五章 一 鉱山村エゴティノ
一
メムネト村を出た二人は、西を目指して旅を続ける。今日はどうやら野宿になりそうだ。街道には一定の距離毎に野宿がしやすいよう小さな小屋や竈が作られていることが多い。今日辿り着いた小屋はまだ比較的新しく、風が入ってくることもなさそうだった。
寝台は硬い木で作られており、藁に布がかけられているようなこともない。無料で泊まれるのだから、雨がしのげるだけでも贅沢は言えなかった。
「次の村まではどのくらいあるの?」
フェリアスがシルバーに確認すると、シルバーは地図を広げて指で示す。
「今、このあたりだ。次はこのエゴティノという村だな。『魔晶石』が採掘されるということで潤っているらしい」
「『魔晶石』って使ってもなくならい宝珠なんだっけ」
フェリアスは王宮でも幾つか『魔晶石』を見たことがある。
「そうだな。だが宝珠はどんな魔法にも使えるが、魔晶石は相性のようなものがある。特定の魔法にしか使えないものもあるが、それでも使い減りしないのはすごいよな」
「どこかの王宮には、どんな魔法でも使えるすごい魔晶石があるって聞いたことがあるわ」
「多くの魔法に対応した魔晶石はそれだけで価値がある。あとは持っている魔力の強さだな。いくら幅広く対応していても魔力が低いと大したことはできない」
火に対応した魔晶石は魔力が強ければ軍備として採用されるが、魔力が小さければ家庭用の調理器具程度にしかならない。
「フレンツにもあったけど、儀式とかそういう時だけ宝物庫から出されて使われていたわね」
「英雄エウドロスが使っていた剣には身体強化の魔法が使える魔晶石があしらわれていたと聞いたことがある。『聖剣スラーブドゥース』だ」
エウドロスの名前を聞いてフェリアスは微笑んだ。
「エウドロス……上手くやっていければいいわね」
「そうだな。クヘン流のせいで酒飲みにならなければな」
「もう!」
フェリアスは笑う。そうするとシルバーは何やら思い出したようで鞄の中を漁ると、手のひらほどの大きさの羽飾りを取り出した。
「あ、それ作ってもらったっていう羽飾り?」
フェリアスが訊くとシルバーは頷く。
「これ、お前にやるよ」
「え? そんな。それはシルバーさんのお友達の好意で用意してもらったものでしょう」
「まぁそうではあるんだが、銘を見てくれ」
そう言われて羽飾りの銘を見るとなんと"ネシャル"だ。
「ネシャル!? 作ってくれた職人さん、ネシャルの銘が使える職人さんだったの?」
「どうやら十年ほどネシャルのもとで修業して、正式に弟子と認められた職人だったらしい」
羽飾りは恐ろしく精巧で、品位高く見るものを魅了した。しかしあくまで着用者を引き立たせるためのものであり過度な主張はしないという完璧な出来栄えだ。
「それに、職人が気を利かせたのか知らんが、二つ作ったのだ」
シルバーはもう一つ同じ羽飾りを見せた。
「まぁ。なら一つもらおうかな。でもいいの? お友達とお揃いになるはずだったんじゃぁ」
「いいさ。俺もようやく『いいもの』がわかるようになってきた。これはお前が身に着けるのがいい」
「……ありがとう」
二人は翌日からも旅を続け、丸二日経過したところでまた小さな小屋に着いた。その小屋には一人の旅人らしき男がおり、逆方向、つまりメムネト村方面に向かうという。
「そうか、君たちはエゴティノに向かうのか」
「はい」
「なら一つだけ忠告しておこう。黒い百合の花には近づくな。とてもいい匂いがするが、それは警告でもある」
「どういうこと?」
「……とにかく、いい匂いがしたらそれ以上は近寄らないことだ」
「……わかったわ」
旅人はどこか安堵したような表情となり、床の上で毛布をかぶり寝てしまった。
翌朝、旅人に出発の挨拶をした二人は小屋を出てエゴティノを目指す。今日中には着くはずだ。
峠を一つ越えると、山の麓に中規模の村が見えた。おそらくあれがエゴティノだ。二人は村に入ると馬を降り、宿泊場所を探す。村を見て回ったが、規模の割に畑が少なく家畜も多くない。つまり財力があるので食料や必需品を外部から買うことができているということなのだ。それだけ魔晶石の採掘による収益があるのだろう。
二人は厩舎がある宿を見つけ、そこで滞在の手続きをする。主人は恰幅のいい中年の男で、二人を上から下まで舐めるように見るとニコリと微笑んだ。
「お部屋でございますね。空いておりますよ」
「とりあえず三日で頼む」
シルバーが宿を確保し、フェリアスは馬を厩舎に連れてから荷物を部屋に運び込んだ。部屋で柔らかい寝台に腰を下ろした時が一番安堵する。野宿はやはりつらい。
「先ほど宿の主人と話したが、この時期は村人は採掘に行かないらしい。今の時期は山になるキノコを採ったり繁殖期になった動物を狩るそうだ」
「別にこの季節は魔晶石が掘れない、ってことはないんでしょう?」
「旬の味が好きなんだと。採掘したければ、行けば掘れるらしい」
「随分余裕があるのね。私たちが掘ってもいいのかしら」
「構わないらしい。明日、採掘士の工房に行こうと思う」
「うん、わかった」
翌日、二人は採掘士の工房に行き、鉱山や掘り方について教わることにした。採掘士は四十代の巨体の男でいかにも、という風貌だった。
「魔晶石は加工をするまで普通の石と見分けがつかない。だからこの眼鏡がいるんだ」
そう言って採掘士は一つの眼鏡をシルバーに渡す。
「それをかけてこの石を見てみな」
採掘士が持つ石はごく普通の石ころだ。シルバーは眼鏡をかけて見る。そうすると石ははっきりと赤く光っていた。
「赤く光っている」
「そう。その眼鏡は魔晶石を加工して作られた特別製だ。魔晶石を見分けることができるんだ。だから掘る時には必要になるのさ」
「なるほどこれが無いと見分けがつかないな」
フェリアスも眼鏡をかけて石を見てみる。確かに石は赤く光っていた。
「鉱山に入るには道具が色々いるぞ。坑道は真っ暗だから明かりも必要だし、石を持って帰るにも荷車や馬が必要になるんだ」
「記念に数個掘る程度だから大丈夫よ」
「ふむ。ならいいんだが。落盤にだけは注意しろよ。何しろ古い鉱山だからな」
「じゃあこの眼鏡だけ売ってもらえるかしら?」
採掘士は首を横に振る。
「その眼鏡は売り物じゃないんだ。貸してやるから後で返してくれ。一応何か担保をもらえるか」
魔晶石を使った眼鏡はそれなりに高価なものだろう。そんなものを初対面の相手に貸すのだから、担保を求めることは正当な要求だ。シルバーは鞄からネシャルの羽飾りを取り出すと採掘士に渡す。
「これならどうだ?」
「ふむ、ネシャルか。こんな田舎では価値も無いが、行商人が欲しがるかもしれないな。いいだろう」
採掘士は他にもつるはしや松明を貸してくれた。
「もし松明が消えそうになったら鉱山を出ろ。鉱山の奥は空気が入れ替わらない。息が苦しくなって死ぬからな」
「わかった」
「まぁ、頑張れよ」
採掘士は羽飾りを指で弄ぶと手を振って工房に下がっていった。
フェリアスはどこか違和感を感じていたが、採掘士の対応に間違いがあるようには思えない。
「ねぇ、なんだか話がうますぎるっていうか、おかしくない?」
思わずシルバーに問いを投げてしまう。シルバーは首を振る。
「そうか? あの眼鏡は本物だったし、知らない人間に貸すのだから担保くらいは当然だ。落盤や空気に気を付けるのもちゃんと注意してくれたし道具も貸してくれたじゃないか」
「確かにそうなんだけど。あぁ、何がおかしいのかうまく言えないわ」
「気のせいさ」
シルバーはそういうとつるはしを肩に乗せ、工房を出た。シルバーの言う通り気のせいなのだろうか。フェリアスは釈然としないまま、シルバーの背を追いかけた。
二人は村を出た先にある谷に向かう。鉱山なのだから山に登るのかと思っていたが、谷間の奥に坑道があるのだそうだ。今日は天気も良く、空は美しく谷に広がる草原も綺麗だった。まるで絵本の世界に入ったかのような光景に、フェリアスは心躍った。
やがて谷の底に差し掛かった頃、フェリアスは幻想的な景色を目にした。そこには一面の黒百合が広がっていたのだ。緑と黒の対照は普段自然で目にすることがない分、脳に強い刺激をもたらした。もっと近くであの景色を見たい。二人は心なしか早足となり、谷の底に進む。なんだか先程からいい匂いがする。進むともっといい匂いがして、フェリアスはうっとりとしてしまう。
ようやく新章に入りました。お待たせしました。
鉱山の酸欠については「酸素」という言葉を使うのに疑問があったので「空気」にしました。
「酸素」という言葉は「オキシゲン」、酸を産むもの、という意味で名付けたものを
日本人が酸素と翻訳しました。異世界でそれが酸素と呼ばれていいものだろうかと思い、空気としました。
「コントラスト」は英語縛りにつき「対照」としました。これは特に違和感はないと思います。
この章のストーリー自体は単純なので3話で終わるかもしれません。
でも個人的には気に入っているのでもう少し膨らませてみようかなと思いつつ・・・




