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#2「遥かなるトイレ路」

約束の地、トイレ

 いかん、いかんぞ。


 考えたらいよいよ催して来た。

 何がって、もちろんトイレだよ。

 WCだよ。 厠だよ。 お手洗いだよ!


 こういうのって、意識すると余計に行きたくなるよな。


「ファルフナーズさん、実は緊急事態で……」

「どうされましたか、マサト様!?」


「トイレいきたい」

「まあっ!」


 馬鹿にされるか、呆れられるかと思ったがファルフナーズは口に手を当て、驚愕きょうがくの表情だ。


「それはいけませんわ。ささ、すぐにおトイレへ」

「ああ、だから済まないが、ここの扉を開けてくれる?」


 ファルフナーズはすぐさま扉に駆け寄って開けてくれる。

 ヒキニートである俺の聖域を守る扉は内側からいともたやすく開けられた。


 当たり前だけどね。


「気が付きませんで、申し訳ありません。これからマサト様のメイドとしてお仕えさせて頂くのに」


 頭を下げて詫びてくる。

 全身からあふれる天真爛漫てんしんらんまんさ、まごう事なきお姫様だ。


 思わず見とれてしまった。

 こんな美少女で、しかも姫様が俺にメイドとして仕えたいと言って来るとはなあ。


 って、まずい!

 それはともかく堤防が決壊寸前だ!

 廊下の突き当たり、トイレまでダッシュ!


 ドタドタ


 いざ安らぎの地、トイレへ。

 おいでませ安息エリア。

 間に合って良かった~


 ガチャッ


「ガオオォン!」

「うわああぁ!」


 バタン!


「ファルフナーズ! ファルフナーズー!」

「はーい、どうされましたかマサト様」


「トイレッ! トイレから頭が3つもある巨大な黒犬が!」

「まあ、物騒なトイレなのですね。マサトさまのお屋敷は」


「違う! トイレの扉がダンジョンに!」

「そうでしたわ。今お開けいたしますね。こちらでよろしいのですか?」


 何てこった……!

 今の俺はトイレの扉ひとつ、自分で開ける事が出来ないのか。

 部屋の扉だけじゃなくドアノブが付いてる物は全て駄目なようだ。

 これは障子やふすまもきっとアウトだろうな。


 見ろよ、この光景を。

 絶世の美少女だぞ。


 お姫様がトイレの扉を開けてくれて、笑顔でさあどうぞと手で指し示してくれているぞ。

 これぞ、夢にまで見……る、ものか。

 こんな光景!


「それでファルフナーズ、あのな」

「はい?」


「狭い。トイレの中まで一緒に来なくていい」

「まあ、失礼致しました。でもそれでは御済みになった後に再び扉を開ける事が……」


「声かけるから。声かけたら外から開けてくれればいいから」

「なるほど、でございますわ」


 ファルフナーズは手をポンと打ち鳴らした。

 天然か。


 しかし、今は小のほうだからまだ良いが――


 大はどうしよう。


 トイレの外で待ってる美少女に、俺の特盛子孫が爆誕するサウンドを総天然で聞かせねばならぬのか。

 悪夢だ。

 あんな穢れも知らないようなお嬢様に、俺の最低最悪のノイズを聞かせろと。


 神様とやらは何と過酷な運命を俺と彼女に背負わせたのか。


 そんな馬鹿げた言葉を頭の中で、本気で考えつつピンクのタオル地に包まれた便座カバーを上げた。


「ゴアアアッ!」


 パタンッ


「ファルフナァーズッ!」



「ちゃんとおりますよー」

「ちっがーう! 夜中に怖くてトイレに着いて来て貰った子供じゃない! 便座! 便座が!」


「便座がどうかなさったのですか?」

「便座カバーを開けたら八つ叉の大蛇が!」


「ははあ、聞いたことがございます。ヒュドラと呼ばれるモンスターですわ」

「言いたいのはそこじゃない。便座カバーを開けたらダンジョンだったんだよ!」


 トイレの中に入って来たファルフナーズは、まあ、と口に手を当てて驚いていた。

 ビックリしたのは俺の方だよ! あと一歩遅かったら、俺の股間が蛇のエサだよ!


「とほほ。扉だけじゃなく、フタの類も開けられないのか……」

「私と出会ってしまったばかりに。本当に申し訳ありません」


 白いドレスのお姫様に便座カバーを開けてもらう。

 そんなシュールな光景を眺めて途方に暮れかけた。


「では、私は外で……」と、会釈して退出するファルフナーズの背中を見送って、大きく溜息をひとつ。


 やっとこれで安心して用を足せる。

 やれやれだよ、とひとりごちながらズボンのファスナーを降ろした。


「キシャアアア!」


 シュッ!


「ふぁ、ファルフナーズさぁ~ん!」


 もう半泣き。

 一体どうなっちゃったの、俺。


「どうされましたか、マサト様? お一人でのトイレは未経験でしたか?」

「そんなお姫様じゃあるまいし……うん、でもまあ似たようなものか……俺の股間から金のオットセイがね」


「まあ! 幸運を呼ぶと言われるゴールデン・シールでございますね」


 へえ、そうなんだーと涙声で応じつつ無理矢理笑顔を作った。

 股間からオットセイとかシャレにもならない。


 ファスナーの説明をして開けて貰う。


 常識的に考えればこんな美少女にファスナーを下げてもらうなんて、嬉しいご褒美イベントのはずだ。

 だが俺はと言えば、もうどうにでもしてくれという気分で涙目になっていたので股間はピクリとも反応しなかった。

 煩悩どころの話じゃない。


 自前のオットセイも寒さに縮こまっております。


 顔を赤らめてファルフナーズがつぶやいている。


「ま、まさか殿方のアソコがあんな事になっていただなんて……」





「とにかく、もう分かった。理解した。俺は変な呪いにかかっていて、君の頼みを聞くしか元に戻る方法が無いんだな?」

「おおよそのところ、その通りでございますわ」


 今の俺はファルフナーズの介護

 ──そう、これはもう介護と呼ぶべき事態だ──

 無しにはトイレで小すら出来ないんだって。


 お茶を飲もうとしてペットボトルのキャップを回すと、砂がドバドバと噴出してきた。

 ファルフナーズがそれはサンドマンというモンスターだと解説している。

 うん、全身砂まみれ。


 その光景を無言で見つめて完全に諦めが付き、覚悟ができあがった。


 ファルフナーズの願いを断ったら最後、俺は文字通り部屋から一歩も出られなくなってしまう。

 ヒキニートらしい、どころかトイレにも行けない水も飲めないでは、三日でこっちがミイラのモンスターだ。


「だからファルフナーズが俺にメイドとして仕える必要があるわけだ」

「はい、そして私自身はダンジョンへの扉を開く事も、直接戦う力もありません。マサト様にお仕えさせて頂き、導いて頂く他ないのでございます」

 

 なるほど、持ちつ持たれつという形になるのか。

 布団に逃げ込んで現実逃避したいが、多分布団をめくったらそこもダンジョンに違いない。


 好むと好まざるとに関わらず、生きるためにはダンジョンを探索するしかなくなってしまったようだ。


「……じゃあ、もう一度詳しい話を聞こうか。今度は本気で」

「はい、精一杯仕えさせて頂きたく存じます」


 暖めたコンビニ弁当のフタを開けた途端、ダンジョンに飲み込まれていく。

 その光景を唖然と見つめながら、俺はファルフナーズに話しかけた。



 俺をこんな体にしたのが、神様だか神官だか知らないが……


 絶対に会ってぶっ飛ばしてやる!

トイレ、ひとりで出来ませんでした

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