#26「王国の全力を挙げて奪還しますわ」
「よし、通路の先を確認だけして、修理に戻ろう」
「かしこまりましたわ」
ファルフナーズが頭を撫でながら応じる。
「殴られまくった所、痛いの?」
「いえ、痛みどころか衝撃すらもありませんでしたわ……でも頭皮が心配で」
「スライムに飲まれても大丈夫だったんだし、心配し過ぎだよ」
「ふふっ、そうですわね。マサト様の頭皮でもあるまいし」
「……」
「……大変な失言でしたわ」
膝から崩れ落ちて床に手を着いてうなだれた。
立ち上がる気力も無くなった……
「マサト様! 申し訳ありませんですわ。どうかお立ちになってくださいまし」
「あ、ああ……大丈夫さ。まだ、まだ俺はやれる。やれるんだ」
多くの毛根が去った後の虚しさよ。
だが行かねばならぬ。
華麗なるニート人生を迎えるために。
おやつも食べたくなってきたし。
…
先ほどの鉄像があったのは入り口から100mほどの場所だ。
そこから更に100mほど歩くと、T字路に差し掛かった。
「さて、右か左か」
「どちらもまた遠くに剣を構えた鉄の像が見えますわ」
「なるほどなー 第1階層はモンスターのみ、第2階層はトラップが追加、そして第3階層は迷宮が追加か」
『いよいよダンジョンと呼ぶに相応しくなってきたのである』
「紙とペンと定規あたりを持ってこよう」
「流石マサト様ですわ」
方眼紙も買っておこうかな?
…
「ただいまーっと」
『無事戻ったのである』
「確かに! これ初の生還だ!」
「毎回全滅でしたものね……」
君が全滅させてるんだけどね?
「では、生還お祝いと言う事でガチャを……」
「回しません」
「えー、ですわ! 先ほどは散々な目に合わされましたのに!」
「あれは自業自得だと思うのだが」
「そんなあ! マサト様には思いやりの心は無いのでございますか!」
「あるけど、毛根と引き換えにする程のもんじゃあ……」
「……とおー! ですわ!」
「あああ!」
後頭部に走る鋭い刺激!
思わず仰け反って抑えるも何の意味も成さない。
ドゥルルル デデドン!
『アンコモン』
またも巻物、一枚ひらり
「くうぅ……許可してないガチャを回すなよなー!」
「心の衝動を抑えきれないのでございますわ」
くそー
ガチャを勝手に回させないための対策が必要だ。
早急にだ。
『主よ。気を落とすな。薄くなったら髷を結えば良いのだ』
「ないわー 現代で髷とかないわー そもそも後頭部が禿げてきてるんだから髷も何も無い」
「ではハズレでしたのでもう一度……」
「待て、待て待て。その理屈はおかしい」
「でもでも、回したいのですわー」
「ははは、プリンセス。その代金は俺の毛根なのだよ」
上目遣いで可愛くねだっても駄目駄目。
残念かな。 俺はセクシー派寄りなのだ。
「さて、おやつでも食べて今日は終わりにしよう。金属バットさんを修理してくれる所をネットで探さないとな」
「ぶー、ですわ。後で絶対もう一度回させて頂きますわ」
ほっ、ガチャよりおやつの方が興味が勝ったみたいだ。
子供か。
ちょっとお姫様らしさが抜けてきたな。
我が家、あるいは俺に順応してきたせいだろうか。
「まあまあ、冷蔵庫にプリンがある。それでも食べて気分を変えよう」
「プリン、とはどんな食べ物でございましょう?」
「あれ、トリ何とか王国にプリンは無いのか。牛乳と卵黄と砂糖でカスタードのお菓子なんだけど」
「水牛や山羊の乳はございますが、ウシというのは……」
「なるほど。牛や鶏の家畜化と品種改良が遅い世界なのか」
「大変興味深い話ですわ」
牛が? プリンが?
…
皿に盛られたプリンを持ち上げてファルフナーズが見つめている。
「これがプリンでございますか」
「うむ、その小さいスプーンですくって食べるのだ。柔らかくて滑りやすいから気をつけるんだぞ」
「つるつるして何だかとても楽しくなってきましたわ」
「口に含んでそのつるつる、ふわふわの感触を味わうのだ」
「んんっ! ひょれはふりゅふりゅとふひふひへー」
「お姫様、はしたないですよ。食べてからしゃべれー」
ファルフナーズは頬を抑えてにこやかな表情になっている。
凄いなプリン。
異世界のお姫様がご満悦だ。
目がキラッキラに輝いてる。
突破ボーナスの天使みたいに目からビームでも出すんじゃないだろうか。
「これまでに無い美味でしたわ!」
「そうだろ、そうだろー」
「つるんと口に入ったかと思うと蕩けて、ふわっふわなのに濃厚な甘味とコクが押し寄せてくるのですわ!」
「大体そんな感じだ」
グルメ表現にさっぱり知識が無い俺はコクとか言われても分からん。
ご満悦ならそれで良し。
「特にこの上にかかった黒いソース! 香ばしさと更に強い甘味が――」
え、まだ続くの!? 長くない?
何だか良く分からない例えを交えて絶賛しまくっている。
妙なる? 天上にたなびく?? 馥郁???
何それ、本当に日本語?
ファルフナーズの地元語じゃないのかな。
「ともかく食え食え。ぬるくなると味が落ちるぞ」
「はい! こんな豪華で素晴らしいデザートをありがとうございます、マサト様!」
特売98円です。
どこの世界でも若い女性は甘い物に目が無いのかね。
思えばファルフナーズが来てからこっち、おやつらしき物を食べてなかった。
そりゃ痩せもするか。
「じゃあ明日は金属バットさんの修理ついでに、おやつを買い足すとしようか」
「大賛成ですわ! むしろこれから参りましょう」
「ははは、そこまで気に入ったのか。まあ明日まで待て待て」
「楽しみでたまりませんわ」
まあそこのコンビニまで歩いて10分だけどな。
元ニートは無駄な外出を好まない。
「ところでマサト様、その残った1つは……」
ちっ、気付かれた。
そうだ。 プリンは3つで1セットと相場が決まっている。
「良く聞けファルフナーズ。いいか? 俺は主でお前はメイドだ」
「ずるいですわ! 私ももっと頂きたいのですのに!」
1つの約束されし黄金丘をめぐって、聖なる戦争が始まった。
「だめー。これは俺が買ったヤツだもんねー。悔しかったら自分で買うのだ」
「せめて半分ずつにして頂きたいですわ」
「おっ? このメイド、主人の食べ物を奪うつもりかー」
「トリピュロン王国の全力を挙げて奪還しますわ」
「プリン1つに戦争も辞さぬとは……!」
「乙女の執念は国をも動かしてみせますわ」
「謀反じゃー! ものども出合え出合え」
「既に金属バットさん様は私が確保いたしましたわ!」
テーブルの足に立てかけてあった金属バットさんを胸に抱いている。
美少女姫の胸に押し当てられてられるとは、うらやましい。
いや、そうじゃない。
「くっ! 人質、いやバット質とは卑怯な」
「政事を成す者は綺麗ごとだけでは国を維持できないのです」
『割とどうでも良いのだが』
「一丁前に政治を語るか! 出家して姫巫女になる小娘がー」
「悪しからずですわ。 姫巫女になっても出家の必要は無いのです」
「何だと…!? 宗教と権力の癒着が堂々と行われているなんて許されるはずが無い!」
「トリピュロン王国ではそれが当たり前ですわー」
「くっ、俺が王国に行った暁には政教分離を訴えてやるからな!」
「その隙に頂きます! ですわ」
しまった。
訳の分からない扇動演説に夢中になってしまった。
「お、俺のプリン~」
「兵法は拙速を尊ぶのですわ」
「畜生、ヘイホーだかヒーホーだか知らんが、難しい言葉使いやがって。」
「ごめんあそばせですわ~ うふふっ」
ファルフナーズも訳の分からない言葉で誤魔化しつつプリンを頬張る。
ま、これでいいんだ。
目的はガチャから気を逸らせる事だったからな。
98円の3分の2のお値段で、俺の毛根達300本の命が救われたのだ。
俺の勝ちぃ!
毛根は生やすより抜けるのを防げ。
ファルフナーズの弱点は掴んだ。
ガチャを回されそうになったら、カウンターで甘い物だ。
ふっくらプリンセスにして帰還させてやる。
受け取り拒否されたらどうしよう?




