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風の唄  作者: 安曇 東成


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四章 三 前哨戦


 シルバーは剣術大会の参加申し込みのため、メムネト村にある道場に訪れていた。


 道場は小さな村の割りには立派な建物で、手入れも行き届いている。小さいながらも庭園があり、池には魚が泳いでいた。

 シルバーは道場横の小さな事務所らしき建物を覗くと中年の女が座って何かを書いているが見えた。そのまま中に入ると女は気づいたようで、顔を上げた。


「剣術大会の参加申し込みに来たんだが」


 シルバーがそう声をかけると女は頷いて小さな紙を取り出し、鉛筆と一緒にシルバーに渡す。


「その用紙に必要事項を記入してください」


 シルバーはその場に備え付けられた机で用紙を記入し、女に提出した。


「大人の部……二十三歳ですね。流派はアルマキア流で、直近の経歴は……」


 そこまで読んで静かになった。そしてシルバーの顔をまじまじを見る。女はもう一度用紙に目を落とす。


「直近の経歴は、ナイロビス十四位闘士?」

「そうだが」


 それを聞いた女は立ち上がって事務所の奥に駆けこんでいく。奥で何やら騒がしい声がした。


 やがて四十台後半の男が現れる。その歩き方や雰囲気から、おそらくこの道場の師範だ。


「いやぁお騒がせして申し訳ない。なにやらお強い方が来られたとかで」

「ナイロビス十四位は補充で入っただけだし、一戦しかしていない上に負けたんだ」


 男は緊張していた顔をやや緩めた。


「まぁよくあるのが、経歴詐称というやつでしてね。自分を売り込むために経歴をでっち上げてくる剣士もおりましてな」

「売り込む?」

「お兄さんまさか単なる腕試しというわけではないでしょう? 剣士は大体自分を売り込んで道場や町の警備に雇ってもらうために来ることが多いですから」


 それを聞いてシルバーは理解した。なるほど剣道場や警備に雇ってもらうために剣術大会で目立とうとする剣士が多いということか。その中には誇大な経歴をぶら下げる連中もいるというのだ。


「単なる腕試しだが」

「なるほどそうでしたか! しかし一応経歴詐称ではないかを確認させてもらいたい。道場のほうに来ていただけますか」


 男はそう言ってシルバーが入ってきた入口から出て行ったので、シルバーもついていく。


 道場の扉を開くと汗のにおいと共に門下生達が打ち稽古をしている様子が目にはいる。しかし門下生達が男の姿を認めると全員直立不動となった。


 男は道場内を見渡すと一人の青年に声をかける。


「ケレス。こちらに。皆、場所を開けなさい」


 男がそう言うと門下生達は波を打つように広がって下がった。呼ばれたケレスという青年は白い道着の乱れを直し、男の側に立つ。


「こちらの方と練習仕合を。腕がわかればいいので勝ち負けは気にしなくていいぞ」

「はい!」


 ケレスという青年は元気よく返事をした。やがてシルバーに木剣が渡され、道場で向かい合う。


 シルバーは木剣を正眼に構え、仕合の儀礼として名乗る。


「シルバー、アルマキア流」

「ケレス、スゥルタイ流」


 シルバーはケレスという青年の構えを見る。ぴったり正中ではなくやや軸をずらした構え。それは反撃や迎撃を得意とする流派に多く見られる構えだ。


(ここでスゥルタイ流とやらを見せてもらうのもいいだろう)


 シルバーは流れるように相手に向かって進む。ケレスという青年はそれを見てわずかに軸をずらし、シルバーの軌道を制御しようと試みた。

 シルバーはあえてその誘導に乗る。右から左へ薙ぐ閃光はケレスが縦に受け、続く返しの剣をケレスが受けると同時に身体を翻し、シルバーの背後に向かう。

 だがそれはシルバーも想定の範囲。後方に鋭く蹴りを放つとケレスは上半身を反らせて躱す。その間にシルバーは態勢を整え、今度は左から右に薙ぐ。ケレスは先ほどと同じように縦に受けようとしたが、予想した方向から剣が来ない。気が付くとシルバーは身体を回転させ、逆方向から剣が向かってきている。あの左から薙ぐように見せたのは牽制だったのだ。


 シルバーの木剣がケレスの首に当てられたところで師範代と思わしき男が止めた。


「そこまで。二人ともいい戦いぶりでした。ケレス、もういいぞ。この方は間違いなく十四位闘士だ」


 それを聞いて門下生達はざわついた。次は自分が、という声まで聞こえる。少しでも腕の立つ相手と戦いたいのだろう。


「静かに」


 男がそう言うと門下生達は静まる。そしてシルバーに頭を下げた。


「わたくしはここの道場を経営しておりますノーラと申します。剣術大会でお会いしましょう」

「あなたとは決勝で戦いたいものだな」


 ノーラは肩をゆらして笑う。


「ほかにも強者がおります故、どうなることやら。この剣術大会は道場の宣伝のために始めたものではありますが、近頃は噂を聞いた剣士たちも集まるようになっております。わたくし自身、優勝したのは最初のほうだけなのですよ」


 強い者は除外して大会を開催すればノーラが優勝し、道場としては箔がつくのかもしれなかったが、強者を除外していることが知られれば逆効果となるだろう。ノーラは正々堂々とした男で、不正はしないようだ。


「そうなのか。だが他の流派に客を取られるかもしれないぞ」

「弱い流派は消えゆく定めですな。わたくしも日々研鑽しなければ」


 この後も少し雑談を交わし、シルバーは背を向け道場を後にしようとした。ノーラには非常に好感が持てる。


 その時、背後から強烈な殺気。シルバーが反応する前に木剣が首に突きつけられる。


「……全く反応できなかった。これで優勝できないなど、嘘だろう」

「この程度はまだまだ遊びですよ。剣術大会に出ればわかります。五年前に一位闘士ヘレクトールも出たことがありますが、彼が八位入賞すら無理だったのです」

「まさか!」


 シルバーは驚きを隠せない。五年前のヘレクトールであれば『蒼王鬼化膂法(レピス・レズリ)』の効果も残っていたはずだ。その状態のヘレクトールが負けるなど想像もつかなかった。


「剣術大会は真剣勝負だったか?」


 シルバーがノーラに確認する。


「いいえ。真剣勝負で腕を落としてしまったりしたらその剣士の流派が絶えてしまいますからな。なので武器の刃は落としてあります。『突き』は未成年の部では禁止しております」


 シルバーはそれを聞いて安堵した。真剣ではないということは、ヘレクトールの『蒼王鬼化膂法(レピス・レズリ)』は発動していない可能性が高い。あれは命の危機の時のみ発動する強化魔法だからだ。だがそれでもヘレクトールの剣術が八位にすら入れないという事実。


「なるほどあくまで仕合ということだな」

「はい。しかし、怪我をすることはありますから十分注意してください。大人の部では『突き』もありますしね」


 シルバーはノーラに礼を言い、道場を去った。


 その夜、宿でシルバーはフェリアスに道場での出来事を話した。

 

「ヘレクトールさんが八位入賞もできないなんて。凄い人たちが集まるのね!」

「あぁ、実に驚きだ。いくら魔法の強化がないとはいえ、あのヘレクトールがな」

「シルバーさんも頑張ってね」

「あぁ、胸を借りるつもりでいくさ」


 そう言ってシルバーは自分の寝台に去っていった。


 大会まであと三日となり、メムネト村にはちらほらと剣術大会の参加者と思わしき剣士が散策しているのを目にするようになった。

 フェリアスが見たところ、剣士の中にはその気配と隙の無さから相当な腕の持ち主である者が数名いるように見えた。


「もしかしたら、フレンツから剣士が来ていたりしないかしら……」


 そう思って目につく剣士の顔を確認していくが、フェリアスの知った顔は無かった。自分は王宮にいたのだから、知っているのは王宮の騎士がほとんどで、傭兵や一介の剣士までは当然知らない。もしかしたら王宮の騎士の誰かが来ていないかと期待もしたが、見つかることはなかった。


「さすがにフレンツからここは遠すぎるしね」


 フェリアスはそう独り言ちるといつもの公園にやってきた。公園にはすでにエウドロスが待っていて、木剣で素振りをしている。


「おはよう」


 フェリアスが声をかけるとエウドロスは素振りを止め、振り向いて「おはようございます」と挨拶をする。

 

「あと三日ね。基本の型はここまでにして、そろそろ『技』を教えるわ」


 フェリアスがそう言うとエウドロスは顔を輝かせた。


「本当は基本の型だけでも年単位で修練するものなのよ。どうしても付け焼刃になっちゃうけどね」

「それは仕方ないですよ。十日しかないんですから」


 フェリアスがエウドロスに教えた技は、『幻影剣』というものだった。これは剣先を揺らしながら振るという比較的高度なもので、原理的には人間の錯視を利用したものだ。筆の端を持って上下に振ると筆が曲がって見えるのと同じように、剣先を揺らすことで剣が曲がって見えたり、二重、三重に見えたりするのだ。


 はじめ、フェリアスが『幻影剣』を使ってみせたとき、エウドロスには剣が二本あるかのように見えた。


「すごい技ですね! 剣が増えました!」

「まぁ子供だましみたいなものだけど、一流の剣士にだって通用する時はあるんだから。使いどころは間違えないでね」


 エウドロスは残り三日を『幻影剣』の習得に集中した。


また間が空いてしまった!

次回、メムネト村編は終わりそうかな。

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