外伝Ⅰ この師匠に、この弟子あり①
ご無沙汰しております!
外伝3発目がようやくできあがったので、投稿しました。
楽しんでいただければ嬉しいです。
「キャアアアアアアア! ジュンナくーーーーーん!!」
一瞬悲鳴かと思い身構えたのは、パフィミアだった。
場所はノイヴィルの中にある総合公園である。
お弁当を広げられるような芝生と、多少の遊具。
さらに池には、小舟を浮かべて恋人たちが愛を語らっていた。
その声が聞こえたのは、総合公園に設置された舞台近くだ。
時々、サーカスや歌などの催し物がやっており、今舞台の上では5人のイケ面男性が踊りながら、歌っていた。
周囲にはファンと思われる女性が群がり、先ほどの声も悲鳴ではなく、熱狂的な声援だったようである。
「ほえ~。盛り上がってるねぇ」
山育ちのパフィミアは呆気に取られる。
側には『預言の聖女』シャロンもいて、両手に大きなバスケット型の弁当箱を抱えていた。
その上に、大きく育った2つの果実が乗っかっている。
この時間ならいつもならクエストに行ってるのだが、今日は休日にした。
久々のシャロンとともに公園でお弁当を食べ、過ごした帰りであった。
「あれは、アイドルの方々ですね」
「あいどる?」
山育ちのパフィミアがキョトンと目を瞬かせる。
「はい。基本的に歌って踊る芸事をなされているのですが、他にも舞台演劇だったり、身体を張った大道芸だったり、様々な芸事に挑戦することを稼業になさっている方たちです」
「へ~。シャロン、よく知ってるね。もしかして、そのあいどるが好きなの?」
「い、いえ。そうじゃありません。王宮にも来られたことがあって、何度もお見かけしただけです」
「その時も歌と踊りを?」
「はい。あと、1日王様をやってました」
「1日王様!? 王様になれるの?? す、すごいなあ、あいどる」
パフィミアは目を輝かせる。
「でも、歌いながら踊るって結構大変だよね。きっともの凄く鍛えているんだろうなあ。ボクも負けないように頑張らないと!!」
パフィミアはその場でシャドーをする
その鋭い拳を見ながら、シャロンは微笑んだ。
「その意気です、パフィミア様。でも、今日は休日ですから。今日はゆっくり身体を休めて下さい」
「だね!」
2人はその場を後にする。
公園を出て、泊まっている安宿へと向かった。
「ししょー、どうしてるかなぁ……」
パフィミアは空を見上げる。
その様子を見ながら、シャロンは笑った。
「ついて行けなくて残念でしたね」
「うーん。まあ、仕方ないよ」
現在、カプソディアはカンタベリア王国の王都へと向かっている最中だ。
もっとも向かっているというよりは、飛ばされたという方が正しい。
目的は、マリアジェラの誘拐事件を解決したによる褒賞を受けるためだ。
エリーテ曰く、間違いなく爵位を授与される、とのことだった。
まあ、その後何故か彼女は「その方が面白いし」と付け加えたことは、非常に謎めいてはいたが……。
「ししょー、すごいね! どんどん偉くなっていくよ」
「カプア様の力からして、当然といえば当然と言えるかもしれません」
「ボクもししょーみたいに、みんなに頼られるようにならないと」
「そうですね。そうすれば、いつかパフィミア様に『師匠』と師事される方が現れるかもしれませんね」
「ぼ、ボクが師匠か……。なんか想像が付かないなあ」
はあ……。
唐突にため息が聞こえて、2人は振り返った。
ノイヴィルの大通りから少し外れた通り。
いつもパフィミアたちが安宿の方へ向かう時に使う道なのだが、そこに1軒のパン屋があった。
看板には『男たちのパン屋』と、まるでドカ盛りのパンでも出てくるのではないかと想起させるほど、武骨な文字と名前が書かれていた。
その下で息を吐いていたのは、ヴェルダナだ。
小さなカウンターに寄りかかるように、困った顔を浮かべている。
「ヴェルダナさん、どうしたの?」
パフィミアとシャロンが店に寄って、尋ねた。
「よぉ……。パフィミアの嬢ちゃん、それとシャロン様。どうしたもこうしたもねぇよ。見ろよ、この惨状を……」
手を広げる。
一目見た時からわかっていたのだが、『男たちのパン屋』には全く客がいなかった。
まさに閑古鳥が鳴く有様である。
「あれ? でも、確かオープン当初って、すっごくお客さん入ってたよね」
オープン当初の人気は本当に凄まじいものだった。
銀級冒険者が焼き、そして売るパンである。
その物珍しさはノイヴィルを超えて、他の街まで伝わるほどであった。
連日のように客が押し掛け、ヴェルダナが作っても作っても、追いつかないほどだったという。
特に接客をしていたミステルタムの人気が凄まじかった。
愛想笑い1つしないのに、逆にその塩対応がご婦人方に火を付けたようである。
なんとかミステルタムに笑ってもらおうと、パンを爆買いする女性客まで現れる始末だった。
「なのに、どうして?」
「パンにも賞味期限があるように、イケ面にも賞味期限があるんだよ。今、公園でアイドルが来てるだろ?」
「あ。さっき見てきたよ」
「そこにぜ~~んぶ、うちの客が取られちまったらしい。今はあっちのアイドルに夢中なんだってよ」
「それは困りましたね」
シャロンは気の毒そうに目を細める。
「そう言えば、ミステルタム様のお姿が見えないのですが?」
「今は店の奥で引っ込んでるよ。なんか難しい本を読んでる」
「難しい本?」
「『もし勇者パーティーの荷物持ちが、ドラッキーの『経営学』を読んだら~蝙蝠男が教える必勝戦術~』って長いタイトルを読んでるよ」
「き、聞いただけで難しそうだね」
脳筋パフィミアの容量では収めることができなかったらしく、頭を抱えた。
「でも、パン屋って問題は味じゃないの?」
「なんだよ、パフィミア。俺が作るパンの味にケチをつけるのか?」
珍しくヴェルダナは声を荒らげた。
白いコック服の袖をまくり、パフィミアを睨んだ。
「そう言えば、ボクたちここのパンって食べたことなかったね」
「な! よっし! 今、パンを出してやる。うまいか、うまくないかは、自分の舌で決めろ! お代はいいからよ」
「ええ。悪いよ」
「そうです。ただでさえ、お客さんがいらっしゃらないのに」
「いいって! いいって! まずはオーソドックスに、コッペパンだ!!」
ヴェルダナはコッペパンを持ってくる。
1度窯の中で温めるという念の入れようだ。
おかげで焼きたてほどではないが、いい匂いが漂ってきた。
「じゃあ、一口……」
「いただきます」
2人はヴェルダナが作ったコッペパンを口に入れる。
数度、咀嚼した後、2人は目を輝かせた。
「あ。おいしい!」
「ええ……。おいしいですね」
「だろ? だろ?」
ヴェルダナは満足そうに腕を組む。
鼻高々とばかりに、顔を天井に向けた。
「でも……」
「ええ……。そうですね」
「ん? どうした? なんか変なもんでも入っていたのか?」
ヴェルダナが尋ねると、パフィミアとシャロンは首を振った。
「いえ。そういうわけではなくて、その…………」
「なんて言ったらいいかな……」
「なんだよ! はっきり言えよ! 気になるだろ!」
ヴェルダナはとうとう大きな声を上げる。
ちょっと困った顔を浮かべてから、パフィミアとシャロンは声を揃えた。
「パフィミア様が作る方がおいしいと申しましょうか」
「うん。ボクのパンの方がおいいしい」
2人とも断言した。
「んな!」
ヴェルダナは奇妙な声を上げて固まる。
その横でパフィミアはもう1度、パンを囓り、よく噛みしめた。
「うーん。ちょっとこね足りないかなあ。食感がネチっとしてるし。あと断面のキメが荒い。最終発酵の時間が足りないんじゃないかな……。総じてちょっと時間をかければ、もうちょっと美味しくなるのに」
「ぱ、ぱ、ぱ、パフィミアぁぁぁぁぁぁあああああ!!」
ヴェルダナは叫んだ。
こめかみに青筋を浮かべて、ビシッと指を差す。
「そこまで言うなら、お前のパ――――――」
3時間後……。
「参りました!!」
パフィミアに向かって、道ばたで土下座するヴェルダナの姿があった。
手に持っていたのは、パフィミアが作ったコッペパンだ。
それを改めて咀嚼しながら、ヴェルダナは涙を流す。
「うめぇ……。なんてうめぇパンだ! 外はカリッとしてるのに、中はふんわり。食べた時の歯触りもたまらねぇ。甘く上品で、味もいい。単なるコッペパンなのに、なんでここまで美味しいんだよ」
自分とパフィミアが作ったコッペパンに愕然とする。
遠くの方で、教会の鐘が鳴った。
まるでそれは勝者を告げる鐘であった。
「パフィミア! いや、師匠!! 俺に、俺にパンの神髄を教えてくれ」
「ぼ、ボクが師匠……??」
「はい! 俺の師匠になってください!!」
師匠……。師匠……。師匠……。師匠……。師匠……。
それはパフィミアの中で、甘美に鳴り響く。
最初は戸惑っていた紅狼族の娘だが、ピンと尻尾と耳を立てた。
そしてニヤリとヴェルダナを見下すように笑う。
「仕方ないなあ、ヴェルダナ。ボクの修行はきついよ。ついてこれる?」
「はい! どんな辛い修行もついていきます、師匠」
「にひ! 師匠って結構いい響き! 病みつきになりそう」
「師匠、何か言いましたか?」
ヴェルダナが首を傾げる。
パフィミアは咳払いをして、気を取り直した。
「よーし! じゃあ、ヴェルダナ! 早速明日から特訓開始だ!!」
「はい! 師匠!!」
パフィミアの声に、ヴェルダナは「おお!」と拳を突き上げる。
その様子を端から見ていたシャロンは、苦笑いを浮かべた。
「えっと……。どうなってしまうのでしょうか?」
どうやら、弟子は師匠になりたかったようです……(続く)
今回はパフィミアが暴走ですw
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