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風の唄  作者: 安曇 東成


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六章 二 酒場の歌姫


 修道院に来て三日が経った。フェリアスは同室のロクサネと共に修道女としての生活を送っていた。朝は日の出前に起床し、お祈り。昼は聖歌の練習や教会に来る人の対応、夜もお祈りをし、貧しい家庭のために服を繕ったりする。フェリアスは裁縫も教養として身につけていたので技術的に苦労することはなかったが、雑談や休憩もなく黙々と作業を続ける生活に、早くも限界を感じていた。三日目の夜中、部屋の明かりも落とした時にフェリアスは口を開く。


「もう無理。何が楽しいの、この生活……」


 部屋の寝台で愚痴るとロクサネが静かに窘める。


「快楽ばかりを求めてはいけません。人は弱い生き物なのです。これもまた修行なのですよ」

「ならどうして主とやらはこの世界に楽しいものをたくさん作ったのかしら。快楽を求めるなって言うなら作らなければいいのに」


 フェリアスがそう言うとロクサネは暗闇の中で困った顔をした。


「……」


 フェリアスは畳み掛ける。


「主もきっと人間にこの世界を楽しんでほしいのよ。だってそうでしょう? 自分が生み出した人間が、苦しい思いをしながら生きているのを見たいはずはないもの。楽しく生きている姿を見たいに決まっているわ」


 ロクサネは首を振る。


「楽しむことは悪いことではありません。ただ、人間はすぐに快楽に溺れ、自分を見失ってしまうのです。あなたも酒に溺れて自分を見失いここに来ることになったのでしょう」

「た、確かにそうだけれど。ロクサネは自分を見失わないのよね?」

「もちろん、自制できますとも」


 しめた。とフェリアスは思った。


「なら少し外に付き合って。ロクサネは私が自制できるかを見張るの」

「どういうことですか?」

「いいからいいから!」


 フェリアスはそう言うとロクサネを連れて暗い教会を抜け出して町の酒場に向かう。夜の酒場は繁盛しており、扉を開けると熱気と料理から漂う香辛料と脂の良い匂いが押し寄せてくる。


「フェリアスさん。このような場所は……」


 二人が酒場に入ると客はたちまち二人に注目した。なにせ修道服なのだ。


「尼さんが来るようなところじゃないぞ~!」

「いいじゃねぇか、お~いねえちゃん達、こっちに座れ!」


 酒場の男達は珍客に沸き、やいのやいのと囃し立てた。フェリアスはなんら物怖じせず空けてもらった席にどかっと座る。ロクサネも戸惑いながらフェリアスの前に座った。


「よ~し飲むゾ~」


 フェリアスは手を上げて給仕を呼びつけ、注文をいくつかした。ロクサネはフェリアスが何を注文したのかもよくわからず、酒場の喧騒に目を回しそうになる。


 しばらくして運ばれてきたのは、肉とチズルを挟んだパンと、芋の揚げ物、野菜を鉛筆のように切ったものだった。続いて麦酒が大きな盃に二杯運ばれてくる。


「さ、どうぞ! ヘレクトールさんからお金をたっぷりもらったから私が奢るわよ!」

「しかし、これは……規律が」

「ここは教会じゃないんだから規律なんていいの!」


 そうして半ば無理矢理にパンを押し付けた。ロクサネはしばらくパンを睨んでいたが、ついに一口齧る。パンはいつも教会で食べている岩のように硬いものではなく綿毛のように柔らかい。間に挟まれた肉とチズルが溶けあって、脳が痺れるほどの旨味がロクサネに襲い掛かる。それはまさに食の暴力であった。

 

「おぉ、神よ」


 あまりの美味さに目を回したロクサネは思わず主に感謝をする。


「ね? これだけ美味しければ神様に感謝もしたくなるってもんよ」


 フェリアスはそう言って野菜を齧る。ロクサネは次は芋の揚げ物を摘まむ。芋は熱く、思わず火傷しそうになった。

 

「はふ、はふ」


 ロクサネは口をパクパクさせ芋を冷まして食べると芋は口の中でほろほろと解け、芋の甘味と塩気が脳を痺れさせた。


「教会では揚げ物なんて出ないものねぇ。美味しいでしょ?」

「おいひいれふ」

「熱い? じゃあ麦酒を流し込むのよ。ぐいっとね」


 フェリアスは麦酒の杯をロクサネに渡すとロクサネは言われた通り、ぐい、と呷った。ロクサネは酒を飲むのは初めてではなかったが、冷えた麦酒が芋を喉に流し込み、胃の中に広がる。胃の中に酒が浸みると、ふわり、といい気持ちになった。

 

「いけるクチじゃない。まだまだ飲んでいいのよ!」


 フェリアスも麦酒をぐいぐいと飲む。


「ねぇちゃんたち、いい飲みっぷりじゃねぇか!」


 酒場の男たちは笑い、手拍子をする。手拍子に合わせてフェリアスは飲み、一気に杯をあけた。


「フ~! きっくぅ~~!」


 フェリアスは目をぱちぱちさせて杯を卓に置いた。


「ねぇちゃん! 歌でも歌ってくれや!」


 髭面の男がそう言ったので、フェリアスはロクサネの腕を掴んで酒場の端にある舞台にあがった。とはいったものの、ロクサネが歌えるのは聖歌くらいしかないので、フェリアスは覚えたての聖歌をロクサネと二人で歌う。これまで酒場で一度も歌われたことのないであろう聖歌が流れ、店主も目を丸くして聞いていた。

 

 それからも二人は飲み続け、日が変わる頃にフラフラになりながら教会に帰っていった。


 朝になり、ロクサネは二日酔いの頭痛に苦しめられながら祈りを捧げる。


「おはよー!」


 フェリアスも目覚めたようで、元気よく挨拶してきた。

 

「おはようございます。フェリアスさん、昨日あれだけ飲んだのに元気そうですね……」

「あれっぽっち平気よ。ヘレクトールさんと飲んだときは昨日の五倍は飲んだわよ」

「ご、五倍……どこに入るんですか、それ」

「それより、マーサに酒臭いって言われないようにしないと。マーサの前では息を止めるのよ」

「マーサ様、です」

「はいはいマーサ様」


 フェリアスとロクサネは息を止めたり吐いたりしながら日中を過ごした。さすがに二日連続で飲みに行くことはせず、この日は自室で過ごす。その中で、フェリアスはロクサネにこれまで過ごした村(主に酒場だが)で教わった歌謡曲や、王城で歌われていた軍歌を教えた。


 翌日はまた夜の酒場に二人で繰り出し、覚えた歌謡曲を披露する。酒場の客は大いに喜び、酒場の主人も酒をオマケしてくれたり客から食べ物を奢ってもらったりと二人は楽しんだ。ロクサネも初めて食べる肉料理の数々に舌を巻き、麦酒をごくごく飲むと喉ごし最高だ、ということも覚えてしまった。

 

 酒場に通うこと数回、二人は酒場の名物修道女となっていた。


「ロクサネちゃん、いいよ~!」

「フェリアスちゃん、たまらん!」


 二人は美少女の上に修道服に身を包んでいるのだ。人気が出ないはずがなかった。酒場の噂は広まり、日に日に客は増えていく。二人が来る日は店は満員御礼、店主もいい宣伝になると喜び、酒場の舞台も改装されて綺麗になった。


少し短くなりましたが投稿します。

基本、一話ごとに起承転結で書いているので、

今回は「承」になり、話が動くのは次話となります。

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