エリーテさんの優雅な休日(後編)
「はあああああ!! この壺全部、騙されて買った???」
マリアジェラが素っ頓狂な声を上げたのは、無理からぬことであった。
老婆はテスカフローネ・ソォ・ダルトネンといい、社交界では割と有名な子爵夫人と名乗った。
さて、その壺についてだが、歪な形以外なんの変哲もなければ、誰か高名な芸術家による創作物というわけでもない。
その壺を、ここにいる老婆がすべて詐欺師に騙されて買ったものであることが判明したからである。
最近、王都や地方都市で流行っている、オラオラ手紙に、霊感商法、催眠商法、点検商法、マルチ商法、投資商法etc etc……、ともかくありとあらゆる詐欺商法に、この老婆は引っかかり、ついにはお家自体が没落してしまったというわけである。
「てへぺろ! って最近の若い子はいうのよね。お婆ちゃん知ってるわよ」
「あ、あのね。て、テスカフローネ夫人」
「フローネとお呼びください、殿下」
「そう。フローネ……、さすがに騙されすぎじゃない。そして今も騙されてるわよ。今の若い子は『てへぺろ』なんて使わないわ。どっちかという、脂の乗ったおっさんが使ってる」
「え? そうなの?? まあ、まあ、わたくしまた騙されちゃったわねぇ」
しょんぼりしながら、フローネは下を向く。
「あーあ、マリアジェラ様。フローネ様をいじめましたね」
「い、い、いじめてないわよ。人聞きの悪い。あたくしは事実を言っただけよ」
「真実ほど、人を傷付けるものはないんですよ」
「あなたに言われるとそこはかとなく怒りを覚えるのは何故かしら……」
マリアジェラは金髪を逆立てる。
とはいえ、このままではまったく話が進まない。
咳払いをして、気を取り直して質問を続けた。
「こほん。なんでまたそんな壺を……」
「うーん。だってねぇ。自分の息子から手紙が来て、『母さん、オラこの壺を買ってくれなきゃ。明日死ぬダ』なんて言われたら、そりゃ壺を買うでしょ」
「いや、その前に息子さんに確認しましょう。あと、仮にも貴族の息子が『オラ』とか書いてたら、おかしいと思わないの?」
「ちなみにフローネ夫人に息子さんはいません」
「それ以前の問題だったわ」
エリーテの説明に、後に魔王四天王をおちょくり回すことになるマリアジェラが頭を抱える。
どうやら、このフローネ夫人という貴族は、人を疑う以前に、疑うという行為そのものが、行動の選択肢の中から抜け落ちているらしい。
気を取り直し、マリアジェラは改めて背後の壺を見た。
「まさかこれ……全部? 100や、200じゃすまないじゃない。よくこんなになるまで騙されたわね。家が没落するのも無理ないわ」
「あははは。それほどでもないわよ」
(少しも褒めてないんだけど……)
純粋な上に、怒るということも知らないらしい。
またしてもマリアジェラは頭を抱えた。
「それで? なんでまたその壺をエリーテが他人に売ってるのよ。詐欺紛いなことをして」
「詐欺なんて人聞きの悪い。適正価格で、壺の価値のわかる人にお売りしてるんですよ」
「壺の価値って……。獣人、お年寄り、まだ成人前の子どもまでいたわよ。壺の価値なんてわかるのかしら」
「わかりますよ。元々その方々は持ち主だったんですから」
「はあ? え? ちょっと待って? もしかして、その壺を夫人に売った売主に売ってるの?」
「問題ありますか?」
エリーテはさらりと澄まし顔で聞き返す。
「いや、問題はないけど。てか、なんでそいつら。自分が売ってた商品でしょ? なんでまた買い直すのよ」
「言ったでしょ? その壺の価値を知っているからですよ」
エリーテの手口はこうだ。
何食わぬ顔で詐欺師に接触。
羽振りが良さそうな口調で話を進めて、自然と壺の話を持ち出し、こう言う。
『ある人からこれを持ってると金持ちになるって言われてもってたら、いきなり万馬券が当たって……。今、全然お金に困ってないの』
もちろん、これぐらいでは詐欺師は騙されない。
「とはいえ、詐欺師も人であることに代わりはありません。人にはここまでの裏付けがあれば、信じてしまう境界線みたいなものがあるんです。それを超えて、信じさせれば、詐欺師も結局人なんですよ」
エリーテは薄く笑う。
あの時、男からお金を巻き上げた時のように……。
最初の男には、自分が騙した人間が今金持ちになっていることを示し、女の場合は友人の逆玉結婚に、壺が絡んでいることを教えた。
子どもと老人は素直だから簡単だ。
ちょっと羽振りのいいところを見せると、すぐに壺に大枚をはたいた。
そうして、エリーテは詐欺師から巻き上げたお金を、フローネ夫人に返しているという。
「まさか子どもと老人まで詐欺師とはね」
「人を騙すのに、年齢は関係ありませんよ。純粋な子どもでも、悪知恵が働く子どもはいるでしょうし、どんなに大人になっても、純粋な老人はいます」
エリーテはフローネ夫人を見ながら言う。
本人はなんで見られているかわからず、首を傾げていた。
「なるほど。筋は通っているわね」
「本当のことを話したつもりですが……」
エリーテはジト目で主を睨むと、フローネ夫人はコロコロと笑った。
「エリーテちゃん、随分と王女殿下と仲がいいのね」
◆◇◆◇◆
フローネ夫人と談笑していたら、すっかり夕暮れ時になっていた。
エリーテとともにお暇することにした。
「で? あんたのことだから、成功報酬はきっちりともらってるんでしょ」
「当たり前です。こんなの慈善活動でやってられませんからね」
「そうね。たとえ、報酬付きでもエリーテがあんなことをするなんてビックリしたわ。どういった風の吹き回しなの、エリーテちゃん」
マリアジェラは口元を手で押さえて、肩を振るわせる。
まさかこの性悪ダークエルフを「ちゃん」付けで呼ぶ人間が現れるとは思わなかった。
エリーテも一応ダークエルフである。
エルフよりもさらに長寿で、年齢は軽く150歳を超えているというが、マリアジェラも詳しいことまでは知らない。
「なんで笑うんですか……」
「ま! たまにはあなたをおちょくられないとね」
「何ですか、それ……」
「それで……。本当の動機はなんなの? たぶん、あの壺にあるんでしょうけど?」
「あなたは変態キャラなのに、どうしてそう頭だけはいいんですか?」
「あたくしのどこが変態ですの?」
「未来進行形の話です。……動機ですか? 実はあの壺。私が昔作った壺なんですよ」
「へっ? あなたが?」
「商売人としての駆け出しの頃、売り物がなかったため、テキトーに自分で作って、人に売っていたんです。まさか詐欺の商品になってるとは知らず……。しかも、調べてみると、そんな壺をわんさか持ってる人間がいるというではないですか。それで――――」
「フローネ夫人に手を差し伸べたというわけね。なるほど。あなたの名誉のためでもあったの。意外ね。そういう感情って、エリーテからはほど遠いものだと思っていたわ」
「これでも商売人でしてね。自分の売り物に対しては、責任を持つタイプですので」
「ふーん。そういうことにしておいてあげるわ。……それにしても、あの変な壺、よく売れたわね」
「そこは商売人の腕の見せ所ですよ」
「もしかしてと思うけど、エリーテ――まさか詐欺紛いのことをやっていたんじゃないでしょうね」
「さて、100年も前の話ですからね。忘れてしまいました」
「100年? 嘘でしょ? 少なくとも20、30年前よ。ていうか、それだったら諸悪の根源はあんたじゃない!」
「ちょ! やめてください。暴力反対。DVで訴えますよ」
マリアジェラはエリーテを追いかける。
すると、突然2人の前で馬車が横切った。
次の瞬間、馬車は花屋の店先に突っ込む。従業員の悲鳴が響き、騒然となった。
大通りの軒先だったため、あっという間に人だかりができる。
どうやら暴走した馬車に誰かが轢かれたらしい。
エリーテとマリアジェラは確認するため、人垣を分け入る。
覗き込むと、被害にあっていたのは、エリーテが最初に会っていた男だった。
その側には、エリーテが売りつけた壺があり、完全に粉々になっていた。
「え、エリーテ……」
「なんでしょうか?」
「今、思っただけど、フローネ夫人の屋敷に夫人以外誰もいなかったわ。あなたが夫人の世話をしていたのかしら?」
「いいえ。あそこには夫人しか住んでいませんよ。というより…………」
夫人はとっくの昔に亡くなっているんですけどね。
次回は6巻の発売日にもまた更新します!
ちな、もうすぐ書籍2巻の内容が終わりますが、その後も続きます。
漫画オリジナルになりますが、ガッツリと原作で関わっておりますので、
どうぞお楽しみに!