お嬢様は勇者が苦手
「ここが私の住む教会です。しばらくはこちらにお泊まり下さい」
そう言うと彼女は柔らかな笑みを浮かべて立ち上がった。よく見ると結構可愛らしい。青白い長髪を粗末なピンで止めているだけだが、その清楚さも良い。この子もお嬢様と言われればそんな風に見えなくもなかった。
でも、ちょっと着ている物に問題があった。
「ねぇ、マイシャ、あんたのその服さ、裸にパンツはいてローブ羽織っただけだよね」
ローブは半袖でスカートの丈は膝が見えるぐらい。首もとはゆったりしていて、胸の膨らみが僅かに見える。気になるのは手をあげた時には袖口から横から乳が見え、前かがみになればばっちり見えてしまう事だった。
ブラジャーをしていない為に乳首が丸見えなのは、女子としていかがなものだろうか。
「はぁ、まぁそうですねぇ。僧侶ですから、こんなものかと」
「それでよく男に襲われないね」
「僧侶を襲うなんて罰当たりの男性は居ませんよ。襲ってきても魔法で撃退しますし」
にゃはは、と笑いながら、マイシャが一差し指を立てて、その先端に光を集めてみせる。きっとその光であらゆる悪を撃ち抜くビームとかを撃つに違いない。
「ああ、魔法とか、使えるんだ? ヒールの魔法を使った! とかそんな感じ?」
「はい。火の玉とか剣の盾とか、神の光線とか、色々できますよ」
「なるほど……」
剣と魔法の世界……この世界は、まさしくゲームの世界なのだろう。
それならば、多少の身の危険は守れるという事なのだろう。
しかし私にはそんな能力は微塵も無い。超能力も無い。チートも出来ない。あの神様の言っていた通り、金持ちのお嬢様としての才覚しか無い。
「勇者様のその服は、とても可愛らしくて素敵ですけど、スカートの丈が短すぎて、ぱんつみせまくりですよね」
言われればそうである。ぱんつが見えるか見えないかぐらいが可愛いのだから仕方が無い。世の中には見せる為のパンツを履く子もいるが、見せたいのかみせたくないのか、どっちかにしろと言いたい。
ちなみに私は見せている訳ではないが、見えるのは仕方無いと思うし、見ようとする奴は実力で排除しているだけだ。
「ま、見えちゃうのは仕方無いし、この私を襲うつもりなら、相応の覚悟はしてもらうし」
「ですよね、力ずくで女をどうこうとか、女をなめてますよね。それはそれでなんだか良かったりもしますけど」
「うん、マイシャはなんだかそんな感じに見える。力ずくで押さえ込まれたら、それはそれでマゾッ気で楽しめる感じ」
「はい……でも必ず天罰が落ちますけどね」
「僧侶つえーな。やっぱ神様が最強かぁ」
そう言いながら、私は教会に飾られている彫像をぼうっと見た。
「普通さぁ……魔王を倒すとか言ったら、旅の仲間とか集めるよね?」
「そうですね、ソールメイズを倒す為には腕の立つ冒険者の方々の助けが必要です」
「やっぱり、そういう流れなんだぁ……その中で私は、選ばれた勇者って事になるわけ?」
「はい、そうです」
「勇者の鎧とか、勇者の剣とかをどこかで手に入れるんだ?」
「あれば、その方がいいですね。そういう強力な武器も探さないと」
まずは初めての村でお使いクエストとかして、よわっちぃ装備を手に入れるのだ。
「あーー」
そして少し進んで強い敵を倒すと、もう少し強い装備が手に入るのだ。
「あーーーーーーーー」
さらにややこしい面倒臭いゲームだと、自分で素材を集めて強い装備を作れとか言われて、何十回も同じ敵を倒す事になって……。
「ああああああああああああああああああああああああああああ」
堪えろ私! 耐えろ、西迅かみる! 今ここで行き場のない怒りを爆発させた所で、何も得る物は無い。
「よし、なんとか堪えた」
「それ、先ほどもしてましたが、何かのおまじないですか?」
「そう。ブチギレて何もかもを壊したくなる衝動を抑えるおまじない」
「さすが勇者様……すごいお力をお持ちなのですね」
マイシャは両手を組んでそう言うのだが、それもわざとらしくて気に入らない。
「とりあえず、マイシャは私の事を勇者とは呼ばないで。かみる様と呼んで」
「わかりました、かみる様」
「うん。そうしないとね、この世で最初に私の手にかかるのはマイシャって女の子になりそうだから」
私が横目で殺気を送ると、途端にマイシャの顔が青ざめた。
「ひ、ひぃっ!? 勇者様ってのが駄目なんですか?」
「勇者なんて、最初は木の枝をもって鼻を垂らしながらスライムとかつついてる奴の総称でしょう?」
それも言い過ぎかもしれないが。
「私は産まれたその瞬間から西迅かみる! 勝ち組! お嬢様なの!」
「色々と偏見をお持ちなのはよく分かりました。以後気をつけます」
どれだけこの私が完璧なお嬢様でも、この世界における現状は相当な底辺である。
執事も居なければメイドも居ないし、金も金も金も車も戦闘ヘリもない。
(まずは戦闘ヘリをなんとかしないとな……)
あれは便利だ。垂直に離着陸出来る上、むかつく奴には機関砲も撃てる。
私が戦車かヘリに乗っている時に召喚してくれれば第一話で悪魔一匹と魔王程度なら倒せたはずだった。
「とりあえずはヘリポートだよな……」
「かみる様、そろそろ夕飯にいたしましょうか」
窓の外を見ると、空が夕日で赤く染まっていた。この世界がとても美しいというのは認める。作られた私の家の庭園より美しい。
「食事か……この貧乏そうな教会で、何か料理とか作れるの?」
「料理は作れないので、勇者の晩餐という魔法を使います、それ!」
マイシャが片手をあげて、呪文を唱えると、机の上に一般家庭的な料理が出てきた。
じゃがいものスープに豚肉にサラダに、やっすい不味いワインに煮込み料理。
「ごはんは無いの? ライス。白米」
「ああ、えっと、はい……あまり食べた事は無いんですが」
マイシャは白いご飯を出してくれたが、それは長細くてパサパサしてて、パエリアとかによくあう外米だった。
(ああ……ごはんでお茶漬けが食べたい……)
私はお嬢様。毎日豪華な食事を食べ飽きている。しかし、やはり日本の米が一番うまい。牛丼屋の牛丼が旨い。だが、それらは全て、元の世界に帰るまでお預けだった。
「……とりあえず、ご飯ありがとう。いただきます」
もそもそとごはんを食べつつ建物の中を見回すと、天井にでかい蜘蛛が巣を張っているのが見えた。手の届くあたりは小ぎれいにしていても、あそこまでは手が回らないらしい。