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風の唄  作者: 安曇 東成
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一章 二 銀色の風

こんにちは、安曇です。

一章は四話までの予定です。まずは四話までお付き合い頂けると幸いです。

 

 どれくらい眠っただろうか、フェリアスは兵士の叫び声、いや悲鳴で目が覚めた。

 

 魔物の襲撃、だろうか。フェリアスは馬車の窓から外を窺う。すでに悲鳴は止んでおり、戦闘の音はしない。おそらく兵士達が魔物を斃したのだ。


 フェリアスは馬車から飛び出して改めて外を見た。その瞬間、鼻をつく鉄の匂い。消えかけの焚火に照らされたのは兵士達だった肉塊だ。フェリアスは心臓を掴まれたかのような恐怖を感じた。百人長クラウスも内臓をまき散らして絶命している。

 

 フェリアスは盛大に嘔吐した。このような凄惨な場に出くわしたのは初めてでとても耐えられなかった。


「誰か、いないの?」


 震える声で呼びかけてみるが誰の答えもない。全滅しているのだ。馬車の馬まで殺されており、もはやここから動くこともできない。

 

 その時、目の前の木が大きく揺れ、大きな何かが顔を覗かせた。

 

 それは巨大な爬虫類。蜥蜴の顔をしているが大きな角が二本あり、頭部だけで馬一頭以上の大きさがある。背中に羽はないので地龍の幼体のようだ。

 地龍の口元は血に濡れていた。こいつが兵士達を殺したに違いない。


 フェリアスは爬虫類独特の冷たい瞳の前に見動きすらできなかった。これまで魔物を見たことは何度もあったが、龍を見たのは初めてだ。龍は魔物の中でも上位の部類であり、成体であれば一軍(一万二千五百兵)とも渡り合うとすら言われる。

 

「あわわ……」


 恐怖のあまり歯が音を鳴らす。地龍は完全にフェリアスを認識し、今にも襲い掛かってきそうな気配だ。

 

(わたし、これで死んじゃうんだ……)

 

 脳裏を過ったのは母のバルシネと妹のアウラダ。龍が口を開いた瞬間、横から何かがぶつかってきて、フェリアスは派手にすっ転んだ。


 フェリアスを突き飛ばしたのは一人の青年だった。護送の兵士ではない。その青年はクセのある銀色の髪を背中まで伸ばし、銀の瞳をした、一見美女と見紛うばかりの美貌だ。派手な赤い外套を身に着け、中には黒い革鎧が見えた。

 

 青年は剣を構えると龍に向かって駆け出す。兵士八人がかりでも適わなかったのにたった一人で行くなんて無茶だとフェリアスは思い、思わず目を伏せた。


 数瞬後、瞼を上げて前を見ると、剣の血を払う青年がいた。地龍は血に伏して絶命している。青年が勝利したのだ。


(なんて強いの)


 フェリアスは驚きで目を見開いた。


 地龍は死んで宝珠となった。魔物は死ぬと宝珠と呼ばれる透き通った玉に変化する。これが魔法の触媒となり、大きさによって価値がつく。幼体とはいえ地龍の宝珠は握り拳程もあり、これは高価なものであった。


 焚火の炎に照らされながら宝珠を拾う青年はそれだけで絵画のような美しさ。フェリアスは何も言葉がでてこなかった。青年は宝珠を拾い、外套の中に見える鞄の中に押し込む。


「怪我はないか?」


 青年はフェリアスのほうを見て、透き通るような声を掛けた。フェリアスは喉が閉まって何も声がでず、必死に頷いた。


「そうか。じゃあな」


 青年はそう言って背を向けたのでフェリアスは焦って止める。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 女の子が一人で困ってるのよ!?」


 銀髪が月明りに輝き、フェリアスは不意に胸が高揚した。青年はやや不機嫌ながらに一言放つ。


「近くの村まで送ろう」

「……できれば、ヨーグラン国の王宮、ベルサリア宮殿だったかしら……に連れて行ってもらえないかしら?」


 青年は眉を上げる。


「ベルサリア宮殿は魔物に強襲されて陥落した。噂によるとアライモス王も亡くなったそうだが」


 それを聞いたフェリアスは目が回りそうになった。


「えぇ!? 陥落?」


 青年は黙って頷く。


「だって、私、アライモス王にお嫁に行く予定だったんだけど」

「結婚する前から未亡人か。くだらん冗談だ」


 そういって鼻で笑う。


「本当だってば! 見てよこの恰好!」


 フェリアスは花嫁衣裳の裾をつまんで振る。


「なんにせよ、もう城には近寄れない。魔物の餌になりたいなら別だが」

「……そうねぇ。じゃあ故郷のお城に帰りたいのだけど」

「どこだ?」

「フレンツ」


 そう言うと青年は目を見開いた。


「西の果てじゃないか。馬で二百日近くはかかるぞ」

「嘘。ここまで三十日弱だったわよ」

「……それはおそらく魔法で強化された特別製の馬だ。どこかの城にでもいかないと調達できん」


 フェリアスはそう言われてそんな魔法があったことを思い出した。


「私はフレンツの王女なの。連れて帰れば報酬がたくさん出るわよ」


 青年はため息を落とす。

 

「もう少しマシな嘘をつけ。大方手を出されないために王女などと言っているのだろうが」


 確かに、王女だといえば普通の男は手が出せない。


「嘘じゃないってば!」

「王女か……なら『勇気の魔法』を使ってみろ」


 『勇気の魔法』とは、軍の中心で使うことで兵士達の勇気が鼓舞され恐れ知らずの戦士となる、王族の血を引く者のみが使用可能な強化魔法だ。だが授業に出ていなかったフェリアスはその存在を知らなかった。


「……そんなの知らないわよ」

「やっぱり嘘じゃないか。あれは王族なら必ず習得する」

「嘘じゃないって!」


 授業に出ていなかったから王族の魔法が使えない、なんて恥ずかしいことはとても言えなかった。


「まぁ近くの村までなら送ってやる。馬車は諦めてくれ」


 青年はやはり王女だとは信じていないようだ。

 

 さすがに馬車を引いていけるはずもなく、置いていくしかない。フェリアスは馬車の中に残っていた食料を背嚢に詰めて持つ。寝間着で攫われたフェリアス自身の持ち物などはなかったので、兵士の着替えと剣を一本持っていくことにした。兵士達を弔ってやりたかったが、他の魔物が来るかもしれないということで、それも諦めざるを得なかった。


 銀髪の青年の後ろをとぼとぼとついていくと青年はフェリアスを振り返って話す。


「そういえば名前を聞いていなかったな。俺はシルバーだ」

「……フェリアス」


 フェリアスは一人で故郷に帰ることができるのか不安で一杯だった。目の前の青年すら自分を王女と信じてくれないのに、他の城に行ったところで同じだろう。お金については着ている花嫁衣裳と装飾品を売れば多少は工面出来そうだが、二百日分の旅費には足りるのだろうか。徒歩ならもっとかかるだろう。フェリアス単独での旅行などしたことはないので旅費の金銭感覚は全くわからなかった。


 フェリアスはぐすぐすとぐずり出したが青年は何も言わず歩き続ける。

 

 やがて夜が明けようというころ、湖の(ほとり)に小さな村が見えてきた。フェリアスは希望の光を見たかのように胸が明るくなる。


「見えたわ!」


 そう言って青年を追い抜かして駆け出した。息を切らして村の入口に着いたフェリアスは青年が到着すると礼を述べる。


「ここまでありがとう」

「腹が減ったな。朝飯くらいは付き合うだろう?」

 

 ご飯と聞いてフェリアスは腹ぺこなのに気づく。馬車に揺られて以降、まともな食事をしていない。


「いいけど、私、お金無いの」

「奢るさ」


 シルバーはそう言って辺りを見渡し、朝からやっている宿に併設された酒場に入る。


「おや、綺麗な花嫁さんだね」


 酒場の女将はフェリアスの恰好を見て笑う。


「ここは教会じゃないぞ」


 厨房の大将も笑いながら声をかけた。フェリアスは顔を真っ赤にし、縮こまる。こんな格好で来るところではなかった。


 シルバーは机に置かれた品書きを見ながら適当に注文をしていく。


「何か食べたいものあるか?」


 そう言って品書きを寄越したので中を見てみるが、王城の食事とは違いすぎて庶民の料理がわからない。


「知らない料理ばかりだわ……」

「この地方の料理は初めてか。これとか旨いぞ」


 シルバーはこの地方の料理だから知らない、と受け取ったようだ。だが訂正する気にはならなかった。


「うん、じゃあそれ」


 シルバーは女将に追加で注文すると品書きを閉じて脇に置いた。


 やがて出てきた料理はパンに豚肉と野菜が挟まれた軽食だった。シルバーのほうを見ると骨付きの鶏肉と揚げ物のようで、朝に摂る食事としてはいささか重そうに見えた。

 フェリアスは目の前に置かれた久方ぶりのまともな食事に腹の虫が鳴きやまない。恥ずかしさのあまり顔を覆って悶える。


 シルバーは気にするそぶりもなく食事に取り掛かった。フェリアスは肉刀(ナイフ)肉叉(フォーク)を探したが見当たらなかったのでシルバーに尋ねる。


「私の肉刀(ナイフ)肉叉(フォーク)は無いのかしら」

「それは手で掴んで食べるものだ」

「手で? イヤよ、汚れるじゃない」


 シルバーは一度目をぱちくりとさせたが、女将に肉刀(ナイフ)肉叉(フォーク)を持ってこさせた。フェリアスはそれらを使って器用に食べていく。久方ぶりのまともな食事に脳が喜んでいる。


「そういえば、シルバーさんは旅人なの?」


 フェリアスが尋ねるとシルバーは肉を嚥下して答える。


「まぁそうだな。武者修行のようなものだ」

「それであんなに強いのね」

「まだまださ」


 まだまだ、と言ったが謙遜だろう。幼体とはいえ地龍を一人で斃すなど、普通は考えられない。


「どこの国の人?」

「マルキアナ。ここからはだいぶ北だな」


 フェリアスは国の名前は知っていたがどんな国かはよく知らなかった。


「どんなところなの?」

「雪国だな。冬は寒い。夏はここほど暑くはならないから快適だ」

「雪かぁ。フレンツはあんまり降らないのよね」

「雪など冷たいだけだ。雪かきだってこまめにしないと屋根が落ちるんだぞ」


 フェリアスは雪で遊ぶのが好きだったので雪は嫌いではなかったが、シルバーはそうではないようだった。

 

「そうなんだ? 雪って楽しいだけじゃないのね」

「フレンツのように年に数回降る程度が丁度楽しいくらいだろうな」


 その時、女将(おかみ)がシルバーに声を掛けた。


「お二人は旅人? お嬢ちゃんは花嫁姿だから旅人ってわけじゃないよね?」

「俺はそうだが」


 シルバーはそう言ってフェリアスを見たので、フェリアスは手を振る。だがフレンツ王国の王女だと言ったところで信じてもらえないだろう。

 

「私は旅人ってわけじゃないんですけど」

「こっちのお兄さんのお嫁さん?」


 フェリアスはそう言われてシルバーの顔を見た。本来嫁ぐ予定だったアライモス王とは違い、美しい銀髪に整った顔立ち。正直フェリアスの好みだ。


「い、いいえ、違います。魔物に襲われたところを助けていただいて」


 女将はフェリアスを見て一つ唸った。


「この村の近くに地龍が住み着いたらしくてね。村人みんなで話し合ったんだけど、じきここを棄てることになりそうなんだよ」


 地龍と聞いてフェリアスは思い至った。


「それなら、さっきシルバーさんが」

「斃したのかい?」


 女将は驚いてシルバーを見た。


「幼体だったが」


 そう聞いて女将は落胆の様子を見せた。


「住み着いたのは成体なんだよ。幼体はその子供だろうさね」

「成体」


 成体は軍隊で戦ってようやく斃せるほどのものだ。とても一人で戦える相手ではない。フェリアスは昨日の地龍のあの冷たい瞳を思い出し、身震いをした。


「ベルサリア宮殿を襲ったやつか?」


 シルバーがそう尋ねると女将は頷いた。

 

「聞いたところによるとそうらしいね。もうこの国は終わりだよ。隣のナルニアスに逃げるしかないよ」

「そんな」

「あんたらも早くこの国から出たほうがいい。ナルニアスなら軍隊も大きいし安全さね」


 食事を終えた二人は店を出る。


「ごちそうになってよかったのかしら」

「構わんさ。ではな」


 そう言ってシルバーは外套を翻して去って行った。


本作では、主人公はフェリアスですが、シルバーが読者代表(投影)として物語に参加しているイメージで書いています。

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