外伝Ⅰ エリーテ、死ス……②
とまあ、紆余曲折を経て、前編冒頭に話は戻る。
はっきり言おう……。
めっちゃスッキリした。
お通じがなかなかこなくて、やっと出せたっていうあの感覚と似ている。
あの憎まれ口が聞けないと思うと、ホント安心する。
そもそもこの街で俺が魔族だと知っているのは、屋敷に染みついてる死霊族ぐらいだ。
俺の正体が明かされる心配の種が、排除されたと思えば、さらに安心できる。
そもそもダークエルフの存在自体、世界にとって害悪である。
このまま眠らせたままでいるのも、世界のためかもしれない。
俺の静かなセカンドライフのためにもな。
……とはいえだ。
さすがに殺したのはまずい。
このまま死体を隠すことができれば、問題ないだろうが、真っ先に疑われるのは俺である。
マリアジェラや王国に対する忠誠心は皆無なダークエルフだが、あの厄介な変態王女様の下で不平不満も漏らすことなく、傍目から見れば一意専心とばかりに働く健気なメイドは、王国にとって貴重な人材だろう。
そのメイドを殺した犯人、あるいは行方不明になったエリーテを血まなこになって探すはずだ。
そして、いつか俺という犯人に行き着き、さらに俺の正体が……。
ダメ! 絶対ダメダメ!!
それだけは絶対に避けなければならない。
俺がしたいのは、静かなセカンドライフ。
息を潜めて生活するような逃亡生活ではないのだ。
甚だ不本意だが、生き返らせるしかあるまい。
「――つっても、普通に生き返らせるのもなあ……」
俺はペラリと『死神帳』をめくる。
死属性魔法の1つだ。
死体の性格や記憶などを改竄できる魔法。
さらに限定的ではあるが、生き返らせることも可能である。
このまま生き返らせると、エリーテは俺が殺したことをみんなに喧伝するだろう。
その記憶は当然排除しておくとして、可能であればある程度エリーテを俺好みに操作できるようにしておきたい。
欲を言えば、こいつにとって屈辱的な方法がいいなあ。
「ふむ……。何がいいだろうか?」
俺は『死神帳』を眺めながら、しばし思索に耽る。
そうだな。
例えば、こいつにとって1番キモいと思っている者を好きにさせるとか。
ふっふっふっ……。
なかなか面白いじゃないか。
実に屈辱的だ。
最近、人族と暮らしているせいか、こういう悪どい思考とは無縁だったが、やはり俺の身体には魔族の血が流れているらしい、ふっふっふっ。
…………。
…………。
ごめん。
今のはなし。
言ってて虚しくなってきたわ。
気を取り直そう。
え~~と、なんだっけ。
ああ、そうだ。
エリーテがキモいと思っている者か。
う~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん……。
1つ思い付いたんだが……。
その……認めたくないというか。
いや、おそらく間違いないだろう。
けどなあ。
多分、俺だよなあ……。
マリアジェラも候補だとは思うんだ。
でも、マリアジェラは玩具というか、キモカワイいマスコットってとこだろう。
そこへ行くと、俺を見下げるエリーテの視線って、その……。
ガチだよな……。
認めたくないものだが、認めなければならないだろう。
えっと……なんて書こうかなあ。
まあ、シンプルに例えば――――――。
エリーテは、カプソディアが好き……。
とかな。
いやいや、これはやめておこう。
さすがにはずいって。
落ち着け、俺。
ちょっと暴走しすぎだ。
ウケ狙いに程があるだろう。
だが、確かに……。
エリーテは性格についてはどぶ川に堆積したヘドロ並みに最悪だが、容姿に関しては、結構高い水準だ。
マリアジェラと並んでも遜色がないことが、何よりの証拠だろう。
しかしだ。
さすがに俺を好きになるというのは、いささか――――。
「ちょっと! エリーテ、どこですの? 主が出迎えずに何を――――。はっ! まさかわたしがいないことをいいことに、カプア様と仲良く。2人はベッドで熱い闘魂試合を――――」
なんでベッドの上で殴り合わなければならないんだよ。
どういう情操教育してるんだ、王族のヤツら。
いや、突っ込んでいる暇はない。
あの馬鹿発言は間違いなく、マリアジェラである。
「ふんふん……。カプア様の高貴な香りが、台所から」
犬かよ!!
ちょ! マジか!?
あいつ、本当に台所の方に近づいてきやがる。
ええい! 仕方がない!!
ひとまずエリーテを生き返らせよう。
俺はとにかく蘇生に入る。
ついにエリーテは目を覚ました。
目覚めたばかりからか。
まだぼんやりとしている。
「エリーテ、とにかく詳しい話は後だ。今、俺の話に――――」
すると、スッとエリーテの手が伸びる。
朝の湖面に触れた後のような冷ややかな手が、カンカンに熱くなった俺の頬に触れた。
思わず「ひゃっ」と乙女みたいな声を上げてしまう。
だが、驚くのはまだ早かった。
銀髪に片目を隠したダークエルフは、無垢な少女のようにもう片方の瞳を輝かせて、俺にこう言った。
「好きです、カプソディア様……」
この時になって俺は、ようやく気付いた。
今すぐ終わってほしい世にも奇妙な物語は、ここからが本番であったことを。
ちゃっちゃ♪ ちゃらら♪ ちゃらら♪ ちゃららら♪
ちゃっちゃ♪ ちゃらら♪ ちゃらら♪ ちゃららら♪
「みなさんは、人を好きになったことがあるでしょうか?
人間、1度ぐらい誰かを盲目的に好きになったことがあるでしょう。
ですが、こう考えたことはありませんか?
果たして自分は、本当に本心から相手のことが「好き」なのかと……。
誰かに吹き込まれた感情ではないか。
そんな錯覚に陥ったことはないですか。
もしかしたら、その心は誰かに刻まれた感情かもしれません。
今回の話は、人間の心を思いのままに操る能力をもってしまった男の物語。
いえ……。失礼。魔族のお話でした」