力の解放
「イリア姉ちゃんっ!」
「うぐぅ・・・タ、タ・・・ズ・・・ご・・・ごめ・・・んなさい・・・」
急展開とはいえ、油断して捕まってしまったイリアは、突き付けられたナイフに震えて涙を流しながら口を塞がれ、くぐもった声でタズに謝った。
「ウィル、こうなったら2人とも殺るしかない。見られた以上、証拠は残せねぇ」
「そうだな」
そう示し合わせてウィルとトマスはこの場で2人を殺すことを決意した。
そして、それを聞いたイリアは絶望した。
「おい、そこのガキ、この女が殺されたくなかったらそこを動くなよ」
それでもさっき、2人を制したタズなら、そう思った矢先、慌ててイリアに駆け寄ろうとするタズを、ウィルとトマスがイリアにナイフを突き付けて制止した。
力量差があるとはいえ、人質を取られればタズも動けない。
「ど、どうして・・・こんなこと・・・するの?」
「そんなのお前らが気に入らないからに決まってんだろ」
タズは突然の事態に理解できないといった様子で、背中の痛みを堪えながらトマスに話しかけるも、かえってきた返答は、タズからするとこのような暴挙に及ぶ理由になるとは思えないわけのわからないものだった。
しかし、タズはそれに動揺することなくだんだん冷静になっていき、なすべきことを理解した。
(イリア姉ちゃんを絶対に助けるっ!)
タズからすると姉を失うこと、目の前で大切な誰かを失うことは二度とあってはならないことである。
自分の命に代えてもイリアを守る。今のタズにはそれしか頭になかった。
―――タズはひそかに風魔法を唱えて自身を加速させる準備をする。
魔法の発動をバレないようにするためには大きな魔法は使えないが、初速をもらう程度の風魔法であれば察せられることなく詠唱可能である。
タズは詠唱を終えると、予想外の驚くべき速さでイリアに向かって駆け出し、イリアにタックルするような形でウィルからイリアを奪取した。
そして、イリアを奪取した瞬間、魔法の効力が切れてバランスを崩して転倒し、イリアを庇うべく身体を横に回転させ、イリアを抱きしめたまま背中から着地し、一回バウンドすると、さらに身体を横に回転させ、イリアに覆いかぶさるように、かつ、イリアの身体を腕で庇いながら地面に四つん這いになるようにして腕から転倒した。
タズは最初の一撃で背中を深く切り裂かれて重傷を負っていた上、イリアを庇って無理な姿勢で背中から地面に転倒するなどしたため、全身に激痛が走り「痛っ!」と、悲鳴をあげた。
「タ、タズ!大丈夫っ!?」
イリアはピンチから救出されるも、背中からじんじんと出血しているタズを見て命の危険を感じ、激しく動揺した。
「こ、このガキ!動くなっつってんだろ!」
一方、いきなりイリアを奪取されたトマスとウィルも、タズが痛みに悶絶しているその隙を見逃さなかった。
タズとイリアが倒れているところまですぐに駆け寄ると、タズに向かってナイフを振り下ろした。
対して、タズもとっさに起き上がろうとするイリアを後方下に押し倒しつつ、上を振り向いて襲い掛かる2つのナイフを腕をクロスしてガードする。
タズの両腕が深く切り刻まれ、イリアのお腹の上にタズが倒れ込んでくる。
「痛っぅううううううう!!!!!」
「キャーーーーーー!タ、タズーーーーー!だ、誰かーーーーー!」
自分を庇いながらさらに両腕を出血させ、自分のお腹の上で悶絶するタズを見てイリアは悲鳴を上げ、助けを呼んだ。
「こ、この女!黙りやがれ!」
タズが痛みに悶絶している間、トマスとウィルは今度はイリアの方に向かってナイフを突き刺そうとする。
それを見たタズは、痛みを堪えてイリアを守るべく、イリアの方を向くと、イリアを抱きしめてイリアを庇った。
イリアの目には、タズの身体越しに2本のナイフがタズの背中に今まさに突き刺さろうとしている様子が映っていた。
絶体絶命としか言いようがないこの瞬間、イリアは何もできず、祈るしかなかった。
(お願い、誰か助けて・・・)
だが、タズにナイフが突き刺さるまでのコンマ何秒かの間に助けが来てももう遅い――。
一方、タズは、両腕が切り刻まれて身体が思うように動かず、イリアを庇うしかないその絶体絶命な状況で、他人に見られてでも最後の手段を使うべきかの選択に迫られていた。
そうして、タズは一瞬考えたのち、イリアを守るためには死ぬわけにはいかないし、力を出し惜しみしている場合でもないと感じ、最後の手段を使うことを選択した。
タズが胸元のペンダントに向かって祈りを捧げはじめる―――。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
タズは、王都に来るまで間に、ペンダントの中にもう一人の自分ともいうべき存在がいることに気が付いた。
王都に向かう森の中で、ある日、もう一人の自分――あの日、村で魔族たちを一瞬で殲滅させた人物――がペンダントの中にいて、自分に命の危険が迫ると、「代わろうか?」と語り掛けてくることを知った。
そう、タズは村から王都に来るまでの間、再び森の中で魔族と遭遇し、絶体絶命の状況になったとき、そのとき村で自分を救ってくれたもう一人の自分と出会っていたのである。
そして、今この瞬間、
タズは、自力ではこの状況を覆せない自分の無力さを悔いながら、ペンダントの中のもう一人の自分に交代を申し出る―――。
すると、その瞬間、タズの身体に変化――その小さな身体に膨大な量の魔力が集まっていく―――。
――――――――――――。
が、その前に、タズらの真上から、タズとトマスらとの間に、いつの間にか一人の男が降り立っていた。
その男は現れたかと思ったらまさに一瞬・・・
目に見えない速さでトマスらのナイフを奪い取るとともに一撃を入れて気絶させた。
タズは頭上に何者かが現れたのに気が付いて振り返ると、いつの間にかトマスたちが沈んでおり、自身の身体の変化、もう一人の自分との交代を急停止させた―――。
「だ、誰?」
タズは恐る恐るいきなり真上に現れたその男に声を掛ける。
一方、タズの下からこの一部始終を見ていたイリアは、もうダメだと思ったその瞬間に救いが現れるというあまりの出来事に感極まっていた。
人間業ではない超速で、誰もが絶体絶命としか言えないその状況をあっさりと覆し、あっという間に暴漢を黙らせることのできる人物―――そんな人物はこの王都、否、魔法の存在しないこの世界にはたった一人しか存在しない。
地上最強の男―――
「グ、グレン様っ!!」
イリアは祈りが通じたことに感極まり過ぎ、思わずタズを押しのけてその男に駆け寄って抱き着きながらそう叫んだ。
「よぉイリア。ちょっと見ない間に大きくなったなぁ。いや小さくなったか?」
ハハハと笑いながら抱き着いてきたイリアの頭を撫でるその男―――
濃い金色の髪をしたその好青年こそ、伝説の勇者だった男―今は生ける伝説―地上最強の男、剣王グレンである。
「もうっ!大きくなってますよぉ!
でも、ありがとうございます!きっと助けてくださるって信じていました!」
イリアは顔を真っ赤にしながらグレンから離れ、感謝の言葉を述べる。
「こ、この人がグレン様なの!?」
タズは驚愕して、立ち上がろうとするも傷が深く、思うように立ち上がれない。
「タ、タズ!ごめんなさい!早く手当をしないとっ!」
イリアはグレンの登場ですっかり忘れていたが、タズが重症であったことを思い出し、てきぱきと治療道具を鞄から取り出してタズに止血を施す。
「イ、イリア姉ちゃんすごいね。魔法みたい」
「私はね、力はないけど、こうやって人を助ける仕事がしたいの。だから見習い騎士とか医者とかになりたいの。
医術や薬学の勉強もしてるのよ」
イリアはあっという間にタズに簡易な止血処置を施し、タズを病院に連れて行こうとする。
「グレン様、この子を病院に運ぶのを手伝ってくださいませんか?」
しかし、タズはそう言うイリアを制止した。
「ううん、イリア姉ちゃん、大丈夫。この人グレン様なんだよね。だから大丈夫。
グレン様、今から見るものは絶対に内緒にしてください」
タズはそう言って、自分に治癒魔法を唱える。
タズは治癒魔法がかなり不得意であったが、最低限流れた血を回復させるくらいのことはできる。魔法をかけ終わるとタズの顔色が次第に良くなっていく。
「タ、タズ、あなたやっぱり魔法が使えたのね。」
イリアはタズの魔法に驚愕したが、同時に色々と納得できるところもあった。
「うん。でも、内緒にしていないとまた魔族に襲われちゃうから・・・。黙っててごめんなさい」
一方、グレンも、魔法がなくなったこの世界で小さな子供が魔法を使う様子に驚きつつ、その様子を感心したように見ていた。
「大した坊主だな。良いだろう。このことは内緒にしてやる。ただし、詳しい事情を聞かせてもらうぞ。詳しいことは俺の家で聞こうじゃないか」
「えっ!グレン様のお家に行っていいの!?」
「ああ、いいぞ。というか聞いてないのか?」
そういってグレンがイリアの方をみると、イリアはバレてしまったかという顔をした。
「ご、ごめん、タズ。言ってなかったけど、グレン様のお家って・・・
――うちのことなの。グレン様は、私の遠い遠い叔父様に当たるわ」
「ええっーーーーーー!?」
タズは声をあげて驚いた。




