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風の唄  作者: 安曇 東成


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三章 三 この店のお酒全部飲んでもいいんですからね


 フェリアスは一度は床に就いたが眠ることができなかった。右に寝返ったり左に寝返ったりしたが睡魔は訪れない。

 

「あ~、もう!」


 フェリアスは寝るのは諦め飛び起きた。兵士の服に着替えると部屋を飛び出し、もう一つの鍵で鍵をかけて併設された酒場に向かう。

 

「ちょっとだけ。寝酒でも飲まないと眠れないもの」


 そうつぶやいて酒場に入ると酒場の親父がフェリアスに目をやる。

 

「お嬢ちゃん、こんな時間に来るところじゃないぞ」

「何よ、文句あるの? この店のお酒全部飲んでもいいんですからね」

「ぜ、全部!?」


 フェリアスの啖呵に親父は仰け反った。


「というわけで、その左のやつから順番に持ってきてちょうだい」


 フェリアスがそんな注文をすると店内にいたもう一人の客が笑う。その客は四十代の立派な体格をした男だ。


「随分元気のいいお嬢さんだ。こっちで一緒に吞まないか?」


 フェリアスは何故かその男を不審には思わず、どこか紳士的なものを感じた。変なことにはならないと直感的に判断し、男の正面に着席した。

 改めてその男を観察すると、とても頼りになりそうな顔立ちをしており、どこか父親を感じさせる包容力すらも感じた。


「はじめまして。私、フェリアスよ」


 そう言って頭を下げると男は笑顔を見せる。


「ヘレクトールだ」

「え? まさか、一位闘士の?」


 フェリアスはシルバーから話に聞いたばかりの名前を耳にして驚くと、ヘレクトールと名乗った男は頷いた。


「まさか。嘘でしょ」

「……こんな時間じゃないと落ち着いて飯も食えない。フェリアスさんは?」


 確かに一位闘士が客のたくさんいる酒場で食事ができるはずもない。もみくちゃにされてしまうだろう。


「私は眠れなくて」

「ハハ、寝酒か。ここは俺が奢ろう。親父、お嬢さんに酒を」


 そういうと酒場の親父は「あいよ」と返事をして用意をはじめる。


「まぁ。初対面なのに奢ってもらっちゃっていいのかしら」

「構わんよ。俺に娘がいたら、お嬢ちゃんくらいなのかなと思っただけさ」

「一位闘士なら、女性には困らないでしょう?」


 一位闘士なら莫大な財産があり、名誉もある。女性にとっては憧れの的だ。

 ちょうどその時、酒場の親父が二人に酒の入った瓶と盃を卓に置いていく。


 ヘレクトールは盃に酒を注ぎ、フェリアスに盃を勧めた。


「ありがとう」


 フェリアスは盃を受け取ると口をつける。酒はたちまち身体に染みわたり、心地よい気分になる。


「……正確には妻と娘がいたんだ。娘が生きていればお嬢ちゃんくらいだ」

「ごめんなさい、悪いことを聞いたかしら」

「いや、いいさ。しみったれた酒になるかもしれないが聞いてくれるか?」

「もちろんよ」


 酒を奢られている手前、しみったれた話だろうが嫌とは言えない。


「この街の長が誰か知っているか?」

「確か、アルバッキノス、だったかしら」

「そうだ。その男が俺の妻と子を殺した」

「えっ? そうなの? 何故?」

「本当はこの街の長は俺がなるはずだったんだ。だがそれを妬んだ奴が俺を罠に嵌め、俺を剣闘奴隷にしやがった」

「剣闘奴隷」

「無理やり戦わせられる、余興のための剣闘士のことさ。それが十五年前の事だ。妻と赤ん坊だった娘は馬に引きまわされて殺された。俺は剣闘奴隷の一番底辺から這い上がり、勝ち続けて、賞金で自分を買って奴隷を抜けたってわけだ」


 なんという話だ。フェリアスにはどう言葉をかけるべきかわからなかった。だがアルバッキノスに対してはとてつもない恨みがあるであろうことは察することができた。

 

「今は財産はあるとはいえ、明日も知れぬ身分だ。だがそれもそろそろ潮時だろう。引退を考える歳になってきた」

「もう十分富も名誉も手にされたんでしょう? なら引退しても誰も文句は言わないわ」

「そうだな。だがアルバッキノスは俺を剣闘場で殺したいと思っている」

「ヘレクトールさんが引退されるとまた長の座が脅かされるから?」


 ヘレクトールは無言で頷き、盃をぐい、とあおる。フェリアスも合わせるように盃をあおった。


「引退するための条件ってあるの?」


 盃に酒を注ぎながらヘレクトールは答える。


「『明日からやめます』、と言ってやめられるものではないな。下位の闘士ならばあっさり認められることもあるが、上位の剣闘士の進退は街の長が決めることだ。この戦いに勝てば引退を認める、というような引退試合をすることがあるな」

「試合をせずに、街から逃げたら?」

「剣闘士はこの街に生かされ、殺されるものだ。逃げるのはこの上ない不名誉なことだな。俺も逃げるくらいなら戦って死にたい」


 フェリアスはヘレクトールの剣闘士としての誇りを目の当たりにし、感動を覚えた。戦いからは決して逃げず、自らを(もっ)て最強を示す。


「そう……でもアルバッキノスはヘレクトールさんが負けるまで引退を許さないでしょうね。あ……負けるなんて失礼かしら」


 フェリアスは慌てて手を振るとヘレクトールはやさしく笑う。


「いや、俺ももう歳だ。正直いつ負けてもおかしくはない。先日の四位闘士との戦いはかなり際どかったしな。だから俺も策は用意している。そのための布石もうってある」


 そこでフェリアスはシルバーから聞いた話との繋がりを見た気がした。


「まさか、『決着』で相手に情けをかけるのがその布石なのかしら」


 ヘレクトールは頷く。

 

「どういう策かは話せないが、最後は俺が逆手に取る」


 その晩は二人で店の酒が無くなるまで吞み続け、日の出とともにフェリアスは酒瓶を抱えたまま部屋に帰って行った。


「すごいお嬢ちゃんだな……俺が飲み負けるとは」

「一位闘士が負けるところを初めて見たよ」


 酒場の親父は大笑いし、信じられないという様子で散らばった瓶を片付ける。


「今日の夜に店で出す酒が無くなっちまった……」

「すまんな親父、代金は払う」

「あのお嬢ちゃんは出禁だな。毎日店の酒を空にされたらたまらん」

「そうしろ」


 ヘレクトールは頭痛に辟易した様子で店を後にし、狭い路地を帰る。陽は昇りはじめていたが、まだ路地は薄暗い。

 

「……何者だ」


 ヘレクトールは立ち止まり、その場で声を発する。ヘレクトールの背後には外套を着た男がいた。


「悪いが死んでもらう」


 男はそう言うと剣を抜き放ち、風のようにヘレクトールに迫る。ヘレクトールは腰に帯びた剣すら抜かず、閃光の速度で動き暗殺者の腹に拳を突き刺した。


「ぐぉぉ……」


 暗殺者は剣を落とし、膝をつく。


「すまんが飲み過ぎて頭が痛い。それに今日はもう負けたところだ」


 ヘレクトールにとって暗殺は珍しいことではない。これまでアルバッキノスが放ってきた暗殺者を無数に撃退している。あの酒場も、親父が信頼できる人物だと長年かけてわかったから使い続けているのだ。


 暗殺者は銀色の目で見上げるとヘレクトールに話す。


「何故四位闘士に『ツブシ』をした?」


 ヘレクトールは驚いたのか目を見開いた。


「あの『ツブシ』に気づいた者がいたか。だがあれは俺がやらせたのではない」

「なんだと」

「四位闘士は俺が見逃した闘士だ。そいつを『ツブシ』で殺そうとする意味が無いだろう」

「四位闘士は貴方に迫る実力者だった。自分で手を下すのは嫌だが来年は勝てるかわからないから消そうとしたのだろう?」


 ヘレクトールは息を落とした。確かに来年もう一度四位闘士と戦えばどういう結果になるかわからない。四位闘士側から見れば自分という脅威を自分の手を下さずに始末するために『ツブシ』をしたと思ってもおかしくはなかった。


「お前は四位闘士の手の者ということだな」


 暗殺者は黙る。ヘレクトールは言葉を続ける。


「剣闘場の『決着』には大きく二つの規則がある。一つ目、『決着』は十三位上のものまでにしか挑めない。二つ目、同じ相手への『決着』は一年に一度しかできない、だ。だがこれには例外がある」

「例外?」

「あぁ。順位に空席ができた場合は、補充したうえで『決着』が行える、という規則だ」

「そんな規則が……」


 暗殺者はどうやらその規則を知らなかったらしい。


「空席ができれば『順位の繰り上げ』ではなく『補充』されるのだ。何故なら空席ができただけで順位があがるなら暗殺が横行するからだ」


 ヘレクトールが言うように、空席ができたときの処理が『順位の繰り上げ』なら、自分の一つ上の順位のものを暗殺すれば自分は不戦勝で順位を上げることができる。だから『繰り上げ』ではなく『補充』なのは順当なところだった。


 ヘレクトールは続ける。


「つまりな、俺が四位闘士を殺すと、四位が欠員となるのだから補充される。そうするとその新しい四位は俺と『決着』を行えてしまう。つまり、俺が『決着』をする回数が増えることになる」


 ヘレクトールはそこまでしか話さなかったが、『決着』の回数が単純に増えることは死ぬ危険も増すのだから避けたいということなのだ。暗殺者もそれで理解したようだった。

 

「剣闘場で情けをかけるのはそういう理由か」

「そうだ。観衆はただの情け深い男、と思っているだろうが、単に自分の『決着』を減らすためにすぎん」

「じゃあ四位闘士に『ツブシ』をしかけたのは誰なんだ」

「さぁな。だが四位闘士は今年はもう俺とは『決着』はできない。だが十四位闘士は勝てば俺と『決着』をすることができた。だから十四位闘士を勝たせたかった誰かだろう」


 ヘレクトールは答えを知ってそうな顔をしていたが、暗殺者の頭に手を乗せると一つ提案をした。


「お前に一つ頼みがある。ちょうど十四位闘士の席が空いた。すぐに補充されるはずだ。これを剣闘士管理議会に渡せば十四位闘士になれるだろう。十四位なら俺に『決着』を挑める」


 そう言うとヘレクトールは右耳につけていた耳飾りを地面に落とす。


「その時、無様に逃げ回って命乞いをしろ。断れば今ここで殺す。暗殺者を殺しても決着は増えないからな」


 ヘレクトールの目に殺意。暗殺者は無言で耳飾りを拾い、走って逃げていった。


今回フェリアスは吞んだくれているだけですね・・・


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