六章 一 修道女ロクサネ
一
その晩は何があったのか覚えていない。
フェリアスが起きたときはすでに昼だったが、シルバーは酒場の主人に頭を下げ、へレクトールが連れてきた将軍たちも二日酔いの頭痛に辟易とした様子でそれを見ていた。
「うーん、おはようぉ」
フェリアスはそう言って周りを見渡すと酒場の中はすっかり荒れ果てていた。そして、瓦礫の中にはへレクトールが埋まって、足だけ出ているのが見える。
「どうしたの、これ」
フェリアスは眠そうな顔でへレクトールの足を指さし、シルバーに尋ねる。
シルバーは鬼の形相で振り返ると一言怒鳴った。
「貴様がやったんだろうが!」
その後、話を聞くとどうやら自分とへレクトールがまた飲み比べをして、村中の酒を飲んだあと、暴れまわって店内を破壊し、へレクトールを殴り倒したあと瓦礫に埋めたというのだ。
話を聞いたフェリアスは真っ青になった。他国の王子を殴って瓦礫に埋めたなど、絶対母バルシネ女王の耳に入れるわけにはいかない。
「やっばぁい……」
慌てて瓦礫からへレクトールを掘り起こし、身体を揺すると間もなく目を覚ます。
「ううむ」
フェリアス同様酒臭い息を吐きだしながら上半身を起こしたヘレクトールはフェリアスの顔を見て死人のような顔色になる。
「……もう飲めんぞ」
「あの……おはよう、ヘレクトールさん。昨日はごめんなさい」
「まさかこのような女に殴り倒されるとは……貴様が剣闘場に出ていたら負けていたかもしれんな……」
へレクトールは笑いながら立ち上がった。それを見た将軍たちはみな二日酔いで顔色は悪いが姿勢を正し、ヘレクトールの言葉を待つ。
やがてヘレクトールは酒場の主人に頭を下げる。
「すまない、不格好なところを見せてしまったようだ。主人、店は軍が責任をもって修復する。もちろん酒代も払う」
「多めにな」
酒場の主人は鼻を鳴らして一言返す。
「そうさせてもらおう、おい」
へレクトールが顎をやると将軍の一人が代金を支払った。主人はそれで満足したようで、店の片付けを始めた。へレクトールは兵士たちにも店内の片付けを命じると、店はすぐに綺麗になった。壁に大穴が開いているがそこは大工を呼ぶらしい。
へレクトールはエゴティノ村の件について知らせてくれたことの礼を言い、謝礼金を二人に渡すと顔色が悪いまま、ナイロビスに帰っていった。
シルバー達もべレスの村を出発し、次の町であるペトロヴェッツに到着する。ペトロヴェッツは大きな町で、酒場はもちろん賭場や劇場、娼館まである。フェリアスはそんな町並みを見て心が躍る。
そんな中、シルバーが馬を向けたのは、町の中心から外れたところにある小さな教会だった。二人は下馬すると教会の中に進み、大きな木の扉につけられた叩き金を鳴らす。
扉が開かれるまでの間、フェリアスはシルバーに尋ねる。
「ねぇ、この教会に何か用事?」
「そうだな、お前をしばらくここに預ける」
「え? どうして?」
「禁酒して酒癖を直すためだ。ここで一月修行して禁酒し、まともな淑女となれ」
「そんな! 嫌っていうのもアレだけど、嫌よ!」
フェリアスが嫌がるとシルバーはため息を落とす。
「あのな、ベレスの村でお前がしたことを忘れたのか? 酒場をぶっこわし王子を殴った挙句瓦礫に埋めたのだ。首がつながっているほうが不思議なくらいだ」
「うっ、確かにへレクトールさんには悪いことをしたけれど」
「自覚があるなら更生してもらうんだ。へレクトールからもそう言われている。もしお前が嫌がったらフレンツの女王に告げ口するそうだ」
「へレクトールさん、ひどいわ! 自分から誘っておいて!」
「阿呆。限度というものがある。この程度で許してくれたのだ」
フェリアスは覚悟を決めるしかなかった。
やがて扉が開き、中から老修道女が顔を覗かせる。
「どうぞお入りください。教会は誰であろうと拒みません」
二人は教会の中に入ると応接室のような場所に通された。木製の椅子に腰を下ろすと老修道女は二人に微笑みかける。
「本日はどのような?」
「へレクトールから話は通っていませんか? 彼女を預かって欲しいのです」
シルバーが珍しく敬語を使い、へレクトールの名を出すと老修道女は頷いた。
「聞いております。そちらのお方ですね。わかりました。当教会でお預かりします。確か一月でよろしいのですよね」
「そうです。よろしくお願いします」
そう言ってシルバーは腰を上げるとフェリアスは悲鳴のような声を上げた。
「え、もう行っちゃうの? 町を観光しましょうよ」
「修道女はおとなしくお祈りしてろ」
「ひどい! 自分だけ観光するつもりね!」
喧嘩を始めた二人を見て老修道女は一つ咳をする。
「ではあなたは私についておいでなさい。修道服を差し上げます」
そう言って老修道女も立ち上がって歩き出したのでフェリアスはしぶしぶついていく。
薄暗く、木と蝋燭が燃える匂いのする教会の奥に進むと大きな箪笥がある部屋に入る。
老修道女は箪笥から修道服を取り出すとフェリアスに押し付け着替えるように促した。
やがてフェリアスは修道服を着終えると見た目だけは清楚で慎ましやかな修道女となったのだった。
「ここがあなたの部屋です。相部屋なのでここのことを教わるように」
「えー、個室じゃないんだぁ……」
フェリアスは愚痴りながら部屋に入ると一人の修道女がいた。
「ロクサネ、あとはお願いしますね」
「はい」
そう言うと老修道女は廊下に消えていく。取り残されたフェリアスはロクサネと呼ばれた女性に挨拶する。
「あの、私フェリアスよ。よろしくね」
「ロクサネです。フェリアスさんはおいくつですか」
「私は十六よ。ロクサネさんは?」
「私も十六です。マーサ様はそのあたりを配慮されていたのですね」
「マーサ様?」
「先ほどの方です。ここの代表ですわ」
「あぁ、あのおばぁちゃん」
「マーサ様です」
「あぁはい、マーサ様ね」
その後はロクサネと様々なことを話した。ロクサネの趣味は読書と花の手入れ、休日はお祈りの他は聖歌を歌ったり掃除や水やり、教会に訪れた人への説教などをしているらしい。
やがて昼時になり、教会の奥にある食堂に修道女が集まった。修道女は十八人ほどいて、年齢はバラバラだ。食事当番が食卓に昼餉を並べ、皆は胸の前で手を組み、祈っている。
ロクサネも祈りだしたので、フェリアスも見様見真似で祈るふりをした。
(祈るってみんな心の中で何を考えているのかしら。マーサの顔に落書きとか?)
ふとマーサの顔に落書きしているところを想像して噴き出すと皆がフェリアスに注目したので慌てて下を向いてお祈りのふりを続けた。
「本日も天の恵みに感謝を」
マーサがそう言うと皆も復唱した。やがて目を開けて食事を始めたので、フェリアスも食事を始める。食卓に並んでいるのは石のように硬いパンとかぼちゃの汁物、よくわからない野菜と豆を茹でたものだった。パンは硬くて食べられないので、汁物に漬けてやわらかくして食べる。野菜の茹で物はごく薄い塩味がついているだけ。こんな貧しい食事をしたのは久方ぶりで、フレンツから運ばれた時の馬車の食事を思い出した。あの時はほとんど果物だけだったのだ。
(こんな食事を一か月も!? 絶対無理だわ……)
フェリアスは愚痴りたかったが皆黙々と食事をしていたのでとても口に出せない。自分は今日ここに来たばかりなのだ。
食事の後、フェリアスは皆に自己紹介をし、ロクサネと一緒に部屋に戻った。
「あー、ここの食事ってずっとあんな感じ? お肉は?」
フェリアスが部屋に戻るなり愚痴りだしたのでロクサネは苦笑いする。
「食事はほぼあのようなものです。頂けるだけありがたいのですよ」
「えーっ……お肉とチズルを挟んだパンはすごく美味しいのよ。あと、カリ・ラーって知ってる?」
「カリ・ラー? いえ、存じ上げません」
「お肉と野菜を香辛料で煮込んだものなのよ。すっごく美味しいんだから!」
「ここではそのようなものは出ません。欲しがることは罪です。神が恵んでくださるものだけを頂けばよいのです」
フェリアスはこれまでの旅で食べた美味しかったものの話をロクサネに聞かせたが、ロクサネはずっとこんな調子で全く羨ましがったり欲しがったりしなかった。
(澄ました顔しちゃってるけど、本当は欲しいわよね? 同じ年ごろの女の子なんだもの)
「あーぁ、シルバーさんもひどいなー。こんな教会に放り込むなんて。相部屋の子は堅苦しいカリ・ラーも知らない修道女だし」
フェリアスはついこの間まで自分もカリ・ラーを知らなかったことを棚に上げて愚痴を並べた。
「いけませんよ、フェリアスさん。すべてのことは神の思し召しなのです。ここで私と出会ったのもまた神のお導き」
「そうね、あなたは悪くないわ。変なことを言ってごめんなさい」
フェリアスは謝るとその日はさっさと寝てしまった。
新しい章に入りました。プロットは最後まであるので書くだけです。
今回の英語縛り
ノッカー・・・叩き金
スープ ・・・ 汁物
やっぱり英語使わなくても全然書けますね。




