六章 四 そうですとも
四
フェリアスが攫われたのは酒屋の前、比較的人通りがある場所だった。そのため、現場を目撃した一般人もいた。目撃していた四十代の男は、隣の友人に話しかける。
「おい、今あそこで修道女が二人攫われたよな?」
「修道女が二人いたのは見たが」
男は馬車を指さす。
「もしかして、あれってロクサネちゃんとフェリアスちゃんじゃないか?」
「あぁ、最近見なくなったが酒場で歌ってた修道女か」
「俺、あの子の歌が好きなんだよ。って大変だ! 攫われたんだ!」
そう言って男は駆けだすと大声で叫んだ。
「人攫いだ!」
「俺は助けを呼んでくる!」
友人は人通りが多いほうに向かって駆けだす。
馬車は、男が駆け寄ってくるのを見て動き出した。二頭立ての馬車は徐々に速度を上げて、大人の男が走って並ぶくらいの速度になっている。
「待て~! この、人攫い!」
男はやがて息が上がってしまい、追いかけることができなくなったが、背後から大勢の男たちが駆け寄る。駆け寄ってきているのは皆、夜の酒場でフェリアス達の歌を聴いていた男達だ。
「フェリアスちゃ~ん!」
「ロクサネちゃん、助けたら結婚してくれるかい!」
しかし馬車は早く、人の足で追いすがるのは難しかった。
「真直ぐ追いかけてもだめだ、あっちだ、近道して回りこもう」
男たちは複数に分かれ、馬車を先回りすることにした。
しばらく馬車が進んだ頃、馬車を遮るように男達が立ちふさがり、道を変えてもその先にはまた別の男達が待ち構えている。男達の数は続々と増え、中には野次馬も混ざりだしてさらに騒ぎになってきていた。
しかしそれでも馬車は強引に正面突破をしようと進みだす。
「分銅縄を投げろ!」
分銅縄とは縄の両側に石が結ばれた単純な道具だ。これを馬の脚目掛けて投げつけると、石の遠心力で脚に絡みついて馬を転ばすことができる。
男達は分銅縄を投げて二頭の馬の脚を絡めとり、馬は横倒しになった。当然馬車は動かない。その瞬間、馬車からは四人の男が飛び出し、腰から剣を抜いた。
「俺たちのロクサネちゃんを返せ!」
「返せ!」
腰から剣を抜いた犯人たちは、取り返しに来た男に斬りかかった。
「うわ!」
斬りかかられた男が手を上げて目を閉じると、二人の間に銀色の髪の男が入り込み、犯人の凶刃を止めていた。
「なんだお前は! 邪魔をするな!」
犯人の男が銀色の男に斬りかかったが、銀色の男は軽がると剣をいなして手首を剣の柄で叩く。叩かれた男は手が痺れ剣を落としてしまった。
それを見た男たちは分銅縄を構える。
「捕まえろ!」
そう言って一斉に分銅縄を犯人の男達に投げつける。分銅縄は馬だけでなく人間にも効果的で、犯人の男たちはたちまち縄に絡めとられた。
「何で俺まで!」
当然犯人の近くにいた銀色の男も縄の餌食となっていた。
馬車の中から救出された二人の修道女は頭から被せられていた麻袋を外される。
「ふー、助けてくれてありがとう! 怖かったわ」
「どうなるかと思いました……ありがとうございます」
二人の修道女がお礼を言うと酒場の馴染みの男が言った。
「辛いときに二人の歌で元気をもらったんだ。これくらい当然さ」
また別の男が言った。
「俺は君たちの歌のせいで酒場に行くことが増えたんだ」
「それは前からだろう、エスタス」
すかさず別の男が突っ込むと笑いが巻き起こる。
フェリアスは縄が絡まって倒れているシルバーを見つけると駆け寄る。
「シルバーさん何してるの?」
「助けようとしたら俺にまで縄を投げつけたやつがいるんだ」
「まぁ。ふふふ」
フェリアスは笑いながら縄をほどいていく。
やがて四人の犯人達は口を割り、首謀者はフィラルタスという男であることが分かった。すぐにフィラルタスも連行され、町の警備に引き渡される。
「フィラルタスさんって、劇場の歌手に勧誘してきた人ね」
「知っているのか?」
シルバーがそう尋ねるとフェリアスは口を閉じ、顔を逸らせた。
「おい」
シルバーがフェリアスの頭を掴んで顔を向けさせる。
「し、知らないもん……」
フェリアスはしらばっくれたがロクサネが答える。
「私たちが酒場で飲んで歌っていると歌手にならないか、とあの方から勧誘をいただいたのです」
「酒場で飲んで……? 歌って? 何を言っている? こいつは禁酒するために教会に入ったんだぞ?」
シルバーは茫然とした表情でロクサネの話をきくとフェリアスを睨んだ。
「ひぃ! 私は飲んでないわよ」
フェリアスが両手を振ると修道服の中から酒屋で買った酒瓶が鈍い音を立てて落ちた。
シルバーがしゃがんで酒瓶を拾うと瓶の蓋を開けて匂いを嗅ぐ。
「これは何だ?」
「さ、さぁ! 何かしらね……」
フェリアスがまだしらばっくれるとシルバーはため息をつく。
「もう一か月追加だな……」
「嫌! 許して! お願いします!」
フェリアスはシルバーの服に縋りついた。
それから取り調べが行われ、やはりフェリアスとロクサネの二人を有望と見込んだフィラルタスが二人を攫って事後承諾で歌手にしようとしていたことがわかった。
結局未遂の上、傷害なども無かったため罰金だけで済んだようだ。
フィラルタスは頭を下げてフェリアスとロクサネに謝る。
「この度は本当に済まなかった、君たちの才能は本当に素晴らしい。どうしても我慢できなかったんだ」
フェリアスも謝る。
「ごめんなさいね。お気持ちは嬉しいのだけれど、やっぱり無理だわ」
しかしロクサネは違った。
「あの……! 私、一人でもよければフィラルタスさんについていきます」
「「え?」」
その場の全員がロクサネを見た。ロクサネは俯いて恥ずかしそうにする。
「あの、私は昔、歌手に憧れていたんです。でも戦争で家が焼けて家族も皆死んでしまいました。それで教会に引き取られたのです」
「本当に、来てくれるのかい? もちろん大歓迎だとも」
フィラルタスは顔を輝かせる。ロクサネはフェリアスに向き直る。
「フェリアスさん。私、このまま行きますね。マーサにはうまく伝えてください」
「本当に行っちゃうんだ」
「えぇ。フェリアスさん、あなたには感謝しきれないわ。楽しい歌をたくさん教えてくれたし、酒場での出会いもね」
フェリアスは笑う。
「これも、神のお導き、よね」
「そうですとも」
二人は笑い、抱き合った。
教会に帰ったフェリアスは、マーサに事の顛末を話す。酒を買いに行った帰り、というところは伏せたが。
「そうですか。あの子に進むべき道が与えられたということでしょう。これも神の思し召し」
マーサはそう言って胸の前で手を組んで祈る。フェリアスもロクサネの幸福を祈らずにはいられなかった。
やがて教会での約束の一か月が過ぎ、フェリアスはマーサにお礼を言って教会を出る。外で待っていたシルバーと、馬のアリオンと合流。
「この町でも素敵な出会いがあったわ。ロクサネ、うまくいくといいわね」
「あのな。お前は結局夜な夜な酒場で飲んで歌っていただけだろうが。無理矢理美談にしようとするな」
「し、失礼ね。ロクサネはきっと大成功して大物歌手になるんだから。私が彼女の人生を変えちゃったのよ」
それを聞いてシルバーは確かにそうかもしれない、と思った。ロクサネは、フェリアスが酒場に連れ出さなければ、まだあの暗い教会で毎日祈りを捧げていただろう。
フェリアスの周囲にはいつも不思議な因果がある。もしかして、自分もそれに巻き込まれている一人なのかもしれないなと考えるのだった。
六章は全体的に短めですが、これで終わりです。
プロット通りの進行でした。
感想など頂けると喜びます。
ボーラは分銅縄としました。




