四章 一 偉大な英雄の名
時間が空いてしまいましたが新章に入りました。
わかりやすいストーリーになる予定。
フェリアスは今回も吞みまくるはずです。
一
ナイロビスを出て、西に向かい次に辿り着いた村はさほど大きくなかった。どうやらここがメムネト村らしく、シルバーはアガーテ村の娘が言っていた羽飾りを受け取るらしい。フェリアスはさすがについて行く気は無く、夜まで別行動することになった。
「もう、鼻の下伸ばしちゃって!」
だんだん、と足を踏み鳴らしながら路地を歩いていると、裏から喧嘩と思わしき声が聞こえてくる。フェリアスはそっと近づき、声のする方を覗いた。
すると十三から十五程度の少年が、同年代の少年たち数名に囲まれ、暴行されていた。それを見たフェリアスは思わず飛び出してしまった。
「あななたち、何してるの!?」
すると少年たちは皆フェリアスを見る。だが若い女と分かった少年たちは恐れることもなくフェリアスを睨む。
「取り込み中だ、ババァは引っ込んでろ」
「バ、バ、ァ?」
フェリアスは一瞬その言葉の意味を考え、すぐに怒り出す。
「だ、誰がババァよ! 私は十六よ! あんたたちも似たようなもんじゃない!」
「うるせぇ!」
そう言って少年の一人がフェリアスに殴りかかってきた。
(女の子に殴りかかってくるなんて、ひどいわね!)
素人の喧嘩であれば大体最初は右拳の大振りなので、さらりと躱して右手を取り、引き寄せながら身を捻ると脇固めになる。
「いだ! いだだだ!」
フェリアスはすぐに少年を解放すると、手をぱんぱん、と払った。
「こ、こいつ!」
少年の一人が腰に帯びていた剣を抜いた。剣はあまり品質の高そうなものではなかったが、真剣のようだ。
「真剣を町中で女の子に向けるなんて」
フェリアスはわざとらしく怖がる。
「痛い目を見ないうちに消えろよ!」
「オリンヴュアノの剣の腕はすげぇんだぜ」
どうやら剣を抜いた少年の名前はオリンビュアノというらしい。フェリアスは今は剣を帯びておらず、丸腰だ。少年の構えや気配からはそこまで強そうな感じには見えなかったが、怪我をするわけにもいかない。
(どうしたものかしら)
その時、騒ぎを聞きつけたのか守備兵達がやってきた。
「何の騒ぎだ?」
それを見た少年たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。残ったのはフェリアスと最初に殴られていた少年だ。
「君、怪我をしているが、何かあったのかね」
守備兵が声をかけると少年は首を振る。
「子供の喧嘩です。大丈夫ですよ」
少年は気丈にそう答えた。守備兵はフェリアスに怪我がない様子を見ると持ち場に引き揚げていく。それを見送るとフェリアスは少年に声をかけた。
「何?あいつ。私も剣を持ってくればよかった。そしたら返り討ちにできたのに」
「お前、剣が使えるのか?」
「お前じゃないわよ、フェリアスよ。あなたは?」
「エウドロス……」
「いい名前ね。偉大な英雄の名だわ」
「……頼む、剣を教えてくれ!」
少年は縋るようにフェリアスを見た。フェリアスが戸惑っていると少年はさらに続けた。
「俺は最強になりたいんだ!」
それを聞いて、フェリアスはシルバーを連想した。
「どうして、最強になりたいの?」
フェリアスが訊ねると少年は両拳を握りしめて答える。
「俺、みんなに馬鹿にされてて……名前負けしてるって」
エウドロスはかつて強大な三頭の龍に苦しめられていた土地に生まれた戦士で、そのあまりの強さに龍すら恐れたという。エウドロスは多くの眷属もろとも三頭の成龍を一人で斃し、マカドニス国の王となった偉大な人物だ。そんな人物と比べられたら名前負けするのは当たり前だろう。
「そりゃあ、あんな英雄と比べられたら勝てる人類なんていないわよ。それに剣だって一日二日で上達するものじゃないわ」
「構わない、さわりだけでもいいんだ」
「この村にだって剣術道場みたいなものがあるでしょ? そこで教わるのがいいんじゃない?」
少年は俯く。
「その道場の息子が、さっきの奴なんだ」
「……そりゃあ、そこでは教わりたくないわね」
「だろ? この通りだ。お願いできないか」
少年は深く頭を下げた。
「わ、わかったわよ……でも、私もこの村にどれくらいいるかわからないのよね」
「いる間だけでいい。あぁ、もしかして授業料の話か?」
エウドロスはフェリアスがどれくらいの期間稽古をつけるかわからないから授業料が払えないかもしれないと思ったのだろう。なかなかに気がまわる少年だ。フェリアスは虚を突かれ、目をぱちくりとする。
「授業料なんていいのよ。連れに相談しないとわからないから、明日のこの時間、そこの噴水に集合しましょ?」
フェリアスがそう言うと少年は頷いた。
「わかった。いや、わかりました」
突然敬語に変わったのでフェリアスは苦笑いした。手を振ってエウドロスと別れ、宿でシルバーを待つことにする。
夕方になり、シルバーが宿に帰ってきたので、フェリアスは昼間の出来事を話す。
「俺も少し用事ができたから丁度良かったな。十日後に剣術大会があるらしいのだ。それに参加してみたい。それに羽飾りはまだ完成していなかった。それも十日後にはできているそうだから、十日はこの村に滞在することになるな」
シルバーはフェリアスの返事を待つように見た。フェリアスは少しでも早くフレンツに帰りたいはずなのだ。もちろんそうではあるが、シルバーとの寄り道は最早苦にはならなかった。
「うん。じゃあ、私も十日間、稽古をつけられるわね」
「俺も手伝えればいいんだが」
「ううん! 私が受けた話なんだもん。自分でやるわよ。なんだか、デメトリオスさんに稽古をつけた時みたいね」
「わかった。そっちは上手くやってくれ」
シルバーはそれで話は終わりだ、とばかり席を立った。今日の宿は部屋の空き具合からか、寝室が二つあったので別々の部屋だ。フェリアスはこれまで野宿でも宿で同じ部屋でもシルバーが自分に手を出すような事は無かったので完全に気を許していたし、同じ部屋でももう抵抗は無かった。
翌日、昨日約束した噴水に向かうとエウドロスはすでに待っていた。フェリアスが少年に駆け寄って、手を振ると少年は照れ臭そうに横を向いた。周りから見たらまるで待ち合わせをしていた恋人に見えたかもしれない。
「お待たせ! 連れに相談したら、十日はこの村にいるって」
「十日……助かる…助かります」
「敬語じゃなくって、普通でいいのよ」
「そういうわけにも……いかないですよ」
少年は複雑な表情で笑ったのでフェリアスは肩をすくめた。二人は噴水から近くの公園に移動し、そこで訓練をすることにする。真剣は危ないので少年が持参してきた木剣を持つとフェリアスは構えを見せる。
「とりあえずは中段の構えだけでも覚えましょ」
「こうですか?」
少年はフェリアスの隣で同じ構えをする。
「そうそう、目は前に。相手をしっかり見るのよ。目を瞑ったらダメなの」
「どうして?」
「強い人になると、相手の瞬きを狙って動いてくるのよ」
「マジすか」
「もしエウドロス君にそれができれば、かなり有利よ」
「無茶ですよ。十日そこいらでできることじゃないですね」
フェリアスは笑った。
「そうね。私はまず『型』から習ったわね」
「『型』?」
「うん。この構え方もそうなんだけど、剣術っていうのはただ速く剣を振ればいいってわけじゃないのよ。効率の良い振り方ってものがあるの」
「効率?」
フェリアスはゆっくりと剣を振りながら説明する。
「こう、縦に振った後は剣が下を向くから続けて横には振れないでしょ?」
「そうですね」
「だから縦に振ると返す剣も縦になる」
「はい」
「つまり、縦に振ると次の攻撃が読まれちゃうのよ」
「横に振るのがいいんですか?」
「一対一ならね。戦争みたいに味方もいるときだと、横に振ると味方に当たるかもしれないから」
そう言いながら、フェリアスは横に剣を振るう。
「横に振った場合は、こう、身体を回せば縦にも振れるでしょ」
フェリアスは身体を回転させながら剣を縦に振って見せた。
「なるほど、でもそれなら縦に振ってから回転して横に振る動きもできそうですが」
「逆の動きは隙が大きいのよ。どうしてもっていう時以外はしないわね」
エウドロスはフェリアスの真似をしながら剣を振るい、動きを確かめる。
「そうそう。その動きをしっかり練習してね」
「本当に剣術を覚えたら強くなれるんでしょうか? 筋肉をつけたりしたほうがいいのでは?」
フェリアスは笑う。
「魔物の中には剣を持つものもいるけど、一流の剣士なら勝てるのよ。魔物は人間よりも遥かに強い力と動体視力に反射神経を持っているけど、『剣術』には勝てないの」
かつてシルバーがデメトリオスに話した内容の受け売りだが、エウドロスは信じたようだった。
それから五日、フェリアスはエウドロスにみっちり稽古をつけた。エウドロスはめきめきと上達はしていたが、さすがにまだ三流の域は出ない。一皮剥けるには何か起爆剤が必要だった。




