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お嬢様、水浴びを覗かれる


「ああ、そうか……マイシャは一人暮らしをしてるの?」


「はい。毎日ここで神様にお祈りを捧げています」


「僧侶ってそういう生き物だもんね……一人、孤独に老いて死んでいくまで祈り続ける運命よね」


「そ、そこまで先の事は……考えてなかったんですが……そう言われると、なんだか寂しい人生ですね……」


(余計な事、言わなきゃ良かった……ご飯がマズくなっちゃった……)


「ま……魔王を倒す頃には、もうちょっと賑やかになってるでしょ? きっと人生も色々変化があるわよ」


「そうだと良いですね……」


 マイシャはそう言いながら、皿の上に転がっている豆をスプーンの先でころころ転がす作業を始めてしまった。


(あーしまった。完全に落ち込んじゃったわ、この子……)


「あ、あのさ……これから、私達ビッグになっていくわけじゃない?」


「ビッグって……大きくなるんですか?」


「ああ……その、だから……有名人になるって言うか、数々の偉業を成し遂げるって言うか……だから一生ここで燻ってないで、明日に向かって頑張りましょうよ!」


「は、はい! かみる様! 私、今、150年ぐらい先の事しか考えてませんでした!」


「150年! あんたどんだけ長生きするつもりなの!」


「でも、私、エルフですから、人間の方に比べると長命ですし」


(あー……そんな設定ってあったなぁ……)


 あくまで家庭用ゲームの設定だが、エルフは美女のまま長生きするという。

 その要素は私にも欲しいと願った事があった――訂正、今でも願ってる。


「まず仲間捜しですね! 定番は町の酒場ですよね!」


「町の酒場? この近くに町があるの?」


「はい、歩いて2時間ほどで王都ハウプトブルクですよ」


「二時間! しかも歩き! もう日が暮れるし夜の山は歩きたくないから明日にしない?」


「そうですか。今から行けばちょうど賑わっている頃だと思いますが」


「女二人で夜道歩くとか危ないよ。それよりお風呂入ろう。私、なんか汗臭くなってきた」


「お風呂って何ですか?」


「まさか、この世界は風呂がないの? 身体はどうやって洗ってるの? 洗わないの?」


「ああ、水浴びでしたら、教会の裏でどうぞ」


「水浴び……修行僧じゃないんだから……」


 とぼそっと言った所で、目の前に居るのは修行僧だった。諦めるしかない。


(温かいお風呂に入って、いい香りの石けんで身体を洗いたいよう……)




 とは言ったものの、教会の裏に流れている小川は、水汲み、水浴びと洗い物をする為にせき止められていて、身体を洗うには丁度良かった。

 汚れてしまった制服も水洗いをし、しわを伸ばして岩の上に広げる。

 水の高さは股間にちょっと届かないぐらいなので、下半身が冷えてしまう事も無かった。


「あー……気持ちいい……こういうのも良いのかもしれない……」


 気温も寒い訳ではなく、水温も冷たすぎず、プールに入っている様な感じだった。

 それでいて水は綺麗なのだから、そう悪い訳でも無い。

 ただし一つだけ……あらゆる方向から丸見えという点を除いては。


「誰だぁ!!! そこで覗いてるエロスケベ野郎はぁ!!」


 手近にあった石(かなり尖ってるやつ)をすかさず握りしめ、木の影に潜む何者かにめがけて投げつける。私は豪腕では無いが、正確に小刀や手裏剣、ダーツを投げる訓練は受けていて、特訓は十分にしていた。ダーツの中心に刺さったダーツに、後から当てる嫌みな事も出来るお嬢、それが私だ。


「す、すいません! 覗いていたワケじゃな……グゴッウオフゥー!!」


「覗きはみんなそう言うの。ちょっと通りすがったからとか、思わず綺麗な人が居たからとか」


「…………」


「あ、当たり所が悪かった? 命中しちゃったみたい? ちょっと血が出すぎてるわよ」


「…………」


 返事はない。どうやら彼は新たなる世界へ旅だってしまった様だ。


「ま、これで一つ悪は滅びたし良しとするか」


「う、うう……マイシャさん……」


「あ、生きてた。しぶとい奴。もう少し大きい岩で最後の一撃を……」


 私は身体を拭く為の布を身体に巻き付け、手頃な破壊力に長けている岩を片手に持つ。

 そして頭から血を流して倒れている青年の所まで、つかつかと歩み寄った。


「最後に何か言い残したい言葉とか、ある?」


「お尻、素敵でした」


「よし、その想い出を胸に抱き、天へと還れ」


「かっかみる様! 彼は怪しい者ではありません! 私の知り合いです!」


 表が騒がしいので様子を見に来たのだろう。マイシャが教会から飛び出して来てそう叫ぶ。そして私が今、まさにトドメをさそうとしている青年を身を呈して庇った。


「そうなの? 入浴中の女を覗き見したら軽犯罪法によって、大人しく死ぬしかないわ」


「そ、そんな法律はありません。レイトは毎日私の水浴びを覗く事だけが楽しみで生きている男の子なんです」


「毎日覗いてたのか!! 今すぐトドメをさすべきだ!」


 私は持っていた鈍器で目の前の悪にトドメをさした。しかしまだ生きていたので、もう一度確実にトドメをした。そして悪は滅びた。筈だったがまた息を吹き返しやがった。


「ヒール魔法! ヒール! スーパーヒール! リザレクション! レイト頑張って!」


「うぐ、げふ……いっそ殺してくれ……」


「今、一回は死んだよね? 蘇生魔法を一回かけたよね?」


 私がこんなにも完璧にとどめを刺そうと踏みつけているのに、マイシャがこのレイトとかいう痴漢を必死で救おうとする。


「はぁ……はぁ……どうしてそこまでするの……もしかして……覗かれたいの?」


「これも神様の教えですから。年頃の男にはおかずが必要なんですよ」


「あ、そう……おい、スケベ野郎。おかずはマイシャで我慢しろ。私をおかずにしたら、その身体を5ミリ単位で切り刻んであげる」


「わ、わかりました……で、でも……あなたの身体ってとても綺麗ですね……まるで天使みたいでした……」


「……正当な評価だけは認めてあげるわ」


 虫の息になっているこのレイトとかいう奴を、マイシャは教会の中に運んで、甲斐甲斐しく世話をしてやっていた。

 覗かれる方と覗く方。これはこれでこの二人の関係なのだろう。


 よく見ると、このレイトという青年はそれなりには顔のレベルは高い。

 個人的にはイケメンは好きではないので、このぐらい平凡な方がいい。

 決して恋心を抱くことのないぐらいに整ってない感じ。


「おい下僕一号、そろそろ起きろ」


 寝ているレイトを軽く足で顔を踏んで起こしてやる。

 ゲボクを起こしてあげた上に、その力加減までするなんて、私の心遣いは天使なみだとつくづく思う。


「う、うーん……あ、ぱんつゴフッ!」


「あと二時間は寝てろ」


 下僕一号は意識を取り戻すやいなや、私のスカートの中を覗いたらしい。

 あれだけ痛い目にあっておきながら、まだ覗くとは、こいつはもしかしたら覗きのプロかもしれない。

 とりあえず蹴っておいて、あと二時間は寝かせてやる事にした。

 二度目を許す私もまた、優しさに満ち溢れていた。


「かみる様。いくらレイトさんがローグだからって、そんなに乱暴にしたら壊れてしまいますよ」


「ローグ? ローグというと鍵開けとか罠を発見したとかいう仕事をするやつか」



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