三章 四 民衆の心を掴むのは私のはず
四
ナルニアス国王リュサンドロスは晩餐会で若者に労いの言葉をかける。
「ヘレクトールよ、此度の征伐もご苦労であった。"賢龍"ルフラムを斃したことにより我が国の領土は拡大されるだろう。"採掘場"は発見できなかったとはいえ、多数の魔物の討伐による宝珠を得ることができたことは大きい」
ニ十五歳のヘレクトールは右手に持つ盃を持ち上げて頭を下げるとリュサンドロスも盃を重ね、酒をあおった。
「ありがたき幸せ」
「ヘレクトールがおれば我が国の未来は安泰だな」
リュサンドロスがそう言うと、別の青年が顔色を変えて声を上げる。
「父上! ヘレクトールは陛下のお子とはいえ妾の子。正妃の子であるわたくしこそが後継者であるはずです」
「アルバッキノスよ。ヘレクトールはお前よりも歳上だ。腹違いとはいえ兄弟には違いない。兄を尊敬しておらぬのか」
「……尊敬しております、父上」
「そうであろう。剣の腕はもちろん、民の人望も厚い。部下の扱いも心得ておる」
アルバッキノスは頷く。リュサンドロスはヘレクトールとアルバッキノスに問いかける。
「お前たちが国を治めるならば、どこから手をつける?」
ヘレクトールとアルバッキノスは顔を見合わせ、考える。やがてヘレクトールが口を開く。
「民が安全に暮らせる土地を用意します」
「ほう。どのように?」
「魔物を退治し領土を拡大しても、すぐに取り返されては民は安心して住むことはできないでしょう。城塞を築き街を作ります」
「城塞の建造には多くの人夫が必要となる。仕事を求めて民が流入してくる副次的な効果も見込めるな? 人が集まれば自然に商売が発生する。なるほど、よいな」
リュサンドロスはアルバッキノスを見る。アルバッキノスも口を開いた。
「国は民の上に成り立っております。私はその民を熱狂させたい」
「熱狂とな?」
リュサンドロスは片眉を上げる。
「左様です。剣闘場を造り、殺し合いを民に見せます。それだけで民は熱狂する」
「なるほどな。儚き命のやり取りから生まれる英雄に民は熱狂するであろう。民には娯楽が必要だ」
「おわかりいただけて光栄です」
「民は剣闘に熱狂し、アルバッキノスは民にとっての代弁者だと支持されるだろう。だが儂の好みではない。それは暗愚な王が行う末政(末期に行う政治)だ」
リュサンドロスがそう告げるとアルバッキノスは目を伏せて畏まる。
晩餐会はその後も続いたが、アルバッキノスの姿は会場から消えていた。
やがて晩餐会の最後に、リュサンドロスは一同に告げた。
「やはり後継者はヘレクトールがふさわしいと判断する」
盛大な拍手の中、リュサンドロスはヘレクトールが獲得してきた巨大な宝珠を使って王族の魔法『蒼王鬼化膂法』をヘレクトールにかける。会場はヘレクトール万歳の声に包まれ、ヘレクトールは皆の期待に応えるべく手を挙げた。
翌日、ヘレクトールは王城のざわつきの中、目を覚ました。
「一体どうしたというのだ?」
従者に尋ねると、従者は首を捻る。その時、伝令がヘレクトールの部屋に駆け込んだ。
「朝から失礼します! 大変です! 王が昏睡状態に……!」
「なんと! ご病気か?」
「医師が見るに、毒であると。ただ即効性の無い、遅効性の毒だとのことです」
「解毒は」
「魔法で組成を常に変えており、解毒法がございません」
通常、毒殺する場合は即効性の毒を使う。遅効性の毒だと解毒される可能性があるからだ。にもかかわらず遅効性の毒を使い、さらに解毒を阻止する魔法を使う、その意図はヘレクトールにはわからなかった。
「お見舞いに上がろう」
そう言ってヘレクトールは手短に準備をすると王の居室に向かう。何者かに毒を盛られたのだろうか? いや、毒を盛るなら殺さなければ意味がない。ならば王自身が? まさか。
王の部屋にはすでにアルバッキノスもいて、目を伏せていた。
「アルバッキノスも来ていたのか」
「兄上。父上はいつ目を覚ますのでしょうか」
「遅効性の毒だそうだが、どれほどのものかはわからぬ」
「おいたわしや父上。必ずや犯人を捕まえましょうぞ」
アルバッキノスがそう言ったので、ヘレクトールは疑問をぶつける。
「もし父上を暗殺するつもりなら遅効性の毒などは使わぬだろう」
「そうとも言えますまい、兄上。後継者争いから国が混乱することを狙ってのものかもしれませぬ」
アルバッキノスが言うように、後継者がはっきりしない国である場合、あえて遅効性の毒を使うことで内戦を誘発させることができるのかもしれない。だが後継者は昨晩決まったのだ。
「弟よ。後継者は昨晩決まったであろう。そうか、お前は途中で退席していたな」
「父上が兄上を後継者にするとおっしゃったのですか」
「あぁ」
「ならば兄上がナイロビスを治めるがよろしい」
そう言ってアルバッキノスは部屋から出ていく。ここナルニアス国にはいくつかの街があるが、このナイロビスこそが王が直に統治する街だった。
ヘレクトールも見舞いを終え、部屋に戻ろうと廊下を歩いている時、衛兵に囲まれた。
「何の真似だ?」
前に出てきたのは近衛隊長のルキウス。
「殿下のお部屋より王に使われた毒物と同じものが見つかりました。また、王が口をつけた杯と同じ杯も殿下の部屋の棚にございました」
「馬鹿なことを」
「嘘ではございませぬ。殿下の部屋の杯を持ち出せる人間が王城におりましょうか」
そう言われてヘレクトールは言葉に詰まった。確かにヘレクトールの自室や王の部屋に自由に出入りできるような人間は限られている。
「待て。アルバッキノスはどうなのだ」
「アルバッキノス殿下は昨晩は晩餐会から早く戻られて、自室に籠られておりました」
「本当なのか」
「間違いございません」
「……」
ヘレクトールが黙ってしまったので近衛兵は罪を認めたと思ったのか、周囲を固めた。ちょうどその時アルバッキノスが現れる。
「兄上! それほどまでに国が欲しかったのですか!」
「ちがう! 私ではない!」
「お見苦しいですぞ兄上。毒と盃が見つかっておるのです!」
「私ではないのだ」
ヘレクトールは釈明空しく衛兵に連行されてしまう。裁判でも証拠の品が決定打となり有罪。ヘレクトールの妻と娘は処刑となったが、ヘレクトールは奴隷に身分を落とすこととなった。さらにアルバッキノスにより剣闘場が造られ、ヘレクトールは剣闘奴隷として戦闘を強制されることなった。
当初ヘレクトールは名前を隠して出場しており、観客もあれがまさか元王子だとは思いもしていなかった。剣闘場でも勝ち続けたヘレクトールは次第に人気闘士として観衆の心を掴み始めていた。
今日ヘレクトールと対峙した相手は地方では名の知れた闘士だった。ヘレクトールもその名を知っているほどの相手。
相手は興奮気味に口を開く。
「今日勝てば俺は自分を買って自由になれる。すまないが殺されてくれ」
「お前のほうが強ければそうなるさ」
そう言って二人は風のように動く。ヘレクトールは「強敵」と戦った時だけ身体能力が向上することをこの五年間で把握していた。それは以前リュサンドロスがかけた魔法、『蒼王鬼化膂法』だ。剣闘士になって数年経った今でも龍の宝珠を使った魔法は効果が切れることなく、ヘレクトールを助けていた。
今日の対戦相手は強敵だ。ヘレクトールの肉体は強化され、相手の剣はゆっくりと見え、身体は羽のように軽くなる。元の実力が互角程度の相手であれば、強化魔法がかかっていれば負けることはない。
ヘレクトールは紙一重で相手の剣を避け、鋭い一撃を相手の喉に突き入れると、相手は言葉を発することもできずに喉から血を吹き出して絶命。
今日も勝利を収め、観衆に盛大な拍手を送られるヘレクトールを見て、アルバッキノスは地団駄を踏む。
「何故だ! 民衆の心を掴むのは私のはず。なのに何故、あいつが……!」
アルバッキノス自身が民衆の支持を得るため剣闘場を造ったはずが、民が支持しているのはヘレクトール。かといって今さら剣闘場を壊すと民に恨まれるのはアルバッキノスとなるだろう。
「民に、恨まれたくない……」
アルバッキノスは「民に支持されることが政治」という政治思想であるため、剣闘場を壊すことはできなかった。
ヘレクトールが一日でも早く負ける、その日を待つ。あと十年もあるのだ。それまで勝ち続けるなど不可能に違いない。
最初は4話で終わらせようとしていましたが、やはり過去の話を書くべきと判断し、ここに入れました。
民の人気が欲しいアルバッキノスと民の心を掴んでしまったヘレクトール。




