外伝Ⅰ 家政婦は四天王の正体を知っている(後編)
書籍化に伴い、タイトルを『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる』変更いたしました.
あの例の文言については、変わりはありませんので、
引き続き「ククク」を楽しんでいただければ幸いです!
「すみません。近所のガキがなんか迷い込んできちゃって」
1度、離席したカプアさんが戻ってきました。
愛想笑いはどこか不気味です。
ここが魔王軍の諜報活動拠点だと確信して、より醜悪に私には映りました。
それにあの子どももただの子どもではないでしょう。
おそらく連絡を伝えるための使い魔に違いありません。
さて、問題はここが魔族の活動拠点だとして、どうするかです。
面接を打ち切るのは簡単です。
気分が悪くなったといって、席を離れればいいのですから。
しかし、問題はあります。
あのメイドです。
私の家政婦としての勘が言っています。
エリーテと名乗るあのメイドには注意した方がいい。
おそらく、すでに何か気付きかけているような気がするのです。
私が屋敷を出た瞬間、背中から一突きなんてこともあり得るでしょう。
つまり、私がやることは1つ。
目の前の2人に何の疑念も持たせず、この場を離れる。
勿論採用も断りましょう。
後は、王都に帰って、このことを王宮に報告すればいい。
あわよくば、褒賞を戴くことも夢ではありません。
もしかして、王宮の侍女として雇ってもらうことも……。
そして国の王子様と禁断の恋に至り――――ああもおおおおお私ったら、年甲斐もなく何を考えているのかしらぁぁあぁあああぁぁぁあ!
「あ、あの……マルガリータさん、どうしました? 急に叫び出して」
私は我に返ります。
そこにいたのは、面長のカッコいい王子様ではなく、冴えない根暗な男が座っていました。
急に現実に戻った気がします。
「す、すみません。き、緊張しちゃって」
「そうですか。まあ、そんなに緊張しなくてもいいですよ。うちは割とゆる~くアットホームな感じでやっているので」
「そ、そうですか……」
私は苦笑で返すのが精一杯でした。
「えっと……。面接を続けますね。以前はショーバレーヒナー家に勤めていたんですね。えっと……アタナージウス・ハルドラ・ショーバレーヒナ…………? ん?」
カプアは突然、首を捻りました。
ま、まさか昔のことを思い出したとか?
いや、落ち着きなさい私。
確かにこの目の前の男には印象深い名前かもしれない。。
だけど、私には関係ないはずです。
そもそも私は直接的な目撃者ではありません。
ただ目の前の男を、魔王だと人づてで知っているだけなのです。
だいたいその情報だって、耄碌した隠居老人から聞いたのであって、確証はありません。
私に害が及ぶことは、絶対にないはずです!
「あ、あの? どうしました?」
「いえ。この名前……」
「名前がどうしました?」
「いえね。長い名前だなあって……」
ずこっっっっっっっっ!!
思わず私は席からひっくり返った。
そこまで引っ張っておいて、その発言とは。
この魔族、私をおちょくっているのでしょうか?
「その名前、聞いたことがあります。人類軍の有名な大将軍の名前ですよ。ただ晩年最後の戦いで、10万の兵を失い、その責任を取る形で依願退職したと聞いております」
「へぇ……。10万の兵か………………あっ」
「どうしました、カプア様? 何か心当たりが?」
「ば、ばばばばば馬鹿!! そんなわけないだろ? 何を言ってるんだよ、エリーテ」
「この戦い。実は目撃者がほとんどいないそうです。何せ10万人の兵が、一瞬で殺されたそうで。残ったのは、その大将軍だけとか」
「へ、へぇ~~。魔族にもす、凄いヤツがいるんだな」
め、めっちゃ動揺してるぅぅぅううううう!!
青い顔はそのままだけど、さっきから脂汗がダラダラ垂らしてるし、書類を持つ手が震えてるし、何なら今にも白目を剥きそうになってるし。
やはり私の推測に狂いはなかったようです。
このカプアという人、魔王で間違いないでしょう。
あのクソ――じゃなかったアタナージウス様が言ったことは、決して妄言ではなかったのです。
今すぐアタナージウス様のところへ行って、クソ妄想ジジイと影でぼやいていた事を土下座して謝りたいところですが、今は自分の身が最優先です。
ですが、困りました。
どうやらこの冴えない魔王様は、10万の兵を一瞬で殺せる能力を持っているようです。
それでも何としてでも、王都に戻り、現状を王に報告しなければ……。
「ちょ! 何ですか、このドア。壊れてるではありませんか?」
どこか気品ありげな声が、唐突に響きました。
振り返ると、立派なツインロールを揺らした少女が入ってきます。
遠目から見ても目立つほど豪奢なドレスよりも、私はその少女の顔を見て、悲鳴を上げそうになるのをグッと堪えました。
ま、ま、マリアジェラ王女ぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!
間違いありません。
マリアジェラ様は敬虔なアグリヤ教徒として有名で、慈善活動にも力を入れ、それ故に国民の中でも人気が高いお姫様です。
何せ国民が選ぶ次になってほしい王様、女王ランキングで、ぶっちぎりで1位になるほど有名なお方。
王宮内では良からぬ噂があるようですが、おそらくそれは他の王族の方々が、嫉妬して悪文を流しているのでしょう。
そのマリアジェラ様が、何故ここに?
本当に本物?
「はっ!?」
そこで私はあることに気付きます。
マリアジェラ様に向けていた視線を前に向けました。
よく見ると、このエリーテというメイドは、マリアジェラ様の側付きのものです。
マリアジェラ様に隠れていますが、このメイドも密かに人気者。
慈善事業の一環として、時折市井にマリアジェラ様の肖像画が、オークションで売りに出されるのですが、その絵の中に必ずといっていいほど、このメイドが映り込んでいて、子どもたちの間では『エリーテを探せ』と遊び半分で絵を見に来ることもあるぐらいです。
しかし、何故魔族の活動拠点に、マリアジェラ様とその側付きがいるのか。
その時、私の脳裏に天啓というべき閃きが、雷の如く降り注いだのです。
「はああああああああああああああああ!!」
「ええ? ちょっ、ちょっと! 何をしているの、あなたたち? 悪魔払い?」
「面接ですよ、姫」
「めめめ面接? その割には、随分アグレッシブだけど」
「おそらく姫に会えたことが嬉しいんですよ」
「ああ。そういうこと……。だったら、後で私の部屋に来なさい。あとで、サインを書いて差し上げましょう」
マリアジェラ様は2階へと引き揚げていく。
今何かとても嬉しい申し出を聞いたような気がしましたが、私の耳には入っていませんでした。
だって、私はとても重大な事実に気付いてしまったのですから。
おそらくもう手遅れなのです。
すでにカンタベリア王国は、魔族に乗っ取られているのです。
間違いありません。
なんと恐ろしいことでしょうか。
人類側の主要な戦力を保有する国が、すでに魔族の手に落ちていたのです。
おそらくマリアジェラ王女は、人質なのでしょう。
おいたわしや姫様……。
人質に出され、長い監禁生活で、精神のバランスが崩れているのでしょう。
私が知るマリアジェラ王女よりも、若干アホっぽく見えます。
いや、今はアホ王女のことは置いておきましょう。
残念ながら、私は一介の家政婦でしかありません。
高給に釣られて、ノコノコと敵の本拠地にやってきた浅ましい女です。
この敵地からマリアジェラ王女を救い出すことなど、不可能……。
一体、私はどうすればいいんでしょうか?
「あの~、マルガリータさん。次の質問いいですか?」
「ちょっと待って下さい。今、考え事をしてるので」
「え? ええ?? いや、まだ何も質問してないですけど」
私は魔王を無視して、考えます。
ここから王女様を助け出す方法。
そして、この国の一大事を他国の王に伝える方法……。
いや、もしかしたら、他の国もすでに魔族に乗っ取られているという可能性が。
なら、こういう時に頼れるのは……。
はっ! そうだ。
姫の窮地を助けてくれるのは、いつも勇者様!
そうです。
勇者様なら、この窮地を必ず救って下さるはず。
そして、カンタベリア王国から魔族を排除してくれるはずです。
「し~~~~~~~~~~~~~~~~しょ~~~~~~~~~~!!」
その声は突然、玄関の方から聞こえてきました。
ダダダダダダダダダッと慌ただしい足音が聞こえてきたと思ったら、何かが光の速さで飛んできます。
そのまま魔王の方へと激突しました。
現れたのは、紅狼族の娘でした。
魔王の首に腕を回し、自分の匂いを擦りつけるように強く抱きしめていました。
「痛てぇ! ちょ! パフィミア!!」
「師匠、ただいま!」
「ぐえぇ! 絞めるな! 首、首、首ぃ締まってるから!!」
なんと浅ましい。
獣人の奴隷でしょうか?
人類側の種族でありながら、魔王に媚びうるとは。
いえ、もしかしたら魅了系の魔法にかかってるかもしれません。
それならば、許せないことです。
魔王は人の心すら弄んでいるのですから。
「パフィミア様、それぐらいに……。今、カプア様は接客中のご様子です」
騒がしい声の後に、続いて聞こえてきたのは、実にしとやかな声でした。
応接室に入ってきたのは、1人のアグリヤ教の神官です。
それもかなり高位の司祭服を着ていました。
なのに、その司祭服を着ているのは、まだあどけなさが残る少女です。
私は思わず息を飲みました。
何故なら、その方はマリアジェラ王女以上に人気のある方だからです。
「しゃ、シャロン様!?」
思わず声を上げて、驚きました。
シャロン様は一瞬身を引いて、身体を竦ませます。
ですが、次の瞬間にはにこやかな顔を浮かべました。
「はい。わたくし、シャロン・ストーングと申します」
司祭服の端を摘まみ、腰を落として、私に挨拶します。
その典雅な仕草に、思わず見惚れてしまいました。
王都で一番可愛い女の子第一位。
娘にしたい女の子3年連続第一位。
マジ天使ランキング初の殿堂入り。
まさかこんなところで拝めるなんて……。
一応説明しておくと、私って結構ミーハーなんです。
その中でも、シャロン様と、あとミステルタム様は特別なのです。
ありがたや。ありがたや。
私は思わず両手を擦り合わせて、運命の出会いを引き合わせてくれたアグリヤ様に感謝を申し上げました。
いや、ちょっと待てやぁぁぁぁぁあああああ!!
なんでここに天使がいるんですか?
ここって魔族の諜報活動の拠点ですよ。
何故、そこにシャロン様が……?
はっ! まさかシャロン様まで魔族にかどわかされている?
いや、もしかしたらすでに天界ですら、魔族の手中に収まっているという可能性も……?
由々しき事態です。
どうやら、私が思っている以上に事態は深刻な様子。
なら一刻も早く、勇者様にお伝えしなければ!
「こちらは、わたくしがお連れした勇者様。パフィミア様、どうぞご挨拶を」
「パフィミア・プリミルと申します。一応、勇者やってます、てへへへ」
ゆ、
ゆ、
勇
者
ぁ
ぁ
ぁ
ぁ
ぁ
ぁ
ぁ
ぁ
ぁ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
!
!
そ、そんなまさか……。
勇者様まで……。
嘘でしょ。
な、なんということでしょ。
どうやら、すでに勇者様すら魔王は味方に引き入れていたようです。
国も、王族も、宗教も、そして勇者もダメ。
ならば、一体誰が私の味方になってくれるのでしょう。
いや、もしかしたら味方もいないのかもしれない。
私が知らないだけで、すでに人類は魔族に敗れ、その手中に収まっている。
そんな可能性すらあるでしょう。
なら、もう抵抗する必要などない。
私は一介の家政婦……。
棍棒すら重たくて持てない非戦闘員が、どうして今目の前にいる魔族に抗えるでしょうか。
私が生き延びる手段は1つ。
魔族に媚びること。
悪に忠誠を誓い、その社会に溶け込むこと。
何も問題ありません。
だって、ここにはすでに王女も、聖女も、勇者もいるのですから。
やってやろうじゃありませんか。
「まあ、書類を見る限り、経験は問題なさそうですね。採用ってことでいいんじゃないでしょうか? 面白かったし」
「お、面白かった? 何を言ってるんだ、エリーテ。これは面接だぞ。面白いは関係ないだろ?」
「こちらの話ですよ」
「まあ、いいや。最後に質問しておきたいんだけどさ、マルガリータさん」
「は、はあ……。どうぞ」
「これは重要な質問なんだ。だから、真剣に考えてほしい」
魔王は机に肘を起き、両手を組んでそこに顎を置きます。
その顔はいつになく真剣でした。
やっと魔王らしい圧力を感じたような気がします。
故に私は息を呑みました。
「緊張しなくていい。単なる一般教養の問題だ」
「は、はい……」
すると、魔王は「ダダンッ!」という謎の擬音を発した後、私に問いかけました。
「問題です。魔王四天王灼却のブレイゼル、魑海のヴォガニス、閃嵐のルヴィアナ、さて残り1人はだ~れだ?」
「えっと~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~……」
え?
ホント?
誰?
ていうか、四天王って本当に4人いるの。
実は3人だったりしないのでしょうか。
「どうやら、わからないようですよ、カプア様」
エリーテという家政婦が、横で顔を伏せた魔王の肩を優しく叩きました。
すると、魔王は顔を上げます。
その目からは、血涙が垂れていました。
「ふ、不採用!」
「え? えええええええええええええええええ??」
こうして私の不採用が決まりました。
あっさりと私は屋敷を追い出され、王都までの道中殺されることもなく、無事に王都の城門をくぐり抜けたのです。
帰ったらきっと世界が一変しているように見える。
そんな淡い妄想を抱きましたがが、いつも通りのせわしない日常が流れているだけでした。
「さて……。とりあえず――――」
まずはアタナージウス様の墓参りにでも行きましょうか……。
すみません。お待たせしました。
「ククク」の書籍原稿作業に忙殺されておりまして、
こっちまで手が回りませんでした。すみません。
まだしばらく改稿作業をしなければならないので、次の外伝は今しばらくお待ち下さい。
その代わりといってはなんですが、
本日『叛逆のヴァロウ』のコミカライズ更新日となっております。
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