他人から姉弟へ②
一方、その頃タズは、部屋でペンダントを眺めながら、グレンの話を思い返していた。
「このペンダントはお前を守るためのものだ。お前を何が何でも守るという強い気持ちを感じる。本当に愛されているな。それはお前が大事に持っていろ」
グレンにそう言われたことを思い返し、ペンダントとその中で青白く光り輝く魔石を眺めていた。
いつもなら眺めていると勇気をくれるペンダントなのに、なぜか涙が止まらない。
幼馴染のメルの最後の言葉を思い出す。
「タズ、タズが死んだら私、絶対に許さないんだから。だから私にタズを守らせて・・・私を一緒に連れてって・・・。
タズ、大好きよ・・・」
メルは同じ年であるのに、すべてを分かっていたかのように、いや、自らそうなることを望んでアルンに魔石にしてもらうことを頼んでいた。
メルの本当の母親はアルンだ。そんなアルンとの生活をタズたちは奪って、タズたちがアルンに育てられた。最後に文句の一つもなく何故そんなことが言えるのか。どうにもおかしかった。
しかもその魔石もマナを発生させるためだけのものだったなら、タズしか使えないというのもどうにもおかしい。そんなの最初からそういう風に作ってもらわないとそうならないはずだ。
あのときからうすうす感じていたことだったが、姉はこうなることを全てわかっていて、そして村の人たちも全てわかっていて姉にその命を魔石に変えてもらったのではないだろうか。
いずれその護符(魔石)が一体誰を守るものになるのか・・・
そもそもあの護符に刻まれていた守るべき者の名前は一体誰だったのか・・・
幼いメルを含めた村の皆が、タズに内緒で決めて、姉にその命を、タズを守るためだけの存在にしてもらう魔法を懇願したのではないだろうか。
本当にやさしい、やさしい祈り、誰よりも深い愛がこんな奇跡の魔法を実現させたのではないだろうか。
いや、そうでなければ、こんな奇跡が起こるはずがなかった。
―――そう、タズがいた村は、全てタズのためだけ、タズを守るためだけに存在していたのである。
自分の命を対価にしてでも、いや、その命尽きたそのあとでも、永遠にタズを守り続ける、その小さな小さな魔石はそんな祈りの結晶だったのである。
グレンの言葉からペンダントの本当の効能を知って、そのことを知ったタズは、村の人たちの深い深い愛を知り、涙が止まらなくなるとともに、寂しくて仕方なくなった。
メルの最後の最後の表情
「タズ、大好きよ・・・」
そうつぶやいたときのメルのその表情がタズの脳裏から離れない。
あの「大好き」に込められた愛はどれほどのものなのか、
母を取られ、その人生も命をも捧げ、身体を切り裂かれて見るからに痛々しい傷を負っているのにその痛みを堪えながら、それでも微笑みながら告げられた「大好き」に込められた気持ちは、ただの幼馴染に対してではない、初恋の男の子へ最後に伝えたかったその気持ちは、幼いタズでも今ならわかる。
だが、そこまで想ってくれていたメルは、もういない。
もう二度と会うことはできない。
それに気が付いてしまったタズは寂しくて寂しくてもう耐えられなくなっていた。
「ぐすん・・・メル・・・会いたいよぉ・・・
ボクだって・・・大好きだったよぉ・・・
ぐすん・・・母さん・・・お姉ちゃん・・・みんなぁ・・・寂しいよぉ!会いたいよぉ!」
ペンダントを握りしめたタズは、「寂しいよぉ、皆に会いたいよぉ」と呻きながら泣き続けていた。
外に響かないように口元を抑えて、小さく声をあげながら・・・
タズは泣き続けた。
そんなタズの手元では青白い魔石たちが淡く光輝いていた。
(タズ、私たちは一緒だから、
ずっと一緒だから、泣かないで)
そんな声が聞こえたような気がして、タズはますます泣き続けた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そんなタズの泣き声をタズの部屋のドアの前でノックしようとしたイリアは聞いていた。
タズの我慢するような小さな泣き声を聞いて、イリアの目からも涙があふれ出て止まらなくなっていた。
先ほどまでの不安がバカみたいに思えた。
昼間、皆がいる前ではあんなに強がってたタズ
勇者になるなんて力強く宣言して、このまま手の届かない遠くに行ってしまいそうな印象すら抱かせたタズ
それが一体なんだったのか。一人になって、夜になったら、ただの泣き虫の甘えん坊だった。
当たり前すぎることだったが、強がって見せてもただの9歳の子どもだった。
そしてイリアはこの瞬間、固く決心した。
イリスに勝てない?――そんなことはどうだって良い、
――何があっても絶対に自分がタズを守ると。イリスの代わりは自分がすることを決意した。
そう決意したイリアは、涙を拭って飛び出していた。
そうして勢いよくドアを開けてタズの部屋の中に入り、泣いてうずくまっているタズの下に駆け付け、タズを優しく抱きしめた。
「!? イ、イリア姉ちゃん?
ぐすん・・・ど、どうしたの?」
「タズ、いいのよ。いくらでも泣いて。
タズは寂しくなんかないわ。だってタズには私がいるもの。
お姉ちゃんがいるもの。
だから寂しくなんかないわ。好きなだけお姉ちゃんに甘えて良いのよ。
・・・タズ、大好きよ。私が絶対あなたを離さないんだから。あなたを一人になんてしないから。
だから大丈夫。寂しくないわ。
さあ一緒に寝ましょう」
イリアはそういってタズの手を握って一緒にベッドに入ろうと誘う。
イリアとタズは一緒にベッドに入り、ベッドの中でイリアがタズを抱きしめると、タズはますます声をあげて泣いた。
タズはまだ9歳。イリスたちに甘やかされて育てられ、寝るときは必ずイリスがこうして抱きしめながら頭を撫でてくれていた。
イリスと離れてからずっとなかったその温かい感触と再び出会うことができ、タズはイリアの胸元で思いっきり泣いた。
そして、その後安心したのか、静かに寝息を立てて寝ついたのであった。
「いい子ね、タズ。おやすみ。ちゅっ」
タズが寝たのを見たイリアは、タズの柔らかいけど涙で濡れて冷たいほっぺに口づけをし、ダズを抱きしめながら寝た。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その夜、2人の身体に不思議なことが起きたことを寝静まった2人は気が付くことはなかった。
朝になって、イリアが起きると、タズはイリアの腕枕で静かに寝ていたが、イリアが動くと、タズも「うーん」と、軽くうなりながら目を覚ました。
「えへへ、おはようお姉ちゃん」
「おはようタズ。よく眠れた?」
「うん!良く眠れた。ありがとう!お姉ちゃん!」
そういって、タズはイリアにぎゅっと抱き着いた。
そしてタズが小さく「大好きっ」とつぶやいたのもイリアにははっきりと聞こえていた。
イリアは小さな声で「私もよ」と答えた。
2人の関係に少しばかり変化があった。
タズはイリアのことを「イリア姉ちゃん」ではなく単に「お姉ちゃん」と呼んだ。
その理由も、そこに込められた気持ちも、タズの顔を見てすぐに把握したイリアは、タズに微笑み返しながら「おはようタズ」と声を掛けて頭を撫でたのであった。
―――2人が身分上だけでなく、気持ちの上でも、ただの他人から仲の良い姉弟に変わった朝だった。
その後、自分の部屋に着替えに戻ったイリアは、自分の身体に違和感を覚えた。
―――そう、大量のマナがイリアの身体に宿っていたのである。
何故そのようなことが起こったのか、イリアがタズの家族としてペンダントに認められたからなのかなんなのかはわからなかったが、イリアは手に入れた新しい力の使い道を迷うことなく決める。
―――そして、その日の朝食にて
「グレン様!私も一緒に修行させてください!私もこの子と一緒に強くなりたいんです!この子を守れるようになりたいんです!」
イリアの目標が変わった瞬間だった。
誰かを助けられる自分になりたいという漠然とした目標から、タズを守りたいという具体的なものへと変わった瞬間だった。
「お、おいおい。イリア、お前はまだ子供だし女の子だからいきなり剣の修行は無理だぞ。
!? って、お、おい、イリア、その身体いったい何があった!?」
グレンはイリアの突拍子のない発言にやれやれといった感じで無理だと諭そうとするも、イリアの方を注視して驚愕した。
イリアに大量のマナが宿っていることが元勇者のグレンにはすぐにわかったからである。
「なんか良く分からないけど、朝起きたらこうなってたの!だから私も修行についていけるわ!
それにこうなった以上、私が狙われるリスクだってあるでしょ、私も自分を守れるようにならないと・・・」
「ん?どういうことじゃ?いきなりで意味不明じゃぞ?」
アスターはイリアとグレンの突然のやりとりに全くついていけずに突っ込んだ。
「おじいちゃん、私、魔法が使えるようになったの!」
―――――――――。
「な、なんじゃとー!?」「ええーーー!?」
アスターとタズがイリアの発言に驚いて大声をあげた。
「といっても、まだ火魔法しか使えないけどね」
イリアはそう言いながら指先に小さな炎を灯らせた。




