五章 四 全部飲んじゃいましょ!
四
フェリアスは夢の中にいた。そしておぼろげながら、これは夢だと気づいていた。
夢の中でフェリアスは故郷フレンツの王城で、母であり王であるバルシネから説教を受けていた。夢の中でも、久しぶりに見る母親にフェリアスは懐かしさを感じる。
どうして自分は怒られているんだろう。目の端のほうに妹であるアウラダが映る。妹は心なしか心配そうな表情で二人を見つめていた。
(多分、私がまた余計なことをしちゃったのね)
情けなくなって涙が込み上げてきたとき、妹の言葉を思い出す。
『あまりお連れの方にご迷惑をお掛けにならないよう』
「シルバーさん!」
目を覚ました時、フェリアスは谷底の草むらに倒れていた。何故自分が倒れているのか思い出せない。小鹿のように震える手足で立ち上がり、周囲を見渡すと近くにシルバーも倒れている。
「シルバーさん!」
フェリアスは名前を呼び、必死に駆け寄る。大きな背中に触れるとまだ息があるようだった。フェリアスは鞄から小さな宝珠を取り出し、癒しの魔法、『緑王絆魂癒』を発動すると、二人の身体を蝕んでいた毒素が消え去っていく。
フェリアスがシルバーの身体を揺するとやがてシルバーも目を覚ました。
「うう、一体何があった?」
「わからない。気を失っていたの、私たち」
立ち上がったシルバーを連れ、フェリアスは急いで谷底を離れようとする。が、シルバーは茫然と立ち尽くしていた。
「シルバーさん、どうしたの? 早く戻りましょう。ここは危険だわ」
「……あれを見てみろ」
シルバーが指さす方向を見てみると、草むらの影にちらほらと亡骸が見えた。
「そんな……あれ全部採掘に来た人たち?」
「……そういうことか。戻ろう。この匂いのせいだ」
シルバーとフェリアスは急いで谷底から戻る。来るときは草むらの影までじっくり見ていなかったので気づかなかったが、多くの亡骸が見え隠れする。中には白骨化したものもある。
(一体どういうことなのかしら)
やがて二人は不思議な匂いのしない範囲まで逃げ切り、一息ついた。
「村に戻って報告しましょう」
フェリアスがそう言うとシルバーがそれを制した。
「いや、ダメだ。そんなことをしたら俺たちは村人に殺されるだろう」
「え? どうして?」
シルバーは近くの木の下に腰を下ろすとフェリアスにも座るように促した。
フェリアスはシルバーの隣に腰を下ろすとシルバーは話し出す。
「ようするにだ、エゴティノの村人はここが危険な谷だということを分かったうえで俺たちを送り出している」
「え? どうしてそんなことをするの?」
「俺たちが死んだら、その死体から遺品を漁るためだろう」
「そんな!」
「他にもたくさん死体があった。白骨化したものもある。これは偶然じゃない」
フェリアスはとてつもない恐ろしさを感じた。村ぐるみで自分たちを殺そうとしていたというのだ。あの宿屋の主人も工房にいた採掘士も。あの黒い百合の花の匂いに毒があり、たくさん吸い込むと気を失ってそのまま死んでしまうのだろう。村人の親切が腑に落ちていなかったフェリアスは、それで納得した。通りすがりの旅人に良い匂いがしたら引き返せ、と警告されていたことも思い出す。
「じゃ、じゃあなおさら村人に話をして……」
「殺される。口封じにな」
シルバーの表情は怒りに変わっていた。
「鏖にするしかない」
「鏖!?」
「あぁ、このままにしておいたら毎年犠牲が出る。この村は滅ぼしたほうがいい」
「殺すなんて!」
「お前は馬鹿か? 俺たちは谷底でくたばって村人に死体を漁られるところだったんだぞ? 情けなど必要ない」
「なら、この国の王様に話すのがいいんじゃないかしら」
「結果は同じだ。俺が王ならこの村は潰す。この村は魔物より質が悪い」
「私がこの村を滅ぼしたら外交問題になる。やっぱりこの国のことはこの国の王様が決めないとダメよ」
フェリアスはフレンツ国の王女だ。その王女が他国の村を滅ぼしたとなれば事情をしらない国の王から見れば戦争行為にしか見えないだろう。
「……ここはまだナルニアス国だ。国王はリュサンドロス」
「あのへレクトールさんのお父さんよね? なら、へレクトールさんに事情を伝えましょう」
幸い二人はナルニアス国の王子、ナイロビス領主であるへレクトールに面識がある。
シルバーは納得したのか、立ち上がったので、フェリアスも立つ。
「村には帰らず、次の村から手紙を出そう」
「わかった。宿屋の荷物はどうしよう」
「諦めろ。大したものはないだろう?」
そう言われて宿屋に置いてきた荷物を考えると、言われた通り大したものはなかった。
「アリオンも宿の厩舎だわ」
「アリオン? あぁ、馬か。だが村に戻るわけにはいかない。諦めるしかないな」
「ずっと一緒だったのに」
フェリアスは馬を諦めたくなかったが、事情が事情だけに仕方がなかった。
そうして二人は徒歩で隣の村に向かう。幸い多少の食料などは持ってきていたため、数日の旅であれば問題なさそうだ。
道中、多少の魔物と戦いつつ、食料が丁度無くなろうかという頃に次の村が見えた。
このベレスという村から手紙をへレクトール宛てに書く。差出人はフェリアスとした。この村には郵便、という仕組みがないらしく行き来している商人に手紙を預けることになった。
手紙を出してしまえば二人にできることはもう何もない。二人はエゴティノ村に置いてきた物資を再び調達せねばならず、しばらく村に滞在することにした。
それから約十日後、リュサンドロスは一師(二千五百)の兵を向かわせエゴティノ村を焼き討ちとし、村人は全員処刑された。軍団長は、へレクトールだ。
やがて、ベレスの村の広場にへレクトールや軍の将軍が数名訪れた。
「エゴティノ村は魔物に侵されたため、我々が征伐した。もう安心なされよ」
何の騒ぎかとフェリアスとシルバーも広場に出るとへレクトールがいたため駆け寄るとあちらも気づいたようだった。へレクトールは馬から降りると二人に向かって手を挙げる。
「この度は、わが国の村が貴国王女に不敬を働き、誠に申し訳ない」
そう言って頭を下げた。へレクトールも、もしフェリアスが死んでいれば外交問題になっていたことを理解していた。
「この度の貴国の判断を我が国は支持します。今後も、ともによい国を」
フェリアスはそう言って同じく頭を下げた。そうして顔を上げ、見合わせたところで二人は笑いあう。
「いやぁ、済まなかった。まさか村ぐるみであのような外道を働くとは。こういう性質のことだとなかなか情報も出ないからな。今回の二人からの手紙でようやく事情がわかったのだ」
「恐ろしい話ね。欲望は人を魔物に変えてしまうのだわ」
「蓋し名言だな」
シルバーはそう言うと、遠くを指さす。フェリアスがそちらを見ると将軍の一人が見慣れた馬を連れていた。
「あっ、アリオン!」
フェリアスは馬に駆け寄ると、自分の馬に間違いなかった。
「エゴティノの宿の厩舎にいたので、確保しておきました」
「ありがとう。私の馬なの」
そう言ってアリオンの鬣を撫でると、馬はフェリアスの髪を食べた。
「あぁ! やめて! 食べないで。これは飼い葉じゃないって!」
「はは、確かに飼い葉に似ているな」
フェリアスの美しい金髪は黄金色の飼い葉に見えなくもなかった。
「嬢ちゃん、今日は付き合ってくれるだろう?」
へレクトールは笑いながらそう言うと、くいくいと杯を飲むフリをした。
フェリアスは禁酒宣言をしていたので横目で恐る恐るシルバーを見る。シルバーはしぶしぶ頷いたので破顔一笑、
「もちろんよ! この村のお酒、全部飲んじゃいましょ!」
これで五章は終わりです。
当初は、村人をシルバーたちが皆殺しにするプロットでしたが、あまりにも後味が悪いので少し変更しました。
結果として、このほうがスジは通ったような気がします。
チャンバラはありませんでしたが、いかがでしたでしょうか。




