五章 二 村人総出の"収穫"
二
「この谷の先が鉱山だよ。準備はできているかい?」
エゴティノ村の『案内人』グラウコスは若い男女の旅人に笑いながら話しかけた。若い男女は魔晶石で一攫千金を夢見たのか、遠い国から来たらしく旅慣れた姿をしている。
「えぇ、松明に荷車、荷馬も用意したわ」
女がそう答えると男も頷く。
「この眼鏡も借りられたし、つるはしまでお借りしてよかったんでしょうか」
男が肩に担いだつるはしを見やる。
「この時期は村人は採掘しないからね。旅人に貸してるんだよ」
男は首を傾げる。
「どうしてこの時期は採掘しないんですか?」
「山は逃げないけど、この時期だけ採れる山菜や動物もたくさんいるから」
女性は笑顔で頷いた。
「そうですね。山はいつでも掘れますもんね」
「そう、そう」
グラウコスも釣られたように声を上げて笑う。旅人もすっかり安心しきっている。男は村を見渡す。
「ここは魔晶石で有名なところだけど、他の旅人をみかけませんね」
「いや、結構来ているよ。みんな何日も鉱山に籠ってなかなか帰ってこないのさ」
「それは、なかなか魔晶石が掘れないからとか?」
グラウコスは腕を組んで考えるそぶりをする。
「まぁ、魔晶石はそんなにゴロゴロ掘れるものじゃないよ。でも考えてみてくれ。わざわざ遠くから来て、少しの魔晶石で満足できると思うかい?」
若い男は笑う。
「そうか。みんな欲張ってたくさん掘ろうとしているんですね」
「うん。君たちも籠るつもりなら食料をたっぷり持っていくんだね」
グラウコスはそう言って手を振って立ち去った。若い男女は話し合って、食料を買い込んでいくことにしたようだ。
夜になり、グラウコスは酒場に行くと多くの採掘士や村の仲間達がいた。
「よお、グラウコス。今日は何人だ?」
酒場の親父がグラウコスに問いかけたので、グラウコスは答える。
「今日は六人だ。若い男女に、四人組の中年だ」
「四人組とは珍しいな」
「退役兵らしい。金を博打で全部失って一攫千金狙いのようだ」
「シケた連中だな。男女のほうはどうだ?」
「そっちはいい感じだ。一攫千金狙いには違いないが、家財を処分し全財産を抱えたまま旅をしているらしい」
「それは有望だな。まぁ座れ、乾杯だ」
グラウコスは村の『案内人』としてこの村で働いていた。旅人を鉱山に案内したり、季節のものが食べられる宿を紹介したりする。
季節は廻り、秋になった。とある朝、村の斥候、イータが息を切らせて村に飛び込んできた。
「花が落ちたぞー!」
イータの報告に村は沸いた。村人達は早速鉱山に向かう。村人総出の"収穫"の時だ。
谷底一杯に咲いていた黒百合の花が落ち、景色は緑一色に変わっていた。イータは夏の終わりから毎日ここの様子を見に来ていたのだ。グラウコスも"収穫"に向かう。
谷底を進み、足元に注意しながら進むと「それ」はあった。村人達は、すっかり白骨化した死体から身ぐるみを剝いで行く。グラウコスが案内した若い男女や四人組の中年と思わしき亡骸もあった。
「ヤッホウ! こいつ金貨を二枚も持っていやがったぜ!」
「こっちは高そうな短剣だ!」
「俺のほうも大当たりだ!見ろよこの宝石!」
村人達は"収穫"に沸いた。村が一番潤うこの日は祭りだ。
黒百合の花の匂いは人間の神経を麻痺させてしまう。そのため、空気が溜まる谷底でこの花の匂いを長時間吸い込むと意識を失い、昏倒してしまう。そのまま助ける者がいなければ、餓死してしまうのだ。村人達は花が散った時期に遺体を漁る。これは村の大きな収入源となっていた。
花の咲かない冬は村人達が採掘を行っている。旅人は冬に来ることもあるが、魔晶石を見分ける眼鏡を持っていないから掘ることができない。冬は眼鏡を旅人に貸す余裕は無いし、道具も余っていないので外部の人間が掘ることは事実上不可能だった。
エゴティノ村はこうして潤っていた。魔晶石だけでなく村ぐるみで旅人を危険な谷に送り込み、遺体から金目の物を回収していたのだ。
夜、外部の人間がいない酒場で村人たちは"アガリ"を報告しあう。
「結局アロースが回収した宝石が一番値打ちもののようだな」
「宿のほうはどうだった?」
村人が宿屋の主人に問うた。不帰還となった村人が宿泊していた宿に置かれた荷物は宿屋の主人のものになる。
恰幅のいい主人は腹を揺らす。
「毎度私が一番儲けさせてもらっているようですな。今年も随分儲かりましたよ」
宿屋の部屋には鍵がかかるから、部屋の中に貴重品を置いていく旅人も大勢いた。宿屋では不帰還となった時点で部屋のものは宿屋の主人の懐に入るから、宿屋の主人が一番旅人の人数や持ち物を把握している。
グラウコスは一人浮かない顔をしていた。
「どうした、グラウコス。アガリが悪かったのか?」
グラウコスを心配したパッラスがグラウコスに話しかけた。
「……本当にこれでいいのかな」
「何がだ?」
「この村だよ! 旅人を危険な谷に送り込んで身ぐるみを剥ぐ、こんな非道なこと」
「……別に俺たちは人殺しじゃない。旅人が勝手に死んでるだけさ」
二人の話を聞いたパランティウムも会話に入ってくる。
「グラウコス、お前それは偽善ってやつだ。お前が去年のアガリで都会に行って遊郭で遊んできた話は皆知ってるぜ?」
「そうそう、あの遊郭は超高額な店だろ? いい思いしてるクセに何言ってるんだよ」
事実を指摘され、グラウコスは顔を赤くして俯いた。自分は確かに欲望に駆られ遺体を漁り遊郭で大枚はたいて遊んでしまったのだ。そう、「また来年同じことができる」と思ってしまった自分がいた。
黙ってしまったグラウコスの肩をパッラスが叩く。
「だから気にすることないんだって。旅人が死ぬのは事故。俺たちはできるだけの準備を手伝う。そうだろ?」
「……そうだな」
「今年も遊郭に行くんだろ? 美女がお前を待ってるぜ?」
「……あぁ、待たせちゃ悪いな!」
グラウコスは明るく答えたものの、心の中にはまだ複雑な思いがあった。黒百合が咲く季節は、旅人を向かわせるべきではなく、むしろそれを止めるのがこの村の住人としての最低限のことではないのか。
グラウコスの良心はかろうじて残っていた。
少し短いのですが、2話を投稿します。
時系列的にはフェリアス達がくる少し前の話になっています。




