外伝Ⅰ この師匠に、この弟子あり③
更新が遅れてすみませぬ。
そして今さらですが、あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
2日後……。
「師匠……。これが俺が今出せる、最高のコッペパンです!!」
ヴェルダナは皿を差し出した。
そこに焼き上がったばかりのコッペパンが置かれている。
ヴェルダナの身体はボロボロだった。
この2日の厳しい修行に耐え抜いたからだろう。
コック服はボロボロで、何故か肩から先の袖がビリビリに破かれている。
何故か、目は異様に大きくなり、角刈り風だった髪は長く伸び、建物の中なのに揺らいでいた。
気のせいか、やたら輪郭の線が太く見える。
一方、パンを差し出されたパフィミアは「うむ」と偉そうに頷いた。
厨房の中で、まるで仙人のように座していた紅狼族の少女は、パンの匂いを嗅ぎ、千切って柔らかさと断面を確認した後、最後に口の中に入れた。
直後、パフィミアは俯く。
偉そうに腕を組んだ後――。
「良かろう……」
1つ頷いた。
「ヴェルダナ、お前に教えることはもうない」
「し、師匠! それは本当ですか?」
「ボク――――じゃなかった、師匠が嘘を付いたことあったか?」
「ありません! じゃあ、本当に……」
「うむ。よく頑張ったね――――じゃない! よく頑張ったな、ヴェルダナ!!」
「師匠!」
「ヴェルダナ!!」
互いに涙を浮かべる。
ついに2人はひしと抱き合った。
2人の間からは、何か強い師弟愛を感じる。
その向こう側から、熱く、真っ赤な夕日が見えるようだ。
「でも、お世辞抜きで本当にうまくなったよ、ヴェルダナさん」
「そ、そうか。そう真っ直ぐにいわれると、なんか自信が出るな~」
「うん。でも――――」
1番成長したのは、シャロンだけどね。
2人から少し離れた厨房で、料理するシャロンに目を向ける。
小さな聖女は足踏み台を使って、パンを作っていた。
それも単なるパンではない。
飾りパンだ。
風車に、教会。
チョコレート生地の川には、橋までかかっている。
それはもはや小さなノイヴィルだった。
それだけではない。
その周りにはバターロール、メロンパン、食パンやベーグル、バゲット、クロワッサンなど、多種多様なパンが並んでいた。
どれも丁寧に焼き上がっており、香ばしい匂いを立てている。
その物量は凄まじく、ヴェルダナがようやく作り上げたコッペパンの匂いを、完全に吹き消していた。
「しゃ、シャロン……。何をやってるの?」
シャロンは真剣そのものだ。
作業に集中しすぎて、パフィミアの声にも反応しない。
どうやら、今パンとパンをくっつけている最中のようだ。
溶けた蝋を、パンとパンの間に落としている。
まるで溶接の作業を見ているようだった。
「よし。できた。ふう……。大変でした」
シャロンは汗を拭うと、満面の笑みを浮かべた。
その笑顔に対して、パフィミアもヴェルダナも引きつった笑みを浮かべざるえない。
シャロンの成長速度は凄まじい。
1度目で完全にパフィミアのコッペパンの味を盗むと、1人で勝手に色々作り始めてしまった。
それも全部がうまい。
プロ級というか、このままお店を出せば間違いなく成功するだろう、という味だった。
ところが、本人は全くその気はないらしい。
当然だ。
シャロンのすべきことは、明確に決まっている。
選定した勇者を、預言の力によって導くことである。
けれど、趣味だけにしておくには、あまりにもったいない技量だった。
「師匠……。俺、自信なくしそうです。アレを見てると」
「だ、大丈夫だよ、ヴェルダナさん。ほ、ほら! ヴェルダナさんの才能は、元気があるところだから」
「それは師匠でしょ! ……まあ、とにかくやってみるよ。ありがとな、パフィミアの嬢ちゃん、聖女様」
「頑張って、ヴェルダナ!」
「応援してますね!」
そしてニューヴェルダナ、ニュー『俺たちのパン屋』が始まるのだった。
◆◇◆◇◆
次の日。
久しぶりにクエストをクリアし、ギルドから宿へと帰る道すがら、パフィミアとシャロンは、あの公園を訪れる。
また例のあいどるたちが、公園内にある舞台の上で踊りと歌を披露していた。
「すごいね。あの人たち、もしかしてボクたちがパンの修行している間も、舞台で踊ったり、歌ったりしていたのかな」
「ある程度、お休みされているとは思いますが、それでもすごいハードワークなんですね、あいどるって」
1度王宮で会った事があるシャロンも感心する。
相変わらずその周りにはたくさんの観客がいた。
黄色い声援が飛び交っている。
ほとんどが女の人だ。
「心なしか、増えてない?」
「そうですね」
「凄い人気だなあ。ヴェルダナさんの店も、昔はあれぐらい人気だったのにね~」
「あら?」
シャロンは何かに気付く。
観客の後ろで腕を組み、あいどるたちの踊りを眺めている人間に目がいった。
見覚えがあると思ったが、なんとミステルタムだ。
「ミステルタム様?」
シャロンの声に気付くと、ミステルタムが近づいてきた。
「これはシャロン様、ご機嫌麗しゅう」
いつも通り、手の甲にキスをする。
「珍しいところで会いましたね。ミステルタム様は、あいどるにご関心が?」
「もしかして、あいどるになりたいとか? ミステルタムさんなら、慣れるんじゃない? 体力もあるし。カッコいいし」
パフィミアは断言する。
横でシャロンはたしなめたが、ミステルタムは気にしなかった。
「入りたいわけではない。まあ、感心は大いにあるがな」
「へぇ~。ところでいいの、ミステルタムさん。こんなところにいて」
「何がだ、勇者?」
「今日から『男たちのパン屋』、再開するんでしょ。ヴェルダナさん、確実にパンの腕を上げてるよ。もしかしたら、今頃店はてんてこ舞いになってるかも」
「さて、それはどうかな?」
「え? それはどういう意味ですか?」
「世の中、質だけとは限らないということですよ、聖女様」
何か意味深な言葉を呟く。
そしてまたあいどるの方に向き直り、舞台を眺め始めた。
ミステルタムと別れ、気になったパフィミアとシャロンは、『男たちのパン屋』を覗くことにした。
店は宿へと帰る道すがらにある。
すでに太陽は山の稜線に没しようとしていて、空は茜色に染まろうとしていた。
薄暗い路地に面する窓から、魔法光の輝きが漏れ出ている。
さぞかし客がいっぱいだろうと思っていたが、その逆だ。
『男たちのパン屋』の周りは、閑散としていた。
「き、きっと売り切れてしまったんだよ」
パフィミアは恐る恐る近づく。
しかし、ショーケースの中は、パンで埋まっていた。
再起をかけて、ヴェルダナも随分張り切っていたのだろう。
いつもより多めに作ったのだが、完全に大爆死していた。
「は――――っ!」
突然、パフィミアは息を呑む。
ショーケースの向こうに首を伸ばすと、椅子に座ったまま灰色に燃え尽きているヴェルダナの姿があった。
「燃えたよ……。まっ白に……燃え尽きた……。俺はなったんだ……。まっ白な灰にな」
「う゛ぇ、ヴェルダナさーーーーーーーーん!! た、立って! 立つんだ、ヴェルダナさーーーーーーーーん!!」
ショーケースをバンバン叩きながら、パフィミアは鼓舞する。
それでも反応がなく、ついにショーケースを乗り越えてヴェルダナに駆け寄った。
「へへ……。その声は、パフィミアの嬢ちゃんかい?」
「ど、どうしたの、ヴェルダナさん?」
「ははは……。見てのとおりさ。燃え尽きたのさ……。まっ白に……。すまねぇ、嬢ちゃん……。折角鍛えてもらったのによ」
「ううん……。そんなこと――――。ヴェルダナさん、元気出して! もう1度、あの元気なヴェルダナさんに戻ってよ」
パフィミアは涙ながらに訴える。
すでに謎の感動とともに、シャロンは指を組んで泣いていた。
「ははは……。そんな顔をするな、パフィミアの嬢ちゃん。……嬢ちゃんの長所は元気なんだろ」
「うん。元気出すから! ヴェルダナさんも――――」
「俺はもうダメだ……。完全に自信をなくした」
「そんな! まだ初日じゃないですか! 諦めたらそこで終わりですよ」
シャロンもショーケースの中に入り、その手を握る。
「そうだよ! 諦めるなよぉぉぉおぉおおおお!!」
ヴェルダナぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!
パフィミアは叫ぶ。
同時にシュンと山の稜線に太陽が隠れた。
空は紺青色へと変わり、星が1つまた1つと瞬き始める。
2人の女の子の泣き声が聞こえる中、のんびりとした声が聞こえた。
「あの~~」
顔を上げると、ショーケースの前に女の人が立っていた。
中のパンを見つめている。
「パン5つ、もらえますか?」
…………。
沈黙が夜の帳とともに落ちる。
パフィミアとシャロンは固まった。
燃え尽きたといったヴェルダナもまた、耳をピクピクと動かす。
しかも、客は1人ではない。
その女性客を皮切り、1人また1人と現れる。
「コッペパン7つ下さい」
「私は10個」
「えっと……。食パンってカットしてもらえます?」
「あの1個ずつ領収書ってもらえますか?」
次々と客が現れる。
辺りは真っ暗で、もう閉店間際だというのに、いきなり大勢の客が現れたのだ。
「奇跡です」
そう呟いたのは、聖女シャロンだった。
指を組んだ姿勢のまま、集まったお客さんを見て、泣いている。
「ヴェルダナさん! 起きて! お客さんだよ! 相手しなきゃ!!」
「お、お、お、お…………」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!
謎の奇声とともにヴェルダナは立ち上がった。
死の淵から生還した復讐者のように瞳を光らせる。
しゅるるるる、と息を吐き出し、ついにヴェルダナが復活したのだ。
その姿を見て、パフィミアは「やった」と飛び上がる。
そして、ヴェルダナが作ったパンは文字通りに飛ぶように売れた。
何故か複数買いする人が続出する。
同じように領収書を求める人も現れた。
ついにはヴェルダナですら手が回らなくなり、パフィミアも手伝いに入る。
読み書きできるシャロンが、要求される領収書をサラサラと書いていった。
1日で全く売れなかったパンが、ものの40分ほどで完売してしまう。
「い、一体何が起こったんだ?」
ヴェルダナは息を整えながら椅子に座る。
同じくパフィミアも、シャロンもぐったりとして疲弊していた。
「なんで、みなさん。こぞって領収書を欲しがるのでしょうか?」
「良かったじゃない。きっとみんなヴェルダナさんのパンの良さに気付いたんだよ」
パフィミアは店の床に寝っ転がりながら、息を整える。
その顔は充実していた。
「すみませーん。あの~~」
ヴェルダナが顔を上げると、数人の若い女性グループがショーケースの前に立っていた。
「パンってまだ残ってますか?」
「すみません。今日は完売しちゃいました」
「ウッソ! マジぃ?」
「これじゃあ、握手券もらえないよ」
「折角、ここの領収書1枚につき、5秒間握手してもらえるって聞いたのに」
え゛っ?
思わず3人から変な声が出てしまった。
ヴェルダナは再び固まる。
それでも質問せずにはいられない。
「あ、握手券?」
「今、公園であいどるが来てるのぉ」
「そこにいたケッコー感じのいい人からぁ」
「ここのパンを買ってくれた人に、アイドルの握手券もらえるって、聞いたんよ」
「もう! 情報を聞いて、めっちゃ走ったのにぃ」
客は無茶苦茶憤慨するが、ヴェルダナにとっては寝耳に水だ。
パンが売れたことは嬉しいが、聞く限りどうやらパンと言うよりは、握手券が目当てだったらしい。
「あ、あの~」
それでも諦めきれないヴェルダナは、店の側でパンを食べていた女性のグループ客を見つけて、感想を尋ねる。
「その……。パンの味はどうでしたか?」
「パンの味? 普通じゃない?」
「普通だよね」
「うちら、元々握手券目当てだしぃ」
ズガガガガビィイィイィイィイイイィイイイイイインンンン!!
瞬間ヴェルダナはセルフ落雷を受ける。
やがて、その場に蹲った。
ショックを隠せない。
今までに起こったことは何だったのか、と……。
そんなヴェルダナに手を差し伸べる者がいた。
ふと顔を上げると、ヴェルダナの相棒の顔があった。
「ミスタ……」
「ヴェル、明日もお前のパンを作ってくれないか?」
「ミスタ、お前……」
「これじゃあ足りないのだ」
「え?」
「握手券をもっとばらまく。私の想定では、あと400枚は硬い。客を扇動し対立を煽れば、500枚以上はいく! だから、明日はパンを500いや、600は焼いてくれ」
「ミスタ、お前! お前が仕込んだのか」
「ああ……。私は経営というものを学んだ。この本でな」
懐に忍ばせていた『もし勇者パーティーの荷物持ちが、ドラッキーの『経営学』を読んだら~蝙蝠男が教える必勝戦術~』という本を掲げ、神の如く崇める。
なんとなくだが、パンと握手券を抱き合わせるなんてことは書いて為さそうな気がするが、後に握手券商法と呼ばれる商法は、この時ミステルタムが初めて運用したものだった。
「さあ、頑張るぞ。明日の仕込みを今からするのだ」
ミステルタムは、相棒の首根っこを捕まえると、そのまま引きずっていく。
「ちょ! ちょ! ミスタ、待て! 俺は! 俺は――――」
パタン……。
そして『俺たちのパン屋』の扉が閉まる。
同時にヴェルダナの悲鳴じみた声も、聞こえなくなってしまった。
パフィミアとシャロンは、ただ見守ることしかできない。
「行こっか……」
「そ、そうですね」
全く付いていけない状況に、2人はついに考えることを辞めた。
後に『俺たちの伝説』として語り継がれることになる、『俺たちのパン屋』伝説は、ここから始まるのであった。
3話目遅れてすみません。
年末年始は死にそうになりながら、原稿とAmong usをやっておりました。
さて、それはともかくとして、ついに書影が出ました!
活動報告の方に貼らせていただいたので、
気になる方はご確認下さい。
シャロンとパフィミアが超かわいいです。
それに挟まれているカプアの表情も最高なので是非w
書籍は2月10日発売です。
なかなか書店へ赴くのは、難しいとは思いますが、
書籍をいっぱい買ってもらえると、偉い人が続刊許可を出してくれるって、
お婆ちゃんが枕元で呟いていたので、よろしくお願いします。