はじめての対人戦
「タズ,こっちの小道に入った方が早く着けるわ。騎士になるんだったらこういう近道もきちんと覚えてね」
「うん!わかった!まだ慣れないけど,森に比べたらそこまで複雑じゃないからなんとか覚えられると思う」
タズはそう言うが,複雑な王都の地理を覚えるのは,本来,数年暮らしていても難しい難題である。
しかし,タズは元々賢いことに加えて姉から様々な英才教育を受けていたため,物覚えが異常に良かった。
買い物の仕方も姉から前に話で聞いたことがあったというだけですんなりとできているような状態である。
「そうね,目印のわかりにくい森に比べたらまだわかりやすいかもしれないわね。タズは道とか場所とか覚えるの早いし本当に優秀ね!この調子なら座学の方は何とかなるかもしれないわ」
誰もいない細い路地でそんなやりとりをしながら楽しそうに話すタズたちに対して,こっそりとつけていたウィルとトマスの2人組は、辺りに誰もいないのを見計らって後ろから声をかけた。
「おいおい,お前らここをどこだと思ってんだ?」
「ここは俺らの遊び場だぜ。許可なく入ってんじゃねーよ」
イリアは背後から声をかけてきた2人を見てギョッとした。
「あ,あなたたち,いつも教会で悪さするスラム街の2人組じゃない。あなたたちいつもうちの炊き出しの世話になってるくせによくも私にそんなこと言えたわね」
「そっちこそ口だけは達者な奴だな。弱虫のくせにお前みたいなのが王宮騎士の見習い騎士試験に出たんじゃ見習い騎士試験のレベルが下がっちまうだろ。辞退しろよ」
「な,なによ,誰が出ようと勝手でしょ!だいたいそれならあなたたちみたいな不良が受ける方がよっぽど下がるわ。今からでも遅くないからあなたたちこそ出願辞退しなさい」
「ほぉ。良い度胸じゃん。なんなら,ここで勝負して負けた方が出願辞退する。それでどうだ?」
「・・・いいわ。
タズ,危ないから下がってなさい」
二人の言葉から彼らに王宮前から付けられてたことを察したイリアは、見られていた恥ずかしさもあって売り言葉に買い言葉でつい喧嘩を買ってしまった。
それでももしイリア一人だったらとっくに逃げ出すか助けを呼ぶかしていただろうが、守るべき弟的存在と一緒に行動し、お姉ちゃんして調子に乗っていたのも影響していた。
もっとも、この時,ここにいる他の誰も気付いていないことだったが,3m超ある巨体のオークキングの拘束からすらも逃れることができるタズは,実はこの時点で既に成人部門の王宮騎士に余裕で入隊できるだけの実力を持っていた。
その上,タズは魔法も使えるため,タズの本来の実力からすると,この(広大なオストルン大陸の人口の大部分を占める)王都でもタズに勝てる者はごくごくわずかしかいない。
幼い子供のタズがもし見習い騎士試験を受けてその実力を発揮したならむしろ見習い騎士試験のレベルは大暴騰だろう。
そんな相手とはつゆ知らず喧嘩をふっかけてしまったウィルとトマスにとってこの喧嘩は、自業自得ではあったが、人生最後の見習い騎士試験辞退確定の人生最大の不運な出来事としか言いようがなかった。
「ううん。大丈夫だよ。この人たちイリア姉ちゃんに悪さする人たちなんでしょ?ボクがなんとかしようか?」
タズ自身もこれまで魔族と戦いながら王都に来た経験から、相手の力量をある程度図ることができ,タズ1人でウィルとトマスの2人ともなんとかできることを察していた。
そして、そんなこと言い出す生意気な小僧にウィルは完全に頭に血が上っていた。
「なんだこのガキ。いい気になりやがって!喰らえや!」
ウィルは大きく振りかぶってタズに向かって突きを繰り出した。
が,その拳はタズに当たることなく、あっさりとタズの右手に手首をつかまれて制止した。
「お,おい。離せっ!」
ウィルは全力で振りほどこうとするも,タズはビクともしない。
ウィルはとうとう手首を捻りあげられた上に地面へと倒された。
「アハハ!なにやってんだよ。そんなガキに手こずんなよ」
トマスがウィルの情けない姿を笑いながら,タズに対して蹴りを繰り出した。
が,その蹴りもタズに当たることはなく,その足首を左手であっさりとつかまれると,ひっくり返った。
「クソッ!離せ!」
トマスはもうじたばたするが,ひっくり返されてしまっては抵抗も無駄でしかなかった。
「これに懲りたらもうイリア姉ちゃんにちょっかいかけたらダメだからね!」
タズはそういって手を放してトマスを解放した。
・・・・・・・・・・・・・・・
トマスとウィルは驚愕した。
この瞬間、ただちょっとちょっかいをかけて脅してやろうと思っていただけの子供が、殺してでも試験から排除すべき危険人物へと変わったのである。
他方,タズは2人を問題なく倒すことができ、実力差を示すことができたことから、もう2人は襲って来ないだろうと思っていた。
タズはこれまで魔族と戦ったことはあったが,人間と戦ったことはない。
その上、人間からは優しくされたことしかなかったため,人間の醜い部分を知らず,他の人間がこんなことで自分を殺そうとするなどと考えることは全く頭になかった。
むしろ、姉に自分が躾けられてきた経験から,きちんと叱りつければ,相手は納得して謝ってくれると思っていたのである。
タズがそんな甘いことを考えて油断したのも,これまでのタズの短い人生経験からするとやむを得ないだろう。
「ああ,悪かったよ」
そう謝りながら立ち上がるトマスにタズは安心していた。
「それじゃあボクたちもう行くね」
そういってトマスたちに背中を向けて歩き出そうとするタズ。
イリアは一連の出来事に唖然として注意がおろそかになっていたところ,タズが背中を向けたその瞬間、ウィルは、背後から隙だらけのイリアの口を塞ぎ,胸に隠し持っていたナイフをイリアの首元に突き付けて、「動くな」と言った。
そして,それと同時にトマスもタズの背後に忍び寄り,懐から取り出したナイフでもってその背中を思いっきり突き刺して深く切り裂いたのである。
タズは突然刃物で背中を切り裂かれて,「ギャー」と叫び声をあげて一体何が起こったのかと痛みを堪えながら振り返った。
――すると、そこには首元にナイフを突き付けられ,涙しながら口を塞がれて拘束されるイリアが目に入った。




