外伝Ⅸ カプアと幽霊船④
「あれ? あの徹夜4日目の濃い隈……」
「昇進できなくて、万年平社員としてこき使われてそうな顔」
「カプ……カプ……、カプなんだっけ?」
「おーい! カプソディア様?」
かつての部下たちはニコニコ顔でこっちに手を振る。
ばばばば馬鹿ぁああああああ!!
手を振るな。あと、ドサクサに紛れて悪口をいうんじゃねぇ。
仮にも俺は上司だぞ。せめてそういうのは給湯室の中とかで言えよ!
「こいつら魔族だよね。なんでこっちに手を振って」
「カプア子爵博士って……。聖者様? お知り合いなのですか?」
ほら! もう早速疑われてるじゃねぇか。
今までうまーく誤魔化してきたのに、なんでよりにもよってこの訳わからん状態で、魔族バレがやってくるんだよ。
俺、今から和平とか結ぼうとしてるのよ。
状況というものがあるだろうが……。
もうちょっと大々的に「そう。俺が魔族だ」みたいな感じで、決めたいんだよ。
なのに、普通に同僚がいてバレそうになるって、どういう状況……!
いかん。こんなところで今、俺の正体をバラすわけにはいかない。
俺が魔族だってバレて、「人類と魔族の和平を……」なんて言いだしても、なんの説得力もなくなる。
こういう時に辻褄合わせの達人であるエリーテがいれば便利なんだが、今回の旅に限ってはお留守番だ。領主がいなくなったら、あのハチャメチャなことになってる(主に遊園地が)ノイヴィルの経営を回せなくなるからな。
ここは俺がやるしかない!
「よ、よぉ! お前ら!!」
俺は気さくに声をかける。
自ら同僚の方に歩み寄り、肩に手を回したり、握手したりする。
「久しぶりだな、お前ら」
「え? ししょー、知り合いなの?」
「聖者様。しかし、その方々はどう見ても魔族では?」
「違う違う。違うぞ、自称弟子ども。こいつは俺のかつての友達だ」
「「「「「「はっ? 友達???」」」」」」
傍観していたリト、ラト、エスを含めて、その場にいる全員が声を揃える。
俺は隣にいるゾンビ族の肩を叩きながら、説明を続けた。
「失礼だな。こいつは俺のマブのダチだぜ。名前はタゴサクって言ってな」
「は? カプソディア様、わいの名前はマーゴットっていうナウでヤングな……」
「てめぇはちょっと黙ってろ。今、俺たちは生か死の間に立ってるんだ」
「は……、はい」
一睨みすると、マーゴット改めタゴサクは元々青い顔をさらに青ざめて、下を向いた。
「ですが、その方はどう見ても死んで……」
シャロンは賢いな。勘のいいガキは嫌いだけどな。
「そうだ。こいつは死んでいる。だが、俺の友達で間違いない」
「どういうこと、ししょー?」
「どうやら俺たちは死者の国にやってきたらしい」
「「ええ! 死者の国!?」」
いい反応だ。さすがちょろ弟子である。
「おそらくだが、死者の国に入る前の船の中に迷い込んだようだ。所謂、幽霊船って奴だな」
「幽霊船? でも、なんで僕たち……」
「パフィミア、忘れたのか? 俺たちの船は速攻転覆して、俺たちは海に投げ出されただろう。そこで俺たちは1度死んだんだ」
「死んだ? そんな! どうしよう、シャロン? 僕、死んじゃったの?」
「落ち着いてください、勇者様」
「そうだ落ち着け、パフィミア。俺たちが幽霊船に乗ってる時点で気づいたってことは、まだ復活の芽はある。ズバリ言うと、幽霊船から脱出すればいいんだ」
「なるほど。わかったよ、ししょー」
「さすが博識ですわ、聖者様」
ちょっっっっっれ~~~~!
相変わらず純真無垢な勇者と聖女様だぜ。
だが、全部嘘というわけじゃない。
ここが魔族が乗った幽霊船ってことは間違いなさそうだしな。
「相変わらずの口八丁ですね」
「そんなに人を騙して楽しいですか?」
「勇者と聖女が気の毒になってきましたよ」
リト、ラト、エスは揃って半目で俺を睨む。
「うるせぇ。……なんだ? お前らはここであの聖女様に成仏されたかったのか?」
「と、とんでもない」
「まだまだ遊び足らないですからね」
「折角の社員旅行なのに」
そう。俺がもっとも聞きたかったのは、社員旅行だよ。
どういうこと? 魔族が大変な時期にあるってのに、お前らは呑気に旅行って。
魔王様の許可とったの? 無断でやってたら、あの人のことだから魔王軍から抜けた俺にまで責任をなすりつけて、踏んづけられるぞ。
「言い訳次第ではお前ら強制的に魔王城に送り返してやるからな」
一先ず自称弟子どものことは放っておいて、リトたちに事情を尋ねる。
「落ち着いてください、カプソディア様」
「むしろ逆なんですよ。戦争前夜だってのはわかりますけど」
「今から英気を養っておけと、魔王様から暇を出されまして」
聞けば、数日間だけ業務を停止して、休みをもらったらしい。
俺が主に務めていた蘇生業務は激務だ。
はっきり言って、まともに休みを取れたことがない。
最近、リモートだのなんだので、かなり職場環境も改善されたようだが、まだまだらしい。
「そこで思い切って、社員旅行を企画しまして」
「魔王様に提案したら、あっさり通りました」
「その代わり、土産話を持ってくるようにと言われましたけどね」
なんて風通しのいい職場!
なに? 俺が辞めてからそんなことになってるの?
なんかこれじゃあ、俺がブラックな職場環境を作っていたみたいじゃないか。
「それも逆ですよ。カプソディア様が社員旅行の重要性を魔王様に訴えていたからこそ、今回の提案が通ったんですよ」
リト(あれ? エスだっけ?)が励ましてくれる。
そんな提案したっけ?
そういえば、徹夜5日目でやけくそになって書いたドリームノートにそんなことを書いたような覚えがある。どこにいったのかと思ったけど、まさか提案書として魔王様に送られていたなんて。
「つーか、本人がいない時に社員旅行するなよ」
「魔王軍をやめたカプソディア様が悪いんですよ」
「あともうちょっと頑張ってれば……」
「人員も増えて、今の職場環境めちゃくちゃ楽ですよ。昔と比べて」
追い打ちをかけるな。俺、一応上司だぞ。元だけど……。
「しかし、まあ社員旅行は百歩譲っていいとして、よくこんな襤褸船が魔王軍にあったな」
「大昔に残ってた船をとりあえず動けるようにして」
「難破船ってことにすれば、海の一族を刺激することもありませんから」
「それならいっそ幽霊船ってことにしたんですよ」
幽霊船ねぇ……。
まあ、確かによくできてるわ。
これがお化け屋敷なら、エンターテイナーのエリーテPなら飛びついたことだろう。
「まあ、いいや。お楽しみのところ悪いんだけどさ、リト。適当に俺たちを近くの陸地に下ろしてくれないか? 海の一族を刺激しないとはいえ、動かすことぐらいならできるんだろ」
「まあ、それは構わないのですが、1つ問題がありまして。……あ、私はラトです」
問題? おいおい。なんかすっごく嫌な予感がするぞ。
「幽霊船って感じに作ったのはいいんですが、作った魔族が結構凝っちゃって」
「凝っちゃって?」
「なんか降りられないんですよね、船から」
「それって…………」
ガチもんの幽霊船を作ってどうするんだよ!!