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勇者を継ぐ者  作者: 本城達也
第一次オストルン大戦【前半】
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クロエ①

 タズは前方に見えた人影を追いかけ、広い公園で追いついた。

 よく見ると、背丈はあまり変わらず(タズのほうが若干小さい)、帽子を深くかぶって表情が良く見えない子供が息を切らしながらタズの方を振り返っていた。


 今のタズの身体能力から逃げ切ることができるのは、王宮騎士でも上層部くらいだろう。

 ただの子どもには到底不可能である。


「はぁ、はぁ・・・ア、アンタ一体何なの?」


 絶対追いつけない距離だったにもかかわらず、店からとんでもない勢いで追ってきて、とうとう追いついてきた店の関係者を見て、逃げていた子供―クロエ―は驚愕した。追いかけてきていた関係者は、背丈が自分よりも小さそうな子どもに見えて一瞬安心しかけたが、その背中には剣のような武器を持っているのが見えたからである。


 もしかしたら殺されるかもしれないと感じたクロエは、いざとなればと考え、懐に隠し持っていた小さなハサミに手を伸ばした。


 

 2人の間に緊張が走る――。

 すると、



「キミ、おじさんのところからソレ盗んだんでしょ。盗んだらダメだよ!

 ボクも一緒に謝ってあげるから一緒に返しに行こう?

 ボクも一緒に謝ればきっとおじさんも許してくれるから、ねっ!」


 クロエは目が点になった。


(何言ってるんだコイツは・・・)


 物凄い勢いで取り返しに来たかと思ったら、一緒に謝るから返しにいこうなどというとんでもなく甘ちゃんなことを言い出してきたのである。さっきまでの殺されるかもしれないという緊張はどこかへ消え去っていた。


「プッ!アハハハハ!アンタ何言ってんの!アハハハハハ!」


 クロエは突然能天気なことを言い出すタズに対して、思わず笑ってしまった。


 しかし、次第に冷静になっていき、タズを見ている内に腹が立ってきた。


「・・・返すわけないじゃん。バカじゃないの。

 なんで盗んだと思ってるの?アタシにはお金もないし、今日も明日も食べる物もない。

 だから盗んだの。 

 これを返せばアタシは死ぬだけ。悪いとは思ってるさ。

 でも、アンタみたいな良いとこの坊ちゃんにだけはそれを言われたくないね。お父さん、お母さんに大事にされて何不自由なく幸せに生きてきたくせにさ!

 アタシにはお父さんもお母さんもいない!

 家族も誰もいない!

 アンタにわかる?この気持ち!」


 クロエは、目の前の子ども(タズ)に対して自分の中にあった不満を全部ぶつけてしまった。こんな能天気なことを言い出す奴はどうせ大事に育てられた良いところの坊ちゃんだろう、よく見ると、身なりは良いし、顔立ちも整っている、そう考えてのことだった。


 かつてその立場にあったクロエにとって目の前の子ども(タズ)は何よりも憎たらしい相手であり、今の幸せの価値も何も理解できていない相手に感じた。

 

 ところが、


「そうだったの!?ご、ごめんなさい・・・。

 でも盗むのは良くないよ・・・。そうだ!ボクがさっきもらったお菓子あるんだ!

 一緒に食べよう!ねっ!」


 その少年タズは突き放して不満をぶつけてきたクロエに対して、謝る必要は何もないにもかかわらず、素直に謝ってきた。

 それだけではない。タズは謝って一瞬ひるんだが、すぐに笑顔になって、お菓子をあげるなどと言いながらクロエの方に近寄ってきたのである。


「やめろって。

 なんなんだアンタは・・・

 こっちに来るな!」


 クロエはタズの胸をドンと手で突いて押し返そうとしたにもかかわらず、タズはそれをものともせずに近寄ってきて。

「一緒に食べよ?」

 繰り返しそんなことをいいながら小さな菓子パン、甘い蜜が塗り込まれているパンが入った袋を懐から取り出した。


 タズは懐から取り出した小さな菓子パンを2つに割った。


「うーん、うまく割れなかったや・・・。えへへ」


 タズは、1:3くらいに割られた菓子パンのうち、大きな方をクロエに差し出してきた。

 その割り方は、端っこを持って引っ張るだけという元々半分に割ろうという気が全くないとしか思えないもので、わざとなのは明らかだった。


(何なんだ、コイツ。なんでアタシにこんなに構うんだ・・・

 なんでこんなにグイグイくるんだ・・・)



 それはクロエにとって初めての感覚だった。



 クロエはある日悲しい理由があって両親から捨てられた子である。

 周囲の誰にも見放されて、幼い身でありながらスラム街に住み着くしかなく、ボロボロの帽子を深くかぶって、本当はきれいなライトブラウンのウェーブのかかった髪と整った素顔を隠し、性別も分かり難くしていた。

 そんなクロエに友好的に接してくる輩など、奴隷商人くらいだ。


 だが、目の前のこの子どもは一体何なのか。突き放しても、突き放しても、小動物のように近寄ってきて、一緒に食べよう、などと言いながら小首をかしげてクロエにパンを差し出してくる。ここまで拒絶しているのにそれでもクロエを見離さずに接してくる相手は、クロエにとって生まれて初めてだった。



 あまりの押しの強さにクロエは諦めて仕方なくパンを受け取り、公園のベンチに座って隣の少年と一緒にそのパンにかじりついた。




 ――――――――――――。




 パンを一口かじったクロエの目からは涙があふれ出ていた。




 ――こんなにおいしいパンを食べたのは生まれて初めてだった。


 3日何も食べてなかったのも影響しているのかもしれないが、それ以上にそのパンはとろりと甘くて、柔らかく、とてもやさしい味がした。

 自分の中の色々なものが癒えていき、幸せで心が満たされていく・・・そんな感覚すら覚えた。






――それも当然である。

 タズは、パンを切り分けたときにこっそりとパンとその中の蜜に木魔法をかけていた。

 そのパンを飛びきり美味しくしつつ、栄養満点にして、しばらくご飯が食べられなくても大丈夫なように、そんな祈りも込めてとっておきの魔法をかけていたのだから・・・。



「おいしい・・・おいしいよぅ・・・

 うぅ・・・ご、ごめんね・・・。

 うぅ・・・あたし・・・

 盗んで・・・ごめん・・・なさい。

 パン・・・あ・・・ありがとう」


 クロエは自然と盗んだことを謝っていた。そして、パンをくれた優しい少年に感謝を伝えていた。

 胸の中につっかえていた色々なものがパンと一緒に溶けてなくなったのか、クロエは涙が止まらなくなっていた。


 泣いているクロエに対してタズは宥めるように話しかけた。


「ううん!ちゃんと謝ってくれてうれしいよ!どういたしまして。


・・・ボクもね、お父さんもお母さんもいないんだ。

 ボク、お姉ちゃんと一緒に捨てられてた子だから。

 ボクを拾って大事に育ててくれた人たちはいたけど、今はもう会えなくなっちゃった。

 ボクのたった一人の家族のお姉ちゃんも今は会えないんだ・・・」


 クロエはタズの話に衝撃を受けた。

 この優しい少年は、自分と同じような境遇だったのだ。

 タズは話を続けた。


「でもボク、今は寂しくないよ。この王都にはボクのこと家族だって言ってくれる人もいるんだ。

 新しいお姉ちゃんだっているんだよ。

 だからキミにもきっと新しい家族ができるよ。ううん、もしできなかったら、

 ボクがキミの家族になってあげるよ!」


 タズはクロエにそんなことを語り掛けながらクロエの手をギュっと握った。


 クロエは、その温かい手に包まれて心の奥底まで温かく包まれる感覚を覚えた。

 この優しい少年であれば信じられる――

 初めて心の底から信頼できる相手に出会ったのであった。



 両親に裏切られて捨てられ、絶望のどん底のような生活を送っていたが、とうとうそんなクロエにも手を差し伸べてくれる、優しい優しい相手に巡り合うことができたのだ。



 クロエはますます涙が止まらなくなっていた。



 だが、クロエは、タズのその優しい申出に対して、「ううん、いいの」と言ってそれを拒否した。

 そして、


「アタシね、この国の王女だったの。

 だから、アタシはこの国で新しい家族を作っちゃいけないの・・・」

 

 クロエは先ほどまでの目つきが鋭く、険しかった顔から、穏やかに優しく悲しげに微笑んだ顔になって、タズにそんなことを告げた。

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