外伝Ⅰ エリーテ、死ス……③
『エリーテ、死ス……』完結です。
後書きに重要なお知らせがあります!
「あれ?」
マリアジェラが台所に飛び込む。
金色のツインロールテールを揺らしながら、辺りを探った。
しかし台所には誰も居ない。
「おかしいわね。人の気配がしたのですけど……。あとカプア様の残り香が……」
ヒュッ……。
台所の窓から風が入り込んでくる。
かすかにマリアジェラの金髪を揺らした。
「まあ! 窓が開いてるじゃないですの。不用心ね。全く――」
マリアジェラは窓を閉める。
パンパンと手を叩いた後、その指先をワキワキと動かした。
「屋敷に誰もいないということは、これ幸いですわ。買ってきた新刊を楽しみましょ。ぐふふ……。ぐふふふふふ……」
不気味な笑いとともに、マリアジェラは自室へと戻っていくのだった。
◆◇◆◇◆
ギャアアアアアアア!! 最悪だ!!
俺は早速頭を抱えていた。
自宅の屋敷から2つほど通りを挟んだ裏路地。
今、俺はそこに隠れている。
もちろん、復活したエリーテと一緒にだ。
やっちまった。
慌ててたために、戯れで書いた『エリーテはカプソディアが好き』を消さずに蘇生させてしまった。
一瞬、魔が差したとはいえ、最悪の展開だ。
どうする?
いや、考えるまでもないだろう。
今すぐ『俺に惚れてる』なんて文言を消し去って、元のエリーテに戻すべきだ。
どう考えても黒歴史にしかならないだろう。
可及的速やかに人類、いや世界の眼に触れる前に消滅させなければならない。
「ひゃっ!」
悲鳴が聞こえる。
それがエリーテの声だと気付くのに、たっぷり5秒ぐらいかかった。
振り返ると、エリーテが身体のごついチンピラに絡まれている。
「何なんですか?」
「ようよう。ネーちゃん、1人?」
「オレたちとあそんでいかな~い?」
お前ら、死ね……!
「「ぬわーーーーーーーー!!」」
バタリと、2人のチンピラが裏路地に倒れる。
あーーーーーーーもーーーーーーーーー!
なんでこんなややこしい時に、こいつらは沸いて出てくるんだよ。
あと台詞がテンプレすぎるわ!
60代の爺ぃでも、もうちょっとマシな言葉で口説くわ!
とりあえずこいつらを生き返らせる時は、女に興味を持たせないよう書きかえておこう。
「あ、ありがとうございます、カプソディア様」
ありがとうございます、カプソディア様。
ありがとうございます、カプソディア様。
ありがとうございます、カプソディア様。
ありがとうございます、カプソディア様。
ありがとうございます、カプソディア様。
ありがとうございます、カプソディア様。
ギャアアアア!!
かゆい! かゆい! かゆい!!
なんだ? 今の呪いの言葉か?
おかしい。
今、エリーテの口から俺に対する感謝の言葉を聞いたような気がするのだが……。
ははは……。まさかそんな……。
この毒舌ダークエルフが感謝なんて。
101回転生したってあり得ないことだぞ。
「べ、別にいいけどよ。……お前は、そのマリアジェラのメイドだし。一応、うちで働いているわけだし」
ぐあああああああああ!
何言ってんの?
俺、何を言ってるの?
それらしく振る舞ってるけど、そういうことじゃないよね。
今、そういう場合じゃないよね。
「あの……。その…………」
「な、なんだ?」
ごくり、と俺は喉を鳴らした。
いや、そういうタメを作ってる場合じゃないことはわかってるんだよ。
でもね。
目の前にいる綺麗なダークエルフのお姉さんが、初めて恋に気付いた村娘みたいな顔して、上目遣いで俺の方をチラチラと見てくるんだぞ。
そこに、片目を前髪で隠した眼隠れ女子という属性も付けて加えておこう。
そんな女子にだなあ!!!!
今すぐ死ねなんて言葉をかけられるほど、俺は非道な魔族じゃねぇえんだよぉ!
「先ほどのことですが……」
「先ほど?」
好きです、カプソディア様……。
その言葉は大鐘を叩いたように俺の頭の中で反響する。
猛烈に顔が熱くなり、常時顔色悪い俺の血色が今にも紅蓮に燃え上がりそうだった。
「すみません。……私、勢いで、その…………」
「い、勢いだったのか?」
「いえ…………。ちが――――そ、そうです。そうなんです。勢いなんです。だって、私はマリアジェラ様のメイドですし、カプソディア様とは、そんな――」
な! こいつ、まさか俺のさっきの発言を気にしているのか。
いや、間違いあるまい。
だって、今にも泣きそうな顔をしているのだ。
実際、眼には涙がたまり、すでに腫れ上がっている。
必要であれば、どんな時でも涙を流せるダークエルフだ。
残念ながら、いくら俺が元四天王でも真偽が全然わからなかった。
いや、平常な判断ができる状態であれば、真っ先に嘘泣きだと断じただろう。
しかし、自分の過ちだとはいえ、いきなり女性から告られ、すでに顔真っ赤になっている死属性四天王が、これを看破できるわけもなく……。
「いやいやいやいや、ちょちょちょちょちょっと待て。なんでそうなるんだ」
「え?」
エリーテが顔を上げる。
つぅっと涙が垂れていた。
その表情を見るだけで、尊く思えてしまう。
あざといことこの上ないのだが、今の俺は全く正常に判断できていなかった。
「いや、その…………なんだ…………」
その時であった。
「今日も大活躍でしたね、パフィミア様」
「ふっふーん! 今日の依頼はすっごくうまくできたと思うよ。帰ったら、師匠に報告して、褒めてもらうんだ」
げっっっっっっっ!!
パフィミアとシャロンの声だ。
なんでこういう時に限って、早く帰ってくるんだよ、あいつは。
師匠に気を利かせるということを知らないのか。
「エリーテ! ひとまず逃げるぞ」
「え? はい……」
俺はエリーテの手を握ると、そのまま路地を抜け、街の中心地へと走って行くのだった。
そして俺たちの逃避行は始まった。
人の少ない演劇場で、古い演劇を観覧し、
公園の隅で、買ったホットドッグを摘み、
2人乗りのボートに乗って、ノイヴィルを流れる川を遊覧した。
最後にやや人気の少ないカフェで、カップル限定のパフェを摘む。
「カプソディア様。はい、あーん」
「あ~~~~ん」
――――って違う!!
はあ……。はあ……。はあ……。
恐ろしい。
なんか知らないが、いつの間にかデートを楽しんでた。
落ち着け、俺。
カップル限定パフェとか食べてる場合じゃないぞ。
「カプソディア様? どうしたんですか?」
突然、椅子を蹴っ飛ばし立ち上がった俺を見上げる。
いつものゴミ虫を見るような視線ではなく、憧憬とかすかな戸惑いを帯びた純真な眼に、俺を危なく浄化されそうだった。
「あ…………」
もうやめろ、俺。
認めるよ。
確かに、今のエリーテはなんというか、100歩、いや1歩譲って、可愛いメイド――――いや、女の子だろう。
こんな女子とデートできたのは本望だよ。
でもな。
今、こいつの中に植え付けられた恋心は間違いなく偽物だ。
書いた張本人がいるのだから間違いない。
だから、もう……。
こんな茶番はやめるべきなんだ。
「エリーテ、すまない」
「え?」
「お前はその……俺のことが好き…………なんだよな」
「…………はい」
エリーテも思い出したのだろう。
彼女が言う自分と俺の身分の差を。
まるで夢から覚めたお姫様かのように、表情が沈み、宝石のように綺麗な瞳は、下を向いてしまった。
「そのことなんだが……。それは偽物なんだ。偽の心なんだよ」
「どういうことですか?」
俺は事情を話した。
素直に、自分がしでかしたことを、どでかい過ちを語り聞かせたのだ。
そして、俺は最後にエリーテに頭を下げた。
「本当にすまない。お前の心を弄んでしまった。この通りだ」
「私の心が、偽物……。植え付けられた」
「謝って済むような問題じゃないことはわかってる。だが、今はともかく――」
「そんなの嘘です!」
エリーテはピシャリと言い放つ。
少し空気が震えた。
まるで頬を叩かれたようだった。
でも、その方がマシだったかもしれない。
だって、俺の目の前のエリーテは滂沱と涙を流して泣いていたからだ。
「エリーテ?」
「嘘です! 絶対に嘘です!! 私の心が嘘だなんて信じません」
エリーテは勢いよく立ち上がる。
自分の胸を苦しそうに押さえ、身体をくの字にしながら叫び続けた。
「私は…………私は………………ずっと……あなたのことが…………」
「お前……」
えっ?
エリーテ、お前。
もしかして……。
『死神帳』を開いた時、じっくり確認はしなかった。
でも、万が一という可能性もある。
こいつは俺が書かなくても、実は……。
日頃、俺に対する冷たい視線の裏には、実は……。
玩具のように扱うのは、実は……。
実は、エリーテは本当に俺のことが…………。
「好きなのか……?」
俺はつい質問を口にしていた。
エリーテは顔を上げる。
泣いているのかといえば、ただそうではない。
心底悲しいのに、心底嬉しいような……。
そんな奇妙な満面の笑みを浮かべてから、こう言った。
「はい……」
不意に光が差したような気がした。
温かな風が、俺の黒いローブを揺るがす。
その風を受け止めるように、手を広げた時、いつの間にかエリーテの頭が俺の胸にすっぽりと収まっていた。
「そうだったのか……。ごめんな、エリーテ。気付いてやれなくて」
「好きです! カプソディア様、好き好き、大好きです」
「ははは……。お前……。すげぇ言うな」
その薄い銀髪を俺は撫でた。
エリーテって本当は素直な娘なのかもしれない。
ダークエルフだって、赤ん坊の頃から金にがめつかったわけじゃないだろう。
環境によって性格が磨き上げられ、あのエリーテになったのかもしれない。
だが、仮に俺の即死によって、そんなエリーテの性格がリセットされたなら。
俺が彼女に偽物の恋心を植え付けたことによって、本当の気持ちが開花されたのだとしたら……。
「――ったく……。お前、なんで俺のことが好きになったんだ?」
「正直に申し上げていいでしょうか?」
「ああ。むしろ正直な方が助かる」
「なら――――」
あなたが貴族で、そこそこお金を持っていること……。
ん? なんだ? 今、とっても邪な内容が聞こえたような。
「え、エリーテ? 今、なんて?」
「聞こえませんでしたか? カプソディア様が、人類の貴族でお金を持っているからですよ」
んん???
「確かに今は田舎の貴族ですが、マリアジェラ様のお命をお助けし、あの国王陛下にも一目置かれている。これはあくまで私見ですが、すでにカプソディア様は出世コースに乗ったと私は考えます」
ほ、ほう…………。
「ゆくゆくは侯爵、いえ――国王になることだって、夢ではありません。何せカプソディア様の側には、アホ……あ、すみません。アホ王女と言ってしまいました。つまりアホ王女の夫となる公算は高く、国王になることも夢ではないからです」
へ、へ~~。
「あ。大丈夫ですよ、カプソディア様。私は側室で構いませんから。その代わり、身体じゃなくて、きちんとお金は貢いでください。じゃないと、あなたが四天王カプソディアをばらすという絶好の脅しネタを手放して、真実を語りたくなってしまう病にかかってしまいそうですから」
ふ~~~~ん……。
「ところで、カプソディア様。そろそろ離れてくれませんか。確かに私はあなた様の性欲を刺激するような都合のいいメイドを演じてきましたが、これほど長く抱きつかれると、手が腐る――――あ、申し訳ありません。別にあなたが、亜屍族で腐臭がするという」
お前、死ね……!
「ぬわーーーーーーーーーー!!」
再びエリーテの叫び声が響くのだった。
その後、カプアは例の文言を消して、復活させた。
エリーテの人生について、その際くまなく探したが、結局その本心について見当たる箇所はなかったという。
しかし、カプアとエリーテが2人でデートしているところが、ノイヴィルのあちこちで目撃され、その後もカプアは火消しに追われたという。
「ひゃ!!」
悲鳴が聞こえて、俺は思わず振り返った。
珍しいことにエリーテが、テーブルから提げようとしてたカップを落としたらしい。
幸いにカップは割れず、無事だったが、その代わりあのエリーテの軽蔑するような視線が俺の方に飛んできた。
「何ですか、カプア様? そんな私を邪な目で見ないで下さい。訴えますよ」
「別に……。お前ってそういうヤツだったなって思っただけさ」
肩を竦めると、俺はまた新聞を広げて、他愛もない記事を読み始めるのだった。
【重要なお知らせ】
いつも『「ククク……。ヤツは四天王の中でも最弱」という風評被害のせいで追放された死属性四天王は静かに過ごしたい』をお読みいただきありがとうございます。
さて、まあ作家がこういう風に重要なお知らせをするということは、
作品の最終回を告げるか、書籍化のお知らせをするか、だとは思うのですが、
おかげさまで、この度めでたく書籍化する運びとなりましたことをご報告申し上げます。
現在、鋭意書籍版として発売するために改稿作業を行っております(おかげで鬼滅が見に行けねぇ)。
結構、Web版とはまた違った読み口にして、
さらに読みやすく、面白くなっておりますので、どうぞ書籍版の方もよろしくお願いします。
詳細などは諸々話せないことが多いのですが、
出来ることなら、来年のお年玉&冬のボーナスをちょっぴり残しておいてもらえると、
嬉しいかなあ、という感じです。
重ね重ねになりますが、書籍版の方も是非よろしくお願いします。
そして本日コミカライズ『叛逆のヴァロウ』の最新話の更新日となっております。
ニコニコ漫画、pixivコミック、コミックポルカ他で無料で読めるようになっています。
是非チェックして下さいね。
ではでは~。