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お嬢様、必死でゲロインを回避する


 技師の爺さんの工場は今まで通り、船着き場の近くだったが、ユミルの作業場は飛空艇のドックの側に作られた。彼女は、せっかく王宮から出たにもかかわらず、その部屋に引きこもりになっていて、周りの方が心配で声をかけていた。


「ユミルちゃん、元気? ご飯食べてる?」


「はーい」


「ユミルちゃんちゃんと寝てる?」


「はーい」


「ユミルちゃん、お風呂入ってる? ここには暖かいお風呂があるのよ?」


「はーい」


「……出て来ないなぁ」


「大丈夫なんですかね?」


 マイシャに尋ねられたが、私は首を傾げるしかなかった。


「さぁ……私にはそういう属性は無いから、さっぱりわからない」


「大丈夫ですよ。やっと好きな事が好きなだけ出来る様になって、今はそれが楽しくて仕方ないんですよ」


 レイトもユミルの手伝いをしながら、飛空艇の整備をしていた。今、ユミルの一番近くにいるのはレイトだろう。


「メカ好き同士、仲良くやってよ」


 この二人、もしかしたらいい感じになるかも。そしたらレイトも、私と結婚するとかいう世迷い言を忘れてくれるに違いない。


(ここはくっつけた方が良い! 二人の為にも!)


 それからレイトとユミルは作業場の中にこもったっきり、二日ほど出て来なくなった。普通、若い男女が二人で部屋にこもっていたら、色んな事があってもいい筈だった。しかし、作業場の小屋の中から聞こえてくるのは、金属を削る音と叩く音ばかり。色っぽい声は全く聞こえなかった。


「できました! ドラゴンシャード探知機です!」


 二日目の夕方、作業場から出てきたユミルは、なんとパンツ一枚で上半身は真っ裸で私の所までやってきた。


「あんたなんて格好してんのよ!? つるぺたならまだしも、Cカップぐらいはあるじゃない!」


「Cカップって何ですー?」


「と、とにかく、女の子なんだからぱんつ一枚で駆け回っちゃだめ!」


「あは! かみるさんってお母さんみたい」


「いや、お母さんでなくても言うよ? いうかレイトは何も言わなかったの?」


「レイトさんは私の胸を揉んで喜んでました」


「揉ませたの!? タダで!?」


「は、はい?」


「ちょっと、シズカちゃん? レイトくんを呼んできてくれない?」


「かみる様。アーティファクター国は、性的にはとてもオープンな国なんです。彼らは機械を作る為に産まれてきた様な存在で。最後には国を丸ごと空中要塞にしてどこかへ飛んで行ってしまったんです」


「国ごと飛んだあ!? 滅んだんじゃないの!?」


「あの、だから、既に無いとは言いましたけど、滅んだという訳じゃ……」


「……あ、そう。そういう事……と、とにかく、レイトくんには色々と言っておきたい事があるから」


 数分の後、レイトには私との結婚の話を破棄させた。その代わりに責任を持ってユミルと交際するように言いつけた。


「わかりました! かみる様の命令とあらば、このレイト、ユミル王女をこの先しっかりと守っていきたいと思います!」


「うん。ただし、一つだけ約束して」


「何でしょうか?」


「家の外に出る時はユミルにちゃんと服を着せる事」


「はい……三日も作業してると、汗と油でどろどろになっちゃって、気持ち悪かったんですよ……」


「そういう時はマイシャかシズカに頼んで、着替えもってきてもらって。私が近くにいたなら私でもいいから。あと風呂入れ」


「はい」


 その後二人とも風呂に入らせて、着替えをさせた後、探知機について説明してもらった。


「あるもので作っただけですので、これが精一杯なんですが、一番近くにあるドラゴンシャードに反応して、そちらの方角を指します」


 机の上には丸い鉄板がおかれ、その上には方位磁石のような物が宙に浮いていた。


「ドラゴンシャードの近くに行けば、魔力に反応して、もっと正確に指し示すと思いますが、ここからは距離があるようで、まだフラフラしてますね」


「とりあえず、これを船に乗せて、ドラゴンシャード探しの旅に行くとしますか」


 思えばこれが、私が初めて世界へと旅立つ時だった。

 ハウプトブルクの近くの山の教会から始まり、そこから街の下水道の隠れ家へ行き、地上に出て繁華街を制して、裏社会の繋がりを浄化した。それでもハウプトブルクの闇はあまりにも深すぎて晴れる事は無かった。


 この王都を離れ、見知らぬ他の土地へと足を踏み出す所までようやく辿り着いた。そして私は、この世界が思っていたよりも遙かに凄惨で、厳しく、末期的な状態になっている事を知る事になった。


 まず最初に、海図にはいくつかの島と大陸が描かれていたが、殆ど白紙に近い状態だった。元海賊であるにもかかわらず、殆ど他国の情報がない事に驚いた。


「世界を旅して、他の商船とか襲ったりしてたんじゃないの?」


 とレイカーに聞くと、一応は頷いた。


「この程度の船では、生き抜くのがやっとなんだ。小さな商船を追いかけて襲っていたし、トレイマスの悪魔の力を使った事も多々ある」


「特に大陸は不味い。大きな港街があるんだが、その付近は軍用の戦艦が巡回している。そんなのに見つかったら逃げるしかない」


「だから島と島の間を渡り歩きつつ、一番遠い島にあるルダという街から補給物資を得ていたんだ。今はもう海賊をやめたんだから、港街に寄港してもいいと思うがね」


 この狭い海図を広げていかなければ、世界がどれほどの大きさかも分からない。探知機の方向を元に、ドラゴンシャードを探しつつ、未知の領域を探査する事になりそうだった。しかも、往復の事を考えると、この船では限界がある。必ず、補給出来る港を探しつつ、少しずつ手を広げていく事になる。


「その、大きな港街の事をまず調べたい。安全そうなら、そこを補給拠点にしたい」


「分かりました。では、港街ルーゲンフォークに行きましょう」


 こうしてバッドフィンガー改めトラスワン号はトラスホープの港を離れ、長い船旅に出る事になった。ハウプトブルクへは五日ほどの短い旅だが、ルーゲンフォークという港へ行くには片道だけでも一ヶ月はかかる。その間、港のない小島を二つ経て、食料を補給しつつ、辿り着かねばならなかった。


 お嬢様育ちの私としては、当然、船酔いに倒れ、グッダグダになりながら最初の小島に辿り着く事となった。

 そしてそこでは大型の獣に襲われ、へろへろの私を庇いつつ、皆が奮戦してなんとか倒し、いきなり一度帰った方が良いという有様になってしまった。


「海は怖いよう……厳しいよう……」


 私は甲板で仰向けに寝ながら、泣き言を言っていた。船酔いで吐きそうだったが、ヒロインとして、そしてお嬢様として、ゲロインになるわけにはいかなかった。


「本当ですね。あんな獣が住んでるなんて世の中は広いですね」


「ま、角と鱗は売り物になりますし、肉もとても美味ですし、怪我人も出なかった事を考えると、上々の航海だと言えますよ」


 口数の少ないレイカーが精一杯言葉を並べて慰めてくれた。海の男はとてもいい男だった。


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