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風の唄  作者: 安曇 東成


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六章 三 あなたお酒臭いですことよ

 

 とある夜、フェリアスとロクサネはまた教会を抜け出して夜の酒場で飲んでいると酒場に一人の男がやってきた。男は五十代程で、身なりのよい風貌をしており、静かに空いている席に座ると酒と軽い食事を注文し、食べ始めた。


 やがて酒場の男が声を上げた。


「フェリアスちゃん、ロクサネちゃん、一曲頼むわ!」


 それに合わせて客はやんややんやと拍手をし、皆が二人の修道女に注目する。

 

「いいわよ。一杯奢ってね」


 二人の修道女は席を立つと黒い修道服を靡かせて舞台に進む。先ほど食事を始めた男は何が始まるのかと怪訝な表情で舞台に上がった二人の修道女を注視した。

 

 やがて修道女達は場末の酒場でよく歌われる民謡を歌い出し、客は手拍子、合わせて歌い出す。酒場は大盛り上がりだ。


「こ、これは……」


 男は目を見開いて舞台の二人にあっけにとられた。

 

 やがて二人の歌が終わり舞台から席に戻ると男は二人に駆け寄った。


「君たち!」

「わぁ!? 何かしら」

「驚かせてすまない。私はフィラルタスという者だ。ここから北のブラニエという街の劇場を経営している」

「劇場?」

「そう。劇場では舞台でのお芝居を中心に運営しているが、歌手による音楽会も開催しているんだ」


 歌手、という言葉にロクサネがわずかに反応した。


「はぁ」


 フェリアスは気のない相槌を打つ。


「先ほどの君たちの歌は非常に面白かった。もしよかったら、うちの劇場で歌手として働かないか?」


 フェリアスとロクサネは顔を見合わせた。つまりこの男は二人を勧誘しているのだ。だがフェリアスはフレンツの王女であり、歌手になることなどできるはずもない。ロクサネもいい返事をするとは思えなかった。


「あー、お誘いは嬉しいのだけれど、ちょっと無理かしら」


 フェリアスは苦笑いしながら答える。ロクサネはフェリアスの修道服の裾を掴んで俯いた。


「どうしても無理かい? 君たちなら正しい発声訓練を受ければ必ず素晴らしい歌手になれる。多くの歌手を見てきた僕が保証するよ」


 フィラルタスは捲し立てたが、フェリアスは頬を掻く。

 

「お言葉は嬉しいのだけれど。私はお家の事情で無理なのよ。ロクサネは?」


 フェリアスがロクサネに話を振ると、ロクサネは驚いたようにフェリアスを見た。


「私も教会を出るつもりはありません。この身は主に捧げたのです」


 フィラルタスは息を落とす。


「……そうかい。いや、わかった。残念だよ」


 そうしてフィラルタスは二人から離れ、席に戻ると遠くを見ながら酒を飲み続けた。


 翌朝、フェリアスとロクサネの二人は朝のお祈りを済ませると大部屋で朝の配膳当番を担当した。皆が静かに手を組んで祈りを捧げる中、二人は食事の配膳を進めていく。

 フェリアスはマーサの席にパンを籠から取り分ける時、大きなしゃっくりを一つ、してしまう。


「ヒィック!」


 普通、しゃっくりの一つ二つでは誰も目くじらなど立てない。人間であればしゃっくりくらいするものだ。ところがこの時は違った。


「……フェリアスさん。あなたお酒臭いですことよ」


 フェリアスは慌てて息を止めて口を固く結び、首と手を振った。


「飲んでいないのですか?」


 マーサが問い詰めるとフェリアスは勢いよく首を縦に振る。


「……」


 するとマーサは両手を伸ばし、フェリアスの脇に差し入れ、もぞもぞと動かした。フェリアスはくすぐられて思わず大笑いしてしまう。


「きゃはは、くすぐったい!……あ……」


 マーサは目を細めてフェリアスを見た。


「フェリアスさん?」

「うっ……ここまでか……ごめんなさい!」


 フェリアスは潔く謝った。その時、ロクサネも配膳を止めてマーサに駆け寄り、同じように謝った。


「マーサ様。申し訳ございません。私も同罪でございます」


 マーサは驚きの表情でロクサネを見た。


「まぁ! ロクサネさん。あなたのことを模範的な修道女と見込んでフェリアスさんをお願いしたのよ。それが一緒になってお酒を飲むだなんて」


 そこから朝食を待たされた皆の腹の虫の音が大部屋に鳴り響く中、マーサの説教が延々と続いた。二人は罰として「私はお酒を飲みました」と書かれた札を首から下げ、広い礼拝堂の掃除をさせられた。


 夜になって部屋に帰った二人は寝台に倒れ込む。


「あ~今朝は失敗しちゃったなぁ~ロクサネ、ごめんね」

「いいえ、私も同罪ですから」


 フェリアスは寝台に胡坐をかいて腕を組む。


「マーサめ、皆の前で怒らなくてもいいのに」

「マーサったら私のパンだけ一つ減らしたのですよ」

「……あれ、『マーサ様』、じゃなかった?」

「うふふ、マーサ、でいいのです」


 そうして二人は笑い合った。


 それからはしばらく二人は自粛し、夜中に抜け出して酒場に行くことはしなかった。昼間に『巡業』と称して堂々と外出し、小さな酒瓶を買って、夜に二人でちびちびと飲んでいた。翌朝に匂いが残らない程度に、だ。


 あれから毎日酒場にはフィラルタスが姿を見せ、フェリアス達を待っていた。


「今日も来ないのだろうか……」


 フィラルタスが酒をあおっていると一人の強面の男がフィラルタスに近づき、耳打ちする。


「二人の教会をつきとめました。あと、何日かに一度、昼間に酒を買いに行くようです」


 それを聞いたフィラルタスはニタリと笑う。


「でかした。酒屋に張り込め。姿を見せたら攫ってしまえ」

「人攫いですか? いいので?」


 当然だが人攫い、いわゆる誘拐は犯罪である。


「なぁに、乱暴するわけではない。最高の待遇でお迎えすれば心も動く」

「事後承諾というわけですな」

「そういうことだ」


 それから数日後、フェリアスとロクサネは二人で『巡業』に出かけた。酒屋で小さな酒瓶を買うと笑顔で店を出る。そのとき、不審な男四名に囲まれた。

 

「な、何? あなた達!」

 

 フェリアスとロクサネは、背後から口を塞がれると抵抗する間もなく両腕ごと身体を麻紐でぐるぐると縛られ、馬車の荷台に放り込まれてしまった。


「大人しくしてくださいよ。乱暴はしませんから」


 強面の男はそう言ったものの、いきなり攫われて信用できるはずがない。


「ちょっとー! 何するのよぉ!」


 フェリアスが大声を上げたので男は麻袋をフェリアスの頭から被せ、首が締まらない程度に紐で括りつけた。フェリアスはまだ麻袋の中で喚いていたが、袋の中で叫んでも外にはほとんど聞こえない。ロクサネも同じように袋を被せられてしまった。


 そして、馬車は動き出す。

文字数少な目ですが、投稿します。

英語縛りは続きます。

コンサート・・・音楽会

ボイストレーニング・・・発声訓練


よろしければ、感想などお待ちしております。

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