第7話 そして誰もしななかった……。
「ほーら。やっぱり」
翌朝。相変わらず外は吹雪だ。
段々吹雪の音がBGMみたいに聞こえてきた。
そんな中、ブレッドンの部屋を覗くと頭から血を流して死んでいた。
なんだ。いつからループものになったんだよ、俺の人生。
ブレッドンの死を回避しろって、もうちょっと萌えるヒロインにしてくれよ。
マッチョな戦士って、どう考えてもやられ役だろ!
しっかし、一体どうやって殺されたんだ?
外傷から察するに撲殺だと思ってるんだが、こりゃまたバーディーで決まりじゃね? あの女、どんだけブレッドンにヒスってるんだよ。昨日はブレッドンの腕に手を回して、「私が守ってあげる❤」みたいなこと言ってたのに。勇者じゃなくて、飛んだ悪女だぞ、女勇者様は。
廊下でブレッドンの部屋を見張る勇者一行と違って、俺は少し離れたところで寝転んでいた。また犯人扱いされちゃたまらないからな。だから、こいつらが昨晩何をしていたかわからない。ちょっとやそっとの物音は吹雪の音でかき消されるからだ。
実際ブレッドンぐらいの巨漢を殴打した音なら聞こえてきても良さそうなものだが、こうやって死体を見るまで気づかなかった。
(さーて、俺に疑いが向けられる前に……)
俺は【死神帳】をこっそり開く。
『バーディーとリプトがブレッドンを巡って喧嘩。ブレッドンが喧嘩を止めようとした際、リプトが振り上げた錫杖がブレッドンの頭を強打。帰らぬ人になる』
今度はリプトかよ。
しかもブレッドンを巡って、バーディーと喧嘩って何?
ブレッドンがバーディーと仲良いから、嫉妬したとかならまだわかる。
どう見ても、陰キャのリプトとバーディーが釣り合わないことは横に置いておくにしても、ブレッドンを巡ってっておかしいだろ!
俺はリプトをチラ見する。
ゴーストみたいな青白い顔をして、震えていた。
いや、動揺しすぎだろ。
「は、犯人は……、ここ、この中にいます」
なんか義務みたいに、その台詞言わなくていいから!
え? それにしても何? お前、ブレッドンが好きだったの?
他人の恋愛観は否定しない派だけどよ、寄りも寄ってブレッドンかよ。
あのマッチョのどこがいいんだよ! 絶対腋が臭いぞ、あいつ!
「ど、どうしようにょろ?」
「大丈夫よ。多分結局……」
「ふがっ!!」
ブレッドンは再び生き返る。
「オレ様は一体……。まさかオレ様――」
「よ、良かったわ、ブレッドン。生き返ってくれて」
「また死んだんだな、オレ様」
「違う違う! ちょっと無呼吸症候群で息をしてなかっただけよ」
どんなフォローなんだよ。
完璧に息をしてなかったわ。
「うわあああああああああ!!」
突然、叫んだのはリプトだった。
死人が1度ならず、3度も蘇ったのだ。
聖人としては耐えがたい光景かもしれない。
「もうイヤだ! こんな状況!! しょ、小生は部屋で1人いる! 誰も入ってくるな! 入ってきたら、容赦しないぞ!!」
引きこもり宣言をしたリプトは、勢いよくドアを閉める。
あの野郎……。錯乱したフリして逃げやがった。
それでも聖人かよ。ブレッドンに謝れよ。
いつも通り、本人は何にも覚えていないみたいだけどな。
てか、ブレッドン忘れすぎだろ! こいつ、一体何なら覚えてるんだ。
結局、リプトの行動を見て、他のパーティーも部屋に引きこもることに……。
これって最初の時と同じだよな。なんか嫌な予感が――――。
「ブレッドン……」
翌朝、ブレッドンはお腹を刺されて死んでました。
伏線回収早すぎるだよ! 俺、まだ『嫌な予感』しか言ってないだろうが。
なんでも、もう翌朝になってまたブレッドンが死んでるんだよ。
あと、いい加減――吹雪やめよ!!
食糧が尽きかけてるんだよ。こいつら、人一人(主にブレッドン)を殺してるのに、なんか知らないけど食欲だけは旺盛なんだよ。
バーディーはおんおんとまた泣いている。
わざとらしい涙を見て、【死神帳】を開く前に犯人がわかってしまった。やだなぁ、女勇者が人を殺したか殺さなかったか判別できるスキルって。ハズレスキルにも程があるわ。
当然、ブレッドンは蘇る。
なんか面倒くさくなってきたが、こればっかりは仕方がない。こんな場所で勇者のスキャンダルネタを与えるわけにはいかない。マスコミがこぞってやって来て、諜報活動どころじゃなくなるからな。
翌朝……。
「ええ……。またブレッドンなの?」
案の定、またブレッドンが死んでた。
寝ずの番をして、各々を見張っていたのだが、ブレッドンが珈琲を飲んだ瞬間、コロッと死んだのだ。
(これって、また毒じゃないの。こりねぇなあ、スネークガール)
俺は【死神帳】を開く。
『スネークガールが作った毒入り珈琲を飲んで死亡。ちなみにスネークガールの動機は「死んでも生き返るので、新しい毒の実験体になってもらった」』
サイコパスかよ!!
仲間で実験するな!!
翌朝……。
「はいはい。ブレッドンブレッドン」
反応も展開もおざなりになってるんだよ。
仲間が何度も死んでるんだから、もう少しらしいリアクションをしろよ。
嘘でもまだ泣いてるほうがいいわ。
あと、いつになったら吹雪が止むんだよ!
もうすぐ1週間になるじゃねぇか。
周囲が真っ白けで、温泉宿がもう雪に埋まっちまったぞ。
「は、犯人はこここ、この中に……」
肉体的にも精神的にも疲れたリプトが、真っ白に燃え尽きていた。
あ。今回の犯人はなんとなくわかったわ。
いつも通りなら犯人捜しが始まり、俺がブレッドンを生き返らせて有耶無耶になるのだが、この日はそうではなかった。
「いい加減にして!」
バーディーがヒステリックに叫ぶ。
他の仲間――リプトとスネークガールはピクリと肩を震わせる。
「一体なんなのよ、この状況は! ブレッドンは何度死んでも蘇るし。吹雪は止まないし!! 段々頭がおかしくなりそうだわ」
「バーディー、落ち着いてください。こういう時こそ平静に」
「その台詞、そっくりそのまま返すわ、リプト。ブレッドンを殺したくせに」
「なっ!! ……そ、それを言うならあなただって! ナイフで刺したりしてるじゃないですか?」
「にょろ? 2人ともブレッドンを殺した犯人にょろ?」
スネークガールが今さら気づいて驚いている。
「いや、あなただってブレッドンを毒殺したでしょ! しかも2回!!」
「にょ、にょろ。知らないにょろよ」
明後日の方向を向いて、スネークガールは知らない振りをする。
俺から言わせれば、目くそ鼻くそを笑うだな。本当に救えねぇなあ、このパーティー。
「帰ったら、告訴するから。覚悟しなさい、リプト。スネークガールもよ」
「はあ? あなたは何を言っているんですか? あなただって、ブレッドンを殺したでしょ?」
「忘れたの? 私は勇者なのよ! それも世界で10本の指に入る最強のね。そんな戦力を、この時代にむざむざ縛り首にすると思う?」
「なっ!」
「その点、あなたたちはどっちも中途半端な実力よね。私がいないと何もできない聖人僧侶に。蛇使い? あんたの蛇の毒がいつ戦況を打開するのに役だったのよ」
「バーディー! いくらなんでも言っていいことと悪いことがあります」
「そうにょろよ! 恋人を男にとられたくせに!!」
え? なに? どういうこと?
もしかして、ブレッドンの奴、バーディーとリプトのどっちを選ぶってことになって、リプトの方を選んだのか。マジかよ、ブレッドン。あいつ、そっちもいける口だったのか。
「スネークガール! あんた、聞いてたのね? この!!」
バーディーはスネークガールに殴りかかる。
その間に入ったのは、リプトだった。
女勇者の力は言うだけあって、凄まじい。
壁際にまで吹き飛ばされる。その時、瓶底眼鏡が床に落ちた。
(な、なんだこりゃああああああ!!)
現れたのは、すっげぇ美青年だった。
女性に見間違うのも仕方ない。カッコいいというよりは美しかった。
リプトって、眼鏡とったら美青年だったのか。やばっ! ブレッドンがリプトを選んだのもわかる気がする。
なんか動悸が激しくなってきたんだが、気のせいだろうか(心臓が止まってるはずだが)
リプトは口から血を吐きながら、起き上がった。
「もうこの際、はっきり言いましょう。もう我々はあなたについていけない。ブレッドンもきっと同じ考えのはずです」
「この……! 泥棒猫!!」
ついにバーディーは聖剣を取りだし、引き抜く。剣から炎が噴き出した。
やべぇ! ちょっ! やめろ! この状況で聖剣を使うな。
ここは木製の温泉宿なんだぞ。聖剣なんて解放したら。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「やめぇぇえぇぇぇええええええええ!!!」
どぉぉぉぉおおおおおおおんんんんんん!!!!
そしてロウンド・ナナコロフが作った『七転温泉』は吹き飛ぶのだった。
◆◇◆◇◆
「おじさん、またねぇ!」
勢いよく手を振ったのは、バーディーだった。
その表情は明るく、ようやく雪山に差した陽の光ように輝いて見える。
ブレッドンがニヤニヤしながら手を振り、リプトが軽く頭を下げた。その横でスネークガールは蛇と一緒に手を振っている。
皆、どこか晴れ晴れとした顔をしていた。
まるで冬の雪山で起こった惨劇を忘れたかのように……。
俺は下山していく勇者一行を、半壊した温泉宿の入口から見送る。
「はあ……。やっと帰った」
あれから大変だった。
聖剣の炎で温泉宿の天井が吹き飛び、分厚い雪の塊が落ちてきた。
その際、勇者たちは圧死あるいは窒息死して、死亡。
俺はというと、死んでいるので生きてはいられたのだが、自力で出ることは叶わず、そのまま雪解けの春を待たねばならなかった。
なんとか温かくなり、雪から脱出すると、勇者たちの遺体も引っ張り出してやった。はっきり言って、助けてやる義理なんてないのだが、散々言っている理由から俺は勇者パーティーを生き返らせることにする。
いくら【死神帳】でも遺体が腐ってしまうと生き返らせるのは難しい。だが冬の間氷付けになっていたため、4人の身体は比較的綺麗だった。蛇たちも無事で、ずっと冬眠していたようだ。しばらくしてにょろにょろと動き始めた。
ただ普通に生き返らせては、また喧嘩を始めるかもしれない。
俺は【死神帳】に記憶の改竄も加える。
つまり「山で遭難していた俺を助けた」という記憶だ。
パーティーメンバーからして違和感ありありの記憶だろうが、こればっかりは仕方ない。
当然、本当のことはすべて忘れてもらった。
ブレッドンが二股していたことも、スネークガールがブレッドンに色々と恨みがあることもだ。おかげでパーティーは何かすっきりしたような顔で下山していった。
魔族の俺が言うのもなんだけどよ。
人間、忘れちまうのが1番だと思うんだよなあ。
「さて……。行くか」
ん? どこへだ?
ていうか、俺……。
一体何しにここに来たんだっけ??