近づく戦禍
「前進せよ」
総指揮者である白虎騎士団の団長である、バルダー・グリュンハルツ伯爵の一声の後に騎馬1000、弓2000、歩兵17000、総勢2万の軍が静かに前進を開始した。
バルダー・グリュンハルト伯爵はレオンハルト王子側近筆頭と目され、勇者召喚の際にアルツと呼ばれていたアルツハイン・グリュンハルトの父親である。
もともとは勇敢で知られたグリュンハルト家の当主であるが、
彼自身は決して勇猛な将ではなく、知略にあふれる将でもない。
長年、禁軍内で軍政畑で大きな瑕疵もなく大きな不正もなく地味だが堅実に実務を送ってきた。
彼はすでに60歳を超えた高齢であり、
人生の晩年をすぎてからさずかった長子であるアルツハインが第三王子の遊び相手であること以外では、
軍部でも取り立てての評判もないが悪評もなく目立たない存在であった。
平時ならばまずまず無難に職務を全うして穏やかな老後を迎えられたであろうレベルの人物である、
たまたま、彼の長男であるアルツハインがレオンハルト王子と同年であり、
たまたま、フローリッシュ家よりわずかながら同じ伯爵家ながらもわずかに家格が下であり、
たまたま、フローリッシュ家に連なる者に彼の姪が嫁いだためにレオンハルトの乳母となっており、
たまたま、レオンハルト王子の幼いころからランティス・キシリングとともに遊び相手と指定されていたために現在では文武の側近筆頭扱いとなっている。
たまたま、白虎騎士団の騎士団長が体調不良のため罷免され、その代わりとして彼が白虎騎士団の騎士団長になぜか任命された。
わずかに意図的な偶然のつみかさねで現王権内で彼は実力以上の地位についてしまった。
王国側からすれば、今回公爵側の前線へ投入できるであろう兵力は3000程度と見込んでおり、
2万の兵力を投入すれば木端微塵となるであろうと想定されるため、
親フローリッシュ家であるバルダーに箔をつけさせることにより、
王権譲渡後の布石とする意図がつよい人事であった。
ただ、彼に与えられた食料は通常時の6割程度であり、
速やかにアマデウス領を接収したのちにかの地で食料を供給されなければならないという、
わずかな弱点はあった。
さらに、本来は騎:弓:歩兵は1:2:7程度がこの大陸での部隊配置であるのだが、
こちらも補給的な問題により今回のような編成となったこともわずかに懸念されたが、
御前会議では特に問題とされずに送り出された。
彼は決して志気の高くない農民兵どもをおどし、すかし、時にはなだめながらも、
大きな混乱もなくロードスへ至るグリーンヒル関門をぬけた。
ここから約100kmを超す大森林をぬけると目的とするアマデウス公爵領であるが、
アマデウス公爵家の最大与力勢力である金狼族を主力とするファーレン男爵領を王国が接収しているために、
特に戦闘もなくここまで来ることができた。
ぎゃっぎゃっぎゃっ
蝙蝠のような生物の声が時折森の中で響き渡り。
かすかな蟲の羽根音が兵士たちの耳物で唸りを上げる。
15の時を超えるとロードスの森はあっというま夜の闇に包まれ始めあと1の時ほどで行軍が困難であるため野営の準備がはじめる。
野営とは言っても木々の間でたき火をし農民兵どもは動物の皮を体にくるんで横になる程度の簡単なものである。
そこで、わずかに支給される食事を食べて体を休める。
固い黒パンにほぼ汁だけのスープ。
鉱山で使役される犯罪奴隷とさほど変わらない食事である。
まあ、食事がでるだけでもまだましなのかもしれないが・・・
今年おそった飢饉の為村々ではすでに多くの農奴が命を奪われている。
それだけではなく、口減らしの為に多くの家庭では自らの子供と他の家の子供を交換しているほどのありさまである。
交換後からしばらくだけその家庭では食事をとることができているありさまだ。
そのため、農民兵はおしなべて痩せ細っている。
彼らの思いは
アマデウス公爵家殲滅の後に彼の地よりもたらされる、
大量の食糧をむさぼることが彼ら全般の希望である。
戦後の略奪凌辱について禁じるほどにはまだまだこの大陸のモラルは進んでいない。
もちろん、各級指揮官である貴族たちはそれぞれが豪奢な天幕を持ち込み。
普段の生活とはそれほど変わらないような豪華な食事を摂取する。
白いパン、油のしたたる肉、貴重な牛の乳をつかったシチュー、みずみずしい生野菜・・・
天幕の外とはまったく違った食卓である。
昼間の行軍はさあすがに馬上の為とりつくろってはいるが、
夜陰の中、本来は行軍ではありえない肌色率のたかい女どもをはべらせた貴族が、
痴態を演じながら乱稚気騒ぎをしている。
この大森林をぬけるまではこの2万を超える大軍勢の行軍速度では1週間ほどがかかることが想定される。
敵との交戦もおそらく同じ時間がまだ残っているであろう。
アマデウスの総兵力は1万と目されているが
全軍を前線に持ってくることはできない。
通常ならば外交的手法で前線に兵力の集中をするだろうが、
彼の領の最大の仮想敵は王国軍ではなく外交交渉の余地のまったく存在しない、
魔王領である。
実働兵力の最低でも半数はロードスの森方面とは真逆に配置せざるを得ないのは常識である。
そうなると、王国軍に対する兵力は最大でも5000を超えることはなく、
実際には3~4000程度であろう。
この段階で兵力差は5倍であり、兵法の常識から考えれば、
5倍の兵力に対して野戦を仕掛けてくることは全く考えられない。
少勢であるアマデウス公爵どもはこの大軍にたいして、
城になさけなく籠るくらいしかできないであろうとこの貴族たちの常識で考えていた。
そう、ここは彼らにとっては戦地ではなく、
周りは1万を超える農民どもを中心とした壁でまもられた、
王領や自領と同じ安全地なのだ。
むしろ廻りの目がないために彼らの自制心は飛んでいるくらいだ。
最後までお読みいただきありがとうございました・w・




