外伝Ⅰ 家政婦は四天王の正体を知っている(前編)
続いて予告しておりました『家政婦は四天王だと知っている』改め『家政婦は四天王の正体を知っている』をお楽しみ下さい。
私の名前はマルガリータ・エガント。
友人や家族からは、マルタと呼ばれてきました。
趣味はスパイ小説を読むこと。
好きなものはお酒、嫌いなものは小皺。
今年で42。まだまだ現役バリバリの家政婦でございます。
家政婦といっても、色々です。
生涯に渡って屋敷に住み込み、ご当主に尽くす人もいれば、高給の職場を探して、主を変えて転々とする者もおります。
ちなみに私は後者の家政婦です。
意地汚いと思われるかもしれませんが、それもまた人生。
家政婦道の1つの道とお考え下さいませ。
ですが、私にも生涯を通し、お仕えしようと心に決めたご当主様がおりました。
王国の偉い大将軍様でして、溌剌と軍務につき、その横顔を見ては胸をトキメかせたものであります。
しかし、ある時ご当主様はある戦において大敗を喫し、ついに乱心されました。
それから抜け殻のようになった当主の家の未来はなく、結局お取りつぶしが決まり、我々家臣たちは身の振り方も決める時間もなく、追い出されたのです。
私はその時悟ったのです。
金の切れ目は、縁の切れ目。
地獄の沙汰も金次第と……。
信じられるのは、仁義などではありません。
お金なのです。
さて、少し身の上話を聞いてもらった後で、ある職場について、ちょっと聞いてもらえませんでしょうか?
今の屋敷も高給に目が眩み、王都のギルドの募集に飛びつきました。
場所はノイヴィルという田舎町。
まず疑念が浮かんだのは、なんで田舎町の領主が、こんな高給を約束できるかでした。
さらに秘密厳守。短期歓迎。高収入保証。アットホームな職場です。
なんだか、色街の壁に貼り付いている求人募集みたいな文言が、地雷のように書かれていたのを、よく覚えています。
だいたいの人は、この文言を見てスルーするでしょう。
ですが、私は興味を引かれ、交通費も出るというので、ノイヴィルという街に面接を受けるため、参りました。
よくある田舎町ですね。
まさに時が止まったようにのどかです。
果たして、こんなところにあの高給を払えるような貴族がいるのだろうか。
私の疑念はますます深まりました。
勤務地の家は、こぢんまりとした2階建ての屋敷でした。
庭の手入れは行き届いており、外壁も真っ白で、特に屋根の青が鮮やかでした。
屋敷の大きさはともかくとして、働いている者のプロフェッショナルさを感じます。私は1度兜の緒を締める感じで深呼吸し、屋敷のノッカーを叩きました。
「はい……」
出てきたのは、家政婦でした。
珍しいことにダークエルフです。
なかなか美人な娘で、真っ白なエプロンドレスが似合っていました。
やや物憂げな目で私を見た後、家政婦はいきなり「どうぞ。どうぞ」と家に入るように進めました。
「あ、あの……。まだ私、何も言ってませんけど」
「え? 当主様が直接手配された色街の……」
「ち、違います!!」
「でも、家政婦の服を来て。そういうプレイを当主が事前に連絡を……」
「何を言ってるンですか! あなたも似たような恰好じゃないですか?」
「これは仕事着ですよ」
「私のも仕事着ですよ!!」
「ああ。仮装専門のお店……」
「違います!!」
ああ。のっけから調子が狂う。
以前付き合いがあったダークエルフを思い出しました。
あの種族ってみんなこんな感じなんでしょうか。
私は1度咳払いしました。
「こんにちは。私はマルガリータ・エガントと申します。王都で求人募集の張り紙を見て、面接にやってきたのですが、ギルドからご連絡ありませんでしたか?」
「あ~~。あなたがそうでしたか。失礼。てっきり当主の趣味が変わったのかと勘違いしました」
おい。こら。ダークエルフ。
今のはどういう意味だ?
おっと……いけません。
まずはスマイル。
今日は面接です。
見たところ、勤務地に変わったところはありませんでした。
口は悪いですが、このダークエルフなかなか仕事ができるようです。
私ぐらいになると、庭の仕事を見ればすぐにわかります。
秘密厳守の謎が解けていませんが、面接に本気で挑んでも問題ないでしょう。
私は応接室に通されました。
落ち着いた雰囲気。調度品の数も趣味も悪くない。
当然、床も魔獣革のソファもピカピカに磨かれておりました。
やはりこのメイド……できる!
しばらく待っていると、何やら外が騒がしい様子……。
「ちょ! エリーテ、いきなりなんだよ」
「面接です。女の子を選ぶのは、得意でしょ?」
「誤解するような言い方はやめろ!」
「まあ、残念ながら若くありませんが」
「馬鹿! 聞こえるぞ」
(もう聞こえてますよ)
「そもそもあなたが言い出したことでしょ? 私が大変そうだから、もう1人雇ってみればって」
「言ったけど! 面接が今日なんて一言も――――ギャッ!!」
バン、と勢いよく男が入ってきました。
その後ろにはあのメイドが、前蹴りをした体勢を残したまま固まっています。
話を聞く限り、ご当主かと思いますが、その態度大丈夫でしょうか?
さて、その当主ですが……なんというか怪しさが満載です。
家屋の中だというのに、ローブに身を包み、フードを目深に被っています。
…………ん? あれ?
「えっと……。なんと言ったら……。と、ともかくお待たせしてすみません」
フードの奥で、当主は苦笑を浮かべます。
後ろのエリーテという家政婦から、半ば蹴っ飛ばされるようにして、真向いのソファに座らされました。
するとエリーテの方も、男の横に足を揃え、膝の上にメモ帳を置いて、厳かに腰かけます。
そして、私はすでに絶句していました。
大きく目を広げて、真向かいに座った男を見つめます。
熱烈な私の視線に、最初に気付いたのはエリーテと呼ばれていたメイドでした。
「良かったですね、カプア様。どうやら、あなたの眼鏡にかなわなかったようですが、向こうの眼鏡にかなったようですよ」
「はあ? お前、何言ってんだよ。真面目にやれよ。これは面接なんだろ?」
「そうですね。いいところを見せないと」
「気にしないでくださいね。勘違いしてるんじゃなくて、普通に俺をからかって遊んでいるだけなので――――って、どうしました? まさか…………」
段々と青ざめて(いや、元から結構青い顔をしているのですが)いく当主とおぼしき男性の顔を見ていた私は、慌てて手を振り、目を背けました。
「ち、違います! そ、そういうのじゃないですから」
「あ――――ですよね~。あの王都から来てくれたんですよね。遠路はるばるありがとうございます。私の名前はカプソ――――じゃなかった、カプアです。お見知りおきを」
ええ……。知っています。
思い浮かんだ言葉をグッと私は飲み込む。
危なかった。
危なく、死ぬところだった。
そう。
私は知っています。
この男の正体を……。
いや、でも……なんでかわからない。
何故、こんな大物が辺鄙な田舎町で、人類の領主なんてしているのでしょう。
私は今一度改めました。
ああ……。
間違いない。
この男は……。
いや、この魔族は……。
王です。魔族の王……。
それすなわち――――。
魔王……。
何故か怪しげな求人広告に釣られていったら、何故か魔王がそこにいたのです。
まさかあの番外編に続きがあるとは……(驚愕)
新作『「さあ、回復してやろう」と全回復してきた魔王様、ついに聖女に転生する』という作品を投稿し始めました。『ククク』とはまた違った勘違いコメディファンタジーです。
どこかで聞いたことがあるあの四天王の名言を使う魔王様が、(勘違いした)回復魔術で学院を無双するお話になっております。是非一読下さい。
リンクは下記になっております。よろしくお願いします。