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風の唄  作者: 安曇 東成
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一章 一 泣く泣く着替えた花嫁衣装

こんにちは、安曇です。

前作の特別国庫管理部を読んでいただいた方、ありがとうございます。

今作は異世界ファンタジーですがチートやハーレムはありません。

主人公が成長しながら国に帰るお話です。

投稿は一~二週間間隔で、一話あたり四千字程度で。

お付き合い頂けると嬉しいです。


 フレンツ国は大陸の最西端にあった。西側には大海が広がり港を通じた交易や海洋資源で栄えている。女王バルシネは四十七歳、女王の治世は民を広く潤し、名君と名高い。


 そんな国王の跡取り娘フェリアスが十六歳の誕生日を迎えた。娘は大変美しい。肌は雪のように白く、金色の髪は稲穂のようであり、蒼い瞳は海よりも透き通る。

 

 ここフレンツ国は女王制が採用されていた。息子が跡を継ぐ男系ではなく女系である。理由は単純で、男系の場合、王妃に不義があった時、産まれる子供は当然王の血を引いていないことになり、王の血が絶える可能性があるからだ。女系ならばそれはない。血統は何より重要であるため、女系の国は多く存在する。


 夕方の王宮の広間には女王の怒鳴り声が響き、宰相や大臣、近衛達は震え上がる。


「フェリ、お前また剣の稽古に出なかったそうだな!」


 玉座の前に直立不動の少女は悪びれもせず肩をすくめる。


「忘れてたんです」


 女王は顔を赤くし、言葉を続ける。


「太師の授業にも出なかったと聞いとる!」


 少女はさも悲しそうな顔になる。

 

「太師の授業はたいく……じゃない、大変ありがたいのですが、腹の調子が優れず……」

「馬鹿もの! その時間にお前がどこにいたと思う!」


 少女は首を傾げ、「さて……」とつぶやく。


「城の堀で素っ裸で水浴びをしとったと聞いとる!」


 王が怒鳴ると少女は後ろに控える近衛や大臣を振り返る。告げ口したのはどいつだ、と言わんばかりの顔だ。


「妹のアウラダは真面目にやっとるんだぞ」

「なら将来は安泰ですね」

「お前が絹の服を着て飯を食えるのは誰のおかげだと思っとるんだ。お前は民にその分よい国を返す義務がある」


 少女は欠伸を噛み殺す。


「治世は安定して、王がするべきことなどほとんどないではないですか」

「馬鹿もん! 問題は山積みじゃ! 魔物も東のほうから少しづつ増えておるし海にも魔物はおる! この二年で四つも国が滅んでおるのだ!」


 少女は魔物の都合なんて知るか、と心の中で思った。一時でも早くこのお説教から解放されたい。

 女王バルシネはそれを見透かしたかのようにため息を一つ落とし、手を振って「もう下がれ」と言った。


 少女は足取り軽く広間から下がり、夕飯までの時間に何をしようかと思いを巡らせた。


「お姉様」


 フェリアスが廊下を歩いていると背後からアウラダが声を掛けた。アウラダも姉と同じく美少女だ。長い金髪を頭の両側で縛っており、蒼い目。泣き黒子がありフェリアスより二歳年下だが色気を感じる。


「何? アウラダ」


 フェリアスはこの妹が嫌いだった。見た目は互角……かもしれないが、剣の腕も勉強も魔法も妹のほうが優れている。自分が妹に勝てることと言えば泳ぎと酒の飲み比べくらいだ。


「今日の太師の授業は王族の魔法についてでしたの。重要ですのでお姉様も必ず習得なさるようにと」


 フェリアスはため息を落とす。


「魔法は苦手なの。この前も炎の魔法があさっての方向に飛んで、馬を一頭駄目にしちゃったんだもの」

「あれはお姉様だったのですか。火事で馬小屋が燃えたと聞いておりました」

「風の魔法も矢を逸らすはずが周りの騎士達まで吹き飛んだし」

「それもお姉様だったのですか」

「癒しの魔法は髪の毛が伸びちゃうし」

「騎士団長の髪が生えたのもお姉様の仕業だったのですか」


 フェリアスはアウラダの肩に手を置いて言う。


「というわけで、太師の授業にはしばらく出ないから」


 そう言うと再び廊下を歩き自室に戻る。


「あっお姉様……」


 アウラダは呼び止めるがフェリアスは耳を貸さずに去って行った。


 自室に戻ったフェリアスは寝台に寝転がるとつぶやく。


「あれもできない、これもできない……妹に嫉妬しちゃう自分が一番嫌いよ」


 妹は悪くない、それはわかっている。自分が勝手に嫌っているだけだ。だがなんでもこなす妹がどうしても好きになれなかった。できないからやりたくない、だからできないまま、という負の連鎖から抜け出せない。



 その日の夜中、フェリアスは何かの気配を感じて目が覚めた。


「誰かいるの?」


 寝室に入り込むわずかな月明りに照らされ二人の男が目に入る。


「何も……」


 何者か、と言いかけたところで口を塞がれうつ伏せにされて後ろ手に縛られた。口には猿轡(さるぐつわ)を噛まされる。


 フェリアスは足で男を蹴ったが両足も縛られてしまった。何も抵抗できなくなったフェリアスは男に担がれ部屋から連れ出される。部屋の外の不寝番は何故かおらず、裏口から外に連れ出されてしまった。自分は一体どうなってしまうのだろう。荒くれものたちの慰み者にされるのか、身代金でも取るつもりなのか。

 

 護送用らしき馬車に押し込められたフェリアスはもはや強く抵抗することは諦めた。それよりも暴れて怒りを買い、男達に乱暴されるほうが恐ろしい。

 

 やがて馬車は動き出し、夜道を走り続けた。


(嘘よこんなの、何かの間違いだわ)


 やがて太陽が昇り、辺りは白んでくる。フェリアスは身体を起こし、馬車の中から外を見たがどこを走っているかさっぱりわからなかった。走った方角もわからないのだから当然だ。馬車の中は小綺麗にされており、不快はない。だがこれから何をされるのか不安でしょうがなかった。馬車の周囲には馬に乗った兵士達がいた。驚いたことにフレンツ国の紋章を下げているので自国の兵士のようだ。これは謀反なのだろうか。


 やがて朝食を摂るようで、馬車は停まった。馬車に兵士が入ってくるとフェリアスの猿轡(さるぐつわ)を外す。


「ちょっと! あなたうちの兵士でしょう!? 何をしているかわかっているの?」


 やっとしゃべられるようになったフェリアスは兵士に問う。


「食事です」


 兵士はそう言って硬い干し肉と果物を置いていく。

 

「こんなの食べられないわよ! なんとか言いなさい!」


 フェリアスは果物だけ食べると外の兵士達にがなり立てる。すると兵士はまたフェリアスに猿轡(さるぐつわ)を噛ませた。それからというもの、食事をするときは猿轡(さるぐつわ)を外され、用を足す時は両足が自由にされた。用を足すついでに走って逃げることも考えたが、こんなところで逃げても馬に乗った兵士にすぐ追いつかれてしまうし逃げきれたとしてもその後どうすればいいのかもわからない。

 そんな状態で二十日以上も馬車で運ばれた。どうやら男たちはフェリアスを犯したり身代金を取ったりするつもりは無いようで、少しは安心していたが、毎日果物ばかりを食べていたせいか少し痩せてきていた。

 

(お腹すいたな……)


 今日、馬車に入ってきた兵士はいつもと違い、上級の兵士のようで胸に印を下げていた。隊長級のようだ。


「フェリアス様、わたくしは百人長のクラウスと申します」


 そういってクラウスはフェリアスの猿轡(さるぐつわ)を外す。いつもと違うと感じたフェリアスは警戒し、何も言葉を発することができなかった。


「あなたをお連れした理由をお教えします」

「何? やっと教えてくれるの?」

「はい。 あたなは女王陛下の命令で、ヨーグラン国のアライモス王に嫁がれることとなりました」

「アライモス王ですって!? あの太っちょの不細工!」


 ヨーグラン国は東の果ての国で珍しい産出物が多いためそれらを中心とした交易で栄えている。だがその国王は豚のように肥え、禿げ上がりいつも下衆な笑みを浮かべていた。以前フレンツ国に招かれた際もなめまわすような目でフェリアスとアウラダを見ていたのを覚えている。

 

「この度はご婚礼、おめでとうございます。フレンツ国としても国を挙げて祝賀いたします」

「嘘よ! 私は国を継ぐんだから! そう、アウラダ! アウラダが嫁ぎます!」

「女王陛下はアウラダ様に跡をお継がせになるご意向のようでして」

「信じられない!」


 クラウスは豪奢な箱を開けると中から花嫁衣裳を取り出した。


「あと七日程で到着します。後ほどこの衣装にお着替えください」


 フェリアスは手にした美しい花嫁衣装を見て、ちょっと着たいと思ってしまった。だが首を振って否定する。


「嘘よね? 何かの冗談と言ってちょうだい」

「嘘ではございません。 女王陛下はアライモス王に嫁がれればフェリアス殿は自由気ままに暮らせるだろう、との仰せです」


 フェリアスは一瞬王妃となった後の生活を想像してしまった。あの不細工に身体を許すこと以外は悪い条件ではないのかもしれない。ヨーグランは豊かな国だし、アライモス王も見た目はともかく、それなりに有能な人物であることは間違いないのだ。フレンツ国の王であると同時に母親でもある女王バルシネが不出来な自分を案じた上で用意してくれた嫁ぎ先なのかもしれない。


 フェリアスは気が付くと涙を流していた。つい先日まで城の堀で泳いだり、見張り塔に隠れたり、給仕の部屋でつまみ食いをしていたのが嘘のようだ。だがどこかで現実として受け入れている自分もいた。


 泣く泣く花嫁衣装に着替えたフェリアスは息を飲むほど美しく、周囲には光が溢れるかのようだった。兵士たちは皆フェリアスに見惚れた。中にはフェリアスに向かって手を合わせる者もいる。


 さらにそこから三日進み、ヨーグラン国領内に入ったところで陽が落ちた。


 フェリアスには逃亡の意思無しとして、拘束はすでに外されており兵士達と一緒に焚火を囲む。虫の鳴き声と焚火のはじける音が混じる中、フェリアスは果物を齧った。


「ようやくヨーグランに入ったな」

「この辺りはかなり物騒だ。静かに進もう」


 兵士達はそんな会話をしている。ここまでの道中でも何度か魔物との交戦はあったようだが、それほど危険な魔物はいなかったようだ。この分なら問題なく到着するだろう。

 

 やがて眠くなったフェリアスはのそのそと馬車の中に戻る。横になるとすぐに瞼が重くなった。

 

 

本作は異世界現地主人公ということで、作中では英語を使わないようにしています。

メイドも給仕としたり、ウェディングドレスは花嫁衣裳としたり。

そういった悪戦苦闘も見ていただけると嬉しいです。

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