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むしかご


 俺は大理石のテーブルを机にして本を読んでいた。書庫から見つけ出した哲学の本だった。四角いテーブルは壁にぴったり押し付けてあって、俺はその反対側に椅子を据えて座っていた。間に合わせの木の椅子だったが、高さも丁度よく、座り心地は申し分なかった。視界が遮られるのが嫌だったので目の前には何も並べず、ただ白っぽい布を貼った壁だけがあった。テーブルの右の隅で置時計が時を刻んでいた。





 或るところを読んだとき、視界の端に何かが落ちてきたような気がした。見回したが、新しく増えたものは何もない。手許を照らすランプが薄い影を作っているので、その濃淡が揺れただけかもしれない。





 そう俺は思って、気にせずページをめくり、次の行にかかった。気になる箇所があったので、俺はわきのペン立てからペンを取り出した。そしてその部分に印をつけた。後で読み返したとき、すぐそこが見つかるように。


 暫く読むと、読んだ分を辿り直してノートに書きだしておく習慣が俺にはあった。気に入った言い回し、今一つよくわからない文、どこかで似たような感情を抱いた時の表現などである。そうして折に触れて、あらかじめ空けておいた余白に後日気づいたことや解ったことを書き出していくのである。


 そのようにして俺は本をより深くより完全に近く読みこなそうと昔から務めてきたのだった。何のために? 特に理由はなかった。強いて言えば、より本と親しくなろうとしてのことだった。


 そうしたほうが、ただ何となく漠然と読んで忘れてしまうより有意義に思えた。 実際、前に読んだものを読み返して古いしるしを見つけた時、俺は以前に読んだとき何故そこに印をつけたのかを思い出した。かつての自分がそこを読んだとき何をどう感じたかがありありと甦った。そして、今も同じことを感じたり、今はそう思わない、あの頃はこういう考えを持っていたからそのように感じたのだろうが、その後このようなことがあったために今の自分は別な印象を抱くようになったのだろうと思ったりした。そういった変化や変遷を俯瞰して愉しんだ。





 今もそうして取り留めもなくあれこれ思いながらページを繰ったりペンを走らせたりしていると、時折何か落ちてくるのに俺は気づいた。


 ……何だろう? 消しゴムのカスのような微かで黒いそれを何気なくつまみあげて、俺は天井を見上げた。壁に貼られているのと同じ白い壁紙が広がっていた。そこには一点の染みもないように見えた。俺は本に目を戻すとまた新しいページをめくった。


 読むのを中断するほどのことではなかった。が、それからもその埃は降っていたのかもしれない。死角になっていたので気がつかなかったのだが、気配があったような気も後から思うと、した。





 美しい描写を堪能して隣のページに目を移したとき、また細かい雨だれのように埃が落ちた。目に見えぬほど細かいが、空中を切って落ちるとき、その動きが見えるのだ。頬杖をついていた手を外して、俺は右のページに書かれた文章を追いながら、何とはなしに視野の隅を意識した。気にしながら本を読んでいるうちも埃は落ち続けた。


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