは恥ずかしい、ということだろう。キーロは思わず笑っている自分に気づいた。


「笑ったのは、いったいいつ以来か」


 賢者キーロの復活は目前だった。

ここまで予定通りの進行です。

一章一の裸で堀を泳いだ、というところを伏線にしてみました。

次話はもう予想どおりだと思いますが、賢者ガンバ!です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ