オル
無駄に言葉の端々に英語をくっつけたがる国王の話をまとめると、こうだ。
今この場にいる人間は、未練タラタラなまま死んだ人間がほとんどらしい。中には、死ねるほどの未練を持っていた奴なんかもいるらしい。つまりこういうやつは死んではいない。
人数は321人。それぞれに採用番号が与えられているらしく、俺の採用番号は3321番。たぶん、千の位の3は、第三回勇者召喚式の3で、後の3つは何番目かを表している。となると、俺の番号は一番最後というわけだ。
俺たちに与えられた職業は勇者。これは、人間の為になることをすすんで行う職業のようだ。子守から魔物退治まで、いろいろあるらしい。勇者というのは便宜上の名前で、基本的にフリーらしい。
行った行為はそれぞれ記録され、その行為の度合いによって、定期的に給料が振り込まれるそうだ。つまり、完全実力主義ということになる。
以上が、国王が話したことの要約だ。あのわけのわからない喋り方をここまで簡潔に要約できる自分の才能が怖くなるくらい、あの国王の喋り方はわけがわからない。
今国王は席をはずしている。どうやら勇者には、それぞれ違った能力が付与されるらしく、その準備をしているらしい。321通りの能力の中から、各々が一つ。これはなんというか、ワクワクする。この力によって、今後の給料が大きく変わってくるのだから。
「あなた?名前は?」
急に女性に話しかけられた。普通のおばさんだな。こんな人まで未練タラタラなんだな。
「あ、竜崎勇大です」
「あなたみたいな若い子がね~。一体どんな未練が?」
「えっとまあ…死に方が自転車に轢かれるっていう…最期でして」
「あら~物騒ね…」
マジで普通のおばさんだな。こんな人が勇者とは…ちょっと面白いかもしれない。だがまあ、あくまで勇者という職業名なだけで、戦闘を強いられるような職業ではない。こんなおばさんでも、やっていけるのだろう。このおばさんの未練は聞かないでおこう。興味もないし。
「俺、魔物討伐しまくって、出世してやる!」
「付与能力ってなんだろうな~」
「子守…子守してよ…」
各々が野望を語っている。出世…なんてシステムがあるのかは知らん。だが話を聞いている限り、どうやら自分が勇者になることを、良きと思っている人間ばかりではなさそうだ。絶望的な顔を浮かべている者もいる。
「さてエブリワン、静粛アンド注目プリーズ!」
もはや何を言っているのか分からない。国王が戻ってきたらしく、たぶん皆からの注目を求めている。国王の背後には、巨大な装置が置かれている。ってかあれ、なんか見たことある。本屋の入り口とかに並んである…。
「こちらは、お前たちが住む世界にあるとある物をモチーフにクリエイトされた装置じゃ!」
「ガチャポンだろ!」
人々が半笑いで国王に突っ込む。まあ確かに。あれは思いっきりガチャポンだ。高さ3メートルの巨大なガチャポン。しかし中に入っているカプセルは、実物大とほぼ同じと見受けられる。たぶん、321個入っているんだろう。
「採用番号順に力を付与しよう。もちろん、ガチャガチャするのは私の役目じゃ!」
ガチャガチャしたいだけだなありゃ。
その後、国王は一人一人に付与能力を与えた。火炎耐性、体力増強、美顔効果、速読能力…本当にいろいろあるが、なんだかショボいものばかりな気がする。そんな中…。
「採用番号3089番!選択可能カプセルだァ!」
なんかオークションみたいなノリになってきた。それにしても選択可能カプセルとは何だろうか。
「これを引くと!リストの中から自分の好きな能力を選ぶことが出来ます!」
広間内がざわつく。なんだそれ、ずるいじゃないか。カプセルを引いたメガネの男は、申し訳なさそうにリストを物色している。
そして、能力付与が始まり15分ほどが経ち、遂に3300番台までやってきた。その時だった。
広間内に鳴り響く突然の轟音。広間内にいた全員がそれに気づき、狼狽える。なんだ?地震?いや、それにしては―――――――
その瞬間、広間の天井の一部が激しい音を立てて崩れ落ちた。人々は悲鳴を上げ、後ずさったり、逃げ回ったりしている。
「国王様をお守りしろ!」
広間の端々にいた兵士のような者たちは剣を抜き、国王を囲んで守ったり、崩れた天井傍に寄ったりしていた。
そして、崩れた天井から何かが顔を覗かせる。それは、人間ではない。遠いからよく分からないが、纏うオーラが悍ましかった。
「貴様、何奴!」
兵士の一人が剣を振り下ろす。しかし、”そいつ”はその剣を躱し、兵士の腹に蹴りを入れる。兵士は声も上げずに端から端に吹き飛び、壁にたたきつけられた。
「魔物か!?」
兵士たちが臨戦態勢に入る。しかし、”そいつ”は物凄いスピードで移動し、あっという間に柱の中にいる国王の背後に立った。
「!?」
「いつの間に…」
『まあ待てよ。オレ様は何もしない』
”そいつ”が口を開くと、兵士たちは剣を振り下ろす腕を止めた。広間内に静寂が訪れる。そいつは不敵な笑みを浮かべる。黒より黒いような髪に、手足もあり、羽も生えている。体長は2メートルは優に超えてそうな程で、不気味な目つきをしている。
次の瞬間、付与能力カプセルの入ったガチャポン装置を、右足で蹴り壊した。そして、中に入っているカプセルを手に取り、それを一個一個、口の中に入れ、噛み砕いた。
おいおい…俺まだ付与能力もらってないんですけど…。
「貴様!国王から離れろ!」
『オレ様は何もしないって言ってるだろ?』
いや、してますけどね。
そのとき、”そいつ”は柱から飛び降り、広間の地面に向かって何かを吐き出した。魔法弾のようなものだ。それにより、広間の床は崩れ落ち、人々は皆逃げ出そうと走り出した。
一気に混乱状態に陥る中、”そいつ”は俺の背後に移動した。
『お前…だな』
「なんだお前――――――」
俺は”そいつ”に胸倉をつかまれ、そのまま扉から広間の外に連れ出された。広間半壊による土煙の中を、ものすごいスピードで引っ張られる。待ってくれ、俺は乗り物酔いしやすいタイプなんだ…。
そして、そのまま俺は城の最上階に連れて行かれた。玉座の間だ。今はだれもいない。というかここは、やっぱり城の中だった。
『ここなら暫く誰も来ねえだろ』
そいつは俺を放し、手をパンパンと払った。俺はその場から起き上がれなかった。何が起きたかわからない。こいつは俺に何をする気だ?
「お前…なんだよ」
『オレ様は見ての通り魔物だよ。てめえら人間が大嫌いな…ケッケッケ』
不気味な笑みと笑い声だ。
「何のために俺を…」
『意外と冷静だなてめえ。人間って奴は、もっと取り乱すはずなんだがな』
こいつ…俺を褒めているのか?ってか―――――
「オロロロロ!」
猛スピードで引っ張られたせいで、思わずゲボを吐いてしまった。魔物は露骨にいやそうな目で俺を見る。
「お前が引っ張るからだろ!」
『てめえ…誰にため口聞いてんだ?』
魔物はゆっくりと俺の前に近づき、そして気付いた時には俺の背後にいた。魔物は俺の顔に顔を近づけ、不敵な笑みを浮かべる。
『これからオレ様は…てめえの上司になるんだぜ?』
「上司…?」
魔物は俺から顔を離す。
『てめぇは別の世界でクソみてえな人生を送って、クソみてえな未練を残して、クソみてえな死に方をした。だからここに召喚された。20年以上前からある、人間に伝えられたクソみてえな習わしだ。ケッケッケ』
習わし…か。まあ第三回というくらいだし、過去に二回やっていることくらいは予想がつく。それにしてもこいつ、口が悪いな。
『てめぇらは新しく”勇者”という職業をもらった。クソみてえな職業だが、まあそんなことはオレ様には関係ない。オレ様はてめえに頼みたいことがある』
「頼みたいこと?」
『ああ。てめえには、魔王殺しと勇者殺しをしてもらう』
うわぁ、よりによって殺しの依頼かよ。魔王はともかく、勇者殺しって…。
「マジで言ってんの?」
『敬語』
「本当におっしゃっているのでしょうか?」
殺されそうなので今はとにかく従っておこう。
『マジだ。この世界には力を持った四体の魔王がいる。それを全員殺してもらう。後は勇者。オレ様はとある勇者をぶっ殺したくて仕方がねえんだ。だがわけあってオレ様一人では無理だ。だからてめえに殺してもらう』
ん?待てよ?この言い方からだと、こいつは俺の力を借りなければ自分の目的を達成できないということか。
「…それが人にものを頼む態度か?」
『…てめえ、殺され――――――』
「協力してやってもいいが条件がある」
魔物は頬のあたりの筋肉をピクつかせる。相当イライラしているようだ。
「俺に敬語を強要するな。あと、俺は好きなようにしたいことをする。もちろん、お前にも協力しながらな」
『いいだろう。だがこっちからは一つ”忠告”をしてやろう』
魔物は指を立て、再び不敵な笑みを浮かべた。
『まず一つ。オレ様は、いつでもてめえを勇者職業リストから抹消することが出来るようになった。今てめえと契約を結んだ』
「勝手に結びやがって…」
『それともう一つ。オレ様はてめえをいつでも殺せる』
物騒だが、嘘ではないだろうな。蹴り一撃で城内配属の兵士を吹き飛ばすほどだ。
いつでも俺のことを無職にできる理由は謎だが、これも嘘ではないだろう。だが、勇者として働きながら、こいつの協力してやれば命は助かる。
『これはオレ様がてめえに与えた”仕事”だ。仕事好きのてめえにはもってこいだろ?』
「…仕事と聞いちゃ猶更断らんぞ俺は」
『オレ様はオル。今日からてめえの上司だ』