お嬢様、移ろう世界を憂う
「ごめんなさい、そのうちの一つ、私がとっちゃいました!」
自分の心の中を懺悔したいつもりでそう言うと、バニティは首を振って許してくれた。
「効果は十分にありました。腐敗病にかかってない人は山へ逃げ、そして古代遺跡の尖塔へと集まりました」
「街の人の多くは、私みたいなネクロマンサーの言葉など聞いてはくれず、むしろ私がやったと思っている人も居て、来てくれませんでした」
「もし私が僧侶であれば、数百、数千人の人を助けられたかもしれません。よくよく、この死霊術というのは罪深い魔法です」
ネクロマンサーと聞くと、ゲームでは悪いボスが使う魔法のイメージがあったけど、どうもちょっと違うらしい。それについてはあとでメルリエルに聞いた方がいいかもしれない。
ガスター号はルダを離れ、そしてルーゲンフォークへと戻る。到着する頃には日が暮れていて、ルーゲンフォークの街は街の灯で明るく彩られていた。
「申し訳無いがキャプテンかみる。この街では今すぐには、難民を受け入れる事は出来ない」
ロード・レッドウッドの冷たい言葉が、ホールの中に響いた。
「もしここが私の国であれば、検討もしたいが、ここはあくまで帝国領内の一つの街で、私は統治を任されているに過ぎない。本国に問い合わせて、その返事が来るまでは、身寄りのない者の生活は保証出来ない」
「そうですか、それは仕方の無い事です。では、彼らは私達の島へ連れて行きます」
「すまない。代わりにと言ってしまうのも恩着せがましいが、王女ユミル様には知り得るだけの情報と部材をお渡ししている。今回はそれに免じてほしい」
ロード・レッドウッドが悪い人では無い、というのはわかったが、やはり剛胆さにはかけていて、帝国という権力には逆らう意志がない人物だった。あれでは任された土地を管理するのがせいぜいだろう。
せめて、事態を窮するというのであれば、という様な特別措置が話の席上に出てきて欲しかったが、他人に無理を望んでも仕方が無い。人にはそれぞれ、手の届く距離の限界というものがあった。
なので、食料とわりと大きな機械を貨物室につめこんで、私達はトラスホープへと戻る事にした。
50人程度なら、トラスホープに住む場所はいくらでもあった。帰港し、降りてきたルダの人達は、まずは波止場の近くにキャンプを作って貰い、そこで集合生活をしてもらう事にした。
「助けて頂いた上に、食料や飲み物、住む場所まで用意していただいて、感謝します」
生き残った50人程度の人達から感謝され、照れながら答える。
「どう言えばいいのか……難しい所だけど……このトラスホープという街は、色んな所から来た人達で作った町だから、あなた達もそれに加わっただけよ」
「ここに住むも良し、ここから去るも良し、全てはあなた達の自由、ここは自由の町だから」
なんて格好のよさげな事を言って、ルダの人達には納得して貰った。生き残った男達四人は、是非ガスター号に乗りたいと言い、女性達も5、6人が船員に志願した。
「子供の頃から飛空艇に乗りたかったんです。でも、飛空艇は帝国の戦艦か、貴族か、アーティファクターの人達しか持っていなかったので、とても嬉しいです」
まだまだ若い青年が、飛空艇を見つつ眼をきらきらさせて言った。
「私は長年船に乗っていて航海術はルダの町でも一番だと自負しています。帆船の操縦も出来ますし、こちらの飛空艇の海図も読む事が出来ます。是非命を助けられた恩を返したい」
という壮年の男性に対し、レイカーの方から是非、と握手を求めていた。
「自分は船を操るだけで航海術は殆ど素人です。海図をしっかり読める方がいれば、これほど心強い事はありません、お願いします!」
レイカーにしては珍しくはきはきと喜んでいたので、いつものごとく、口の挟みようがなかった。その他は今でも部下達に対して『わかった』と『だめだ』しか殆ど言わない。
残り二人はルダで家族を失い、途方にくれていたので、どこかに定住する気にはなれないという精神的な問題からだった。一人は奥さんを、一人は両親と職場を失っていて、彼らの心の傷が癒えるのは当分先の事になりそうだった。
今回のこの救出譚で、もっともトラスワンにとって大きな変化はバニティという仲間の参加だった。ちゃんとメルリエルに聞いてみると、ネクロマンサーは生と死を操る魔法使いで、その知識を得るために、暗黒の道に足を踏み入れる者は多いらしい。
バニティも正義の味方という訳では無いが、悪者というわけでもなく、メルリエルから見て、哲学者的な、ちょっと難しい性格の人らしかった。
「誰でも死にますから死は当然の事です。でもその死に方として望んでもないゾンビになり他者を襲うのは、本望ではないでしょう。あの腐敗薬は、望まれざる薬です」
という説明を聞いて、なんとなく難しい人だな、というのはわかった。
このルダの一件とルーゲンフォークの一件は、私には想像も出来なかったが、シズカはもっと深刻に捕らえていた。皆が寝静まった夜に相談がしたいと言いシズカがアジトの私の部屋を訪れた。
「バニティさんの話を聞いて、私が一番気がかりなのは、既に悪魔となった邪教徒が単独潜入していた事です」
「そしてルーゲンフォークが難民を受け入れない理由は、おそらくソールメイズの事をよく知っているからです」
「帝国というぐらいの大きな国だから、脅威に対しては対抗策を考えるよね」
「はい。いかにして自国、或いは本国を守るか、という限られた対策でしょう」
「もし、ゾンビ病が蔓延したら、ルーゲンフォークは斬り捨てるんだろうね」
「ええ、まず間違いなく」
「バニティの魔法がゾンビ達に効くというのは、私達としてはとても助かるけど、根本的な対策じゃないしね。当初の予定通り世界を巡って、ソールメイズを探すしかないよ」
「はい。ですが、かみる様には一つお願いしておきたい事があります」
「何?」
「無慈悲の心をお持ち下さい。この先、助けられる者が居たとしても、それを見捨てる覚悟もお持ち下さい」
シズカが何を危惧しているのか、それでわかった。
世界にゾンビ病が蔓延し始めていて、あちこちに麻薬工場が出来ているのなら、全ての人を助ける事そのものが無理だろう。数十人程度ならまだしも、数百、数千などとても無理だ。
例えば一つの小さな町が、ゾンビ達によって全滅しかかっているのを見つけたとする。
それを遙か上空から見ていて、人々が助けを求めていても、私達はどうする事も出来ない。 映画ではそういうシーンはよくあった。そして心の優しい人物は涙するのだ。
今度は私がその当事者になりかねない、とシズカは言いたいのだろう。




