絶望のはじまり
一方、王宮前広場、闘技場付近にて
年に1度の王宮騎士試験を受験しにやって来ていた大陸中の戦士たちは、皮肉にもその年の試験では、真の騎士たる資格があるのか、平和を維持するだけの力があるのかが、100年の間で最も問われることとなった。
「騎士たちはすぐに装備を整えてキャッスルヒル地区北側の最前線へと迎え!参事のジョージが私が向かうまでの間、現場で防衛戦の指揮をとっている。
見習い騎士たちは王都民の避難を誘導しろ!騎士たちと避難民の流れがぶつかることがないよう、メインストリートの左右の1本の道をそれぞれ封鎖して騎士がキャッスルヒルへと向かう専用の道にしろ!
魔族が襲って来れば身を挺して王都民を守り、避難の時間をわずかでも稼げ!
試験を受けに来た諸君。残念だが本年の試験は実施できない。
これは訓練ではないし、試験でもない。今まさにこの王都に100年に一度の危機が訪れようとしている。
ここで命を落とすわけにはいかないという者は今すぐにこの王都を離れ、どこか遠くへ逃げるべきだ。
だが、我こそは騎士になるという誇り高き者は我らと共に戦ってほしい。この戦いで勇姿を見せた者は王宮騎士団へと入団させることを約束しよう!
装備はこちらで支給する。我こそはという者はこちらに来て、共に戦地に赴くか、住民の避難誘導を頼みたい」
激しく動揺する王宮前の広場にて、王宮騎士団の団長であるアルフレッドが騎士たちに短く、的確に指示を飛ばすと共に受験者に対して逃げるか戦うかの選択を呼びかけた。
長く続いた平和に平和ボケし、民を守るために犠牲になる覚悟もなく、ただただ王宮騎士という輝かしい身分に付きたかっただけの者は、北の方から逃げてきた者たちから聞こえてくる阿鼻叫喚の声に一刻も早く逃げ出したくなっており、アルフレッドから許しを得たのを機に一目散に南へと逃げ出していった。
そして、逆に我こそはグレンの意思を継ぎたいという強い信念を見せた者は、すぐにやるべきことを察知して、いち早く装備を受け取ると、騎士たちと共に北へと駈け出していった。
そうして王宮前に取り残されたのは、中途半端な者、逃げれば良いのか、何をすれば良いのかわからず、迫りくる脅威も理解できていない者たちだけとなった。
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見習い騎士試験を受けに来ていたトマスとウィルの2人もまさに後者のパターンであった。
突然の事態にどうすれば良いのかわからず、しかし、なんとしてでも王宮騎士になりたかった2人は、その場から逃げ出すこともできず、事態を見守っていた。
結局、王宮前にいた受験者たちが逃げる者、戦う者に分かれて移動し、いなくなった後もしばらく考え続け、ここで戦果を挙げれば王宮騎士に一気になれるという高すぎる報酬に釣られて、中途半端な気持ちのまま、戦場へと赴くことになった。
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戦地へと向かうこと数分が経って、
2人は、騎士たちと共に逃げ惑う人々と逆方向へと向かっていくうちに、だんだんと現実を理解していき、武器を手にとってしまったことを後悔し始めていた。
そして、シドル王都北西のエリアであり、大規模な城壁の崩壊が起こったキャッスルヒル地区に足を踏み入れると・・・
ーーそこは地獄であった。
そこには人々の死体、それも見るも無残な状態のそれがそこら中に転がり、中には分厚い鎧を着た屈強な騎士が、上半身をその鎧ごと真っ二つに切断されている姿もあった――。
2人は想像を絶する光景を目の当たりにして、辺りを直視することすら難しく、もう一刻も早く逃げ出すしかないと考えた。
さらに、ぼんやりと辺りを見渡すと、目の前の道の奥など至る所で獰猛でとても人間に勝てるとは思えない4m級の化け物が息づいている。
2人は道の奥にいたデスミノタウロスの姿を見た瞬間、恐怖のあまり脱兎のごとく逃げ出していた。
――このエリアに足を踏み入れた時点で、今更逃げ出しても無駄だというのに・・・である。
デスミノタウロスは狩りの本能から逃げ出す者を最優先に襲ってきていた。
そして、その足は猛牛のように速く、普通の人間ではすぐに追いつかれてしまう。
トマスとウィルはすぐに逃げ出したというのに、
周囲にいたデスミノタウロスに回り込まれていた・・・。
そして、背後からも先ほど見たデスミノタウロスが追いかけて来ていて、間もなく追い付いてくるのがわかる。
良くあるRPGで、レベルの低い冒険者がなんとかなるだろうとラスボスダンジョンまで来てしまい、モンスターに出くわすも、一撃で殺されると悟って逃げたその瞬間、「しかし、まわりこまれてしまった」という表示が見えた、そのときと同じ心境だろうか、いや、たった一つしか命がないこの世界でその状況は絶望そのものである。
トマスとウィルは走馬灯のようにこれまでの行いの全てを悔いた。
こうなってしまったのは、自分たちの中途半端な行動をしてきたせいで、そのツケを払うときがきたと・・・。
実際には、トマスとウィルはスラム街に住む孤児の中ではかなりマシな部類に属する。
盗みはしたことないし、見習い騎士を目指して毎日剣を振っていたりもしていた。
ただ、仕事はしておらず、食事については教会の無料炊き出しのお世話になっており、そこで他の人たちより多く食べ物を持っていくなどの悪さをしているだけである。アスターからすると、そんな2人ですらもかわいい子供たちの1人であり、立派な騎士になってもらいたいといったことから、たくさんのご飯を2人に分け与えていた。
一方で、小さい頃から2人にいじめられていたイリアはどうにも2人が苦手だった。
もっとも、2人のイリアに対するいじめも大したものではない。
イリアはこの王都でもかなり可愛い部類の女の子であり、そんなイリアが笑顔でご飯をくれるものだから、ついちょっかいをかけてしまう、ちょっかいをかけて気を引きたい、そんな程度のものであった。
だがしかし、そんな2人も、なぜか記憶にはないが、最近イリアにとても悪いことをしてしまったのではないかという気がしていた。
明確な記憶はないが、つい先日、イリアを見かけてちょっかいをかけたくなってイリアを付けたことまでは憶えている。
あのとき、何かまずいことをしてしまったのではないか。
また、見習い騎士になる最後のチャンスでもあった今年は、焦りに焦っており、後先考えずにライバルを消してしまおうと考えていたこともあった。
そんなツケ、覚悟も実力もないのに騎士になればどうなるのか、それをわからせるためにこんなことになってしまったのだとこれまでの行いを後悔した。
目の前には、大きく斧を振りかぶったデスミノタウロスがいる。それが振り下ろされるまであと数秒もないだろう。2人は絶望のドン底で、それが振り下ろされる時を待っていた。




