お嬢様、第三王女ユミルと会う
私が手を振ると、シズカは何か困惑した表情で私の方を見上げた後、二階へと昇ってきた。
「ご主人様は何をなさってるんですか?」
「ああ、暇だったんで、皆が一生懸命働くのを応援していた」
「あの……下着が丸見えなんですけど、見せてらしたんですか?」
「ああっ! 最近ぱんつの事なんかすっかりわすれてた!」
というか、もう既に、あちこちで下着を見せながら、飛んだり跳ねたり蹴ったりしていたので、今更という感じもした。
(それでみんな、照れながらお辞儀をしてたんだ……)
「まぁもういいや、減る物じゃなし……それで、王女様は連れてこれたの?」
「はい。なんとか……」
「かなり時間かかったみたいだけど、大丈夫? 怪我してない?」
「時間がかかったのは……必要な工具を運び出していたからです」
「……工具?」
「ユミル王女様は、アーティファクターと呼ばれる工業国のお姫様で、機械工作を得意とされておられるのです」
「機械工作……」
「かみる様、ユミル王女様の部屋を通られたのは覚えてます? あの偽物ゴードワンを追った時に通った部屋を」
「あー……なんだか技師の部屋みたいな所があったね……あれ、王女様の部屋だったんだ……」
「ん? まさか? あの部屋の工具を運び出してきたの? それもバレないように?」
「はぁ……えぇ……大変でした」
さすがのシズカも、肩をがっくりと落としてそう言った。
「それでそのお姫様は?」
「飛空艇の所に行ってます。もしかしたらもう、作ろうとしてるかも」
機械好きならあの飛空艇を見れば、興味をそそられる事だろう。一目散にそこへ行ってしまうとは、なんとも困ったお姫様だった。
島の裏側、ドーム上にくり抜かれている所に、どこかから奪ってきた飛空艇がふわふわと浮かんでいた。エンジンの部分は技師の爺さんが作ったと言っていたが……。
「だめじゃだめじゃ! そんな事をしたら爆発してしまうぞい!?」
「これじゃ飛空艇は動かないの! なんでも火力エンジンで動かそうとしないで、浮力は魔力に任せないと」
「しかし魔力と言ったって、どうやって魔力を供給するんじゃ」
「どこかでドラゴンシャードを取ってこないと!」
そう元気に答えていたのは、シズカと大差ない女の子だった。日本人にして中学生といった所だろうか。しかもその服はつなぎの作業着で、全身に工具を纏っていた。
どうみても王女ではなかった。
「これが、ユミル王女様……」
「はい。王女様は部屋の中で機械工作を作り、そして一人で遊んでいました。それしかする事がなかったのです」
「シズカとユミル王女様は友達なの? なんだか知り合いっぽい感じだけど」
「ええ、その……ユミル王女様の作る機械。センサーと言うんですが、これには暗殺者は探知されてしまうんです。私がこっそり王宮内に忍び込んでも、ユミル王女様だけは全て見えてしまっているんです」
「センサーかぁ……そうだねぇ、カメラとかセンサーは忍び足じゃ見つかっちゃうね」
「どうしてお前はいつもこそこそと歩いているのか、とある日、尋ねられてしまいまして。理由は言えませんが、黙っていて欲しいとお願いした次第です」
「それから、時々私とユミル様は話をする様になって、その身の上を聞いた時には、私、もう涙が止まらなくって!」
(完全に暗殺者失格だなぁ……もしかしたら、シズカがトラスワンに入ったのも、思ったよりも優しいのも、ユミル王女が、シズカに人の心を取り戻させたおかげなのかも)
「リーダー、どうします? この船、この娘っ子が直すつもりらしいんですがね」
技師の爺さんはやれやれと言った顔でユミルを見ていた。私はその王女の頭を掴むと、ぐりっ、と回して私の方を向かせた。
「いたたた! 痛いです! 何するんですか!」
「ようこそユミル王女様。私がここのリーダーの西迅かみるです」
「あ、これはどうも、お世話になります。このほどあなたに拉致られた、第三王女のユミルです」
私の方をむき直した王女は、ぺこりと頭を下げる。その顔には機械の潤滑油が付き、両手は軍手をはめていて、やっぱり王女には見えない。顔かたちは割と可愛くて、胸も大きそうなのだが……。
「まーーーーーーーー好きにしていいけど、無視だけはやめて」
「そうですね。確かに現場の偉い人に確認を取らないのは失礼でした、すみません」
そう言うと再びぺこりとお辞儀。王女とは思えない、普通の女の子だった。
あの王都に長く居れば、緑竜騎士団達の様に選民意識に彩られた言葉使いをしても良さそうだった。その悪影響を受けなかったのは、殆ど誰とも口をきかず、ただひたすら謝る事だけで世間を生き延びてきたからだろう。
「……で、これ、動くの?」
「はい、動きますよ。アーティファクターの国ではいつも空を飛んでいました」
「へぇ……それで、なんだっけ、ドラゴンシャードってのが要るんだ?」
「はい。どこにあるかは分からないので、まずはレーダーを作ろうと思います」
「ま、好きにして良いよ。そのレーダーが出来たら教えて」
「はい。これからは無視しないようにしますね」
「お願いね。無視されたらとっても寂しいんだから」
「あは! ごめんなさい、そうですよね! かみるさん!」
私が肩をすくめ、ちょっとくだけた言い方をしてみせたら、ユミルは子供っぽい笑顔で笑ってくれた。その笑顔を見た時、まぁ、いいか。と許す事にした。
「リーダー。あの子の為の作業場を用意してもいいか? ワシの作業場は取られちまった上に、魔力技術にはてんで役に立たない」
「爺さんに任せるよ」
そう言って技師の爺さんの肩を叩くと、やれやれと言った感じで歩いて行ったが、私には孫娘が出来た様で、爺さんの背中はとても嬉しそうに見えた。誰だって、自分を慕ってくれる存在が出来ると嬉しい物だろう。




