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お嬢様、王都を密かに救う

 夜の高級住宅街は、人目を忍んで移動するにはもってこいだった。隠れる場所はいくらでもあり、二階、三階やベランダ、屋根の上も問える事が出来る。


「問題は、どれがゴールドワンの家かって事よね」


「その心配は要りません。彼が向かう所は一つです」


 シズカが躊躇無く移動しているのは、ゴールドワンの家を知っているからではない様だった。ひたすら屋根の上を渡り、そして辿り着いたのは、湧き水を溜める人工の池だった。


「この湧き水は王宮だけでなく、下方の庶民達の水飲み場にも繋がっています。毒を仕込むなら、ここが一番です」


 闇の上の物陰から水飲み場を見ていると、一定時間毎に騎士が巡回をしていた。その見張りが三回目の巡回を終えた時、人影が水飲み場に近づいた。

 すぐにシズカが飛び降り、その人影に飛びかかる。私も降りて加勢すると、ゴールドワンの顔がちらと見えた。


「ああ……ばれていたのか……ネックハンガーズ、貴様も所詮は国王の飼い犬か」


 その声はゴールドワンの物ではなかった。そしてゴールドワンなら、シズカが私達の仲間である事も知っている筈だった。


(あっ……もしかして……)


 今回、上陸した時にシズカは居なかった。ゴールドワンはシズカが上陸したのを見ていない。ゴールドワンの様子を怪しんで、姿を隠したのだろう。


「くそっ……さすがはネックハンガーズ……強いか……」


 ゴールドワンは暴れ回り、地面の上に組み伏せようとしてくるシズカを、なんとか振り切ろうとしていた。


「おい、誰だ! そこにいるのは!」


 さすがに物音に気付いた見張りの騎士が、カンテラを持ってかけつけてきた。


「私だ! トラスワンの西迅かみるだ! アイゲルフに伝えろ、戻ってきたと!」


 トラスワンと聞いて、すぐにその騎士は警笛を吹き鳴らした。耳をつんざく刺激音で、不快感しか感じない笛の音だった。


 私はシズカの側に行くと、彼女と共に暴れているゴールドワンの手首を掴み、ねじり上げて動きを止めようとした。しかし、ねじった腕は妙な方向へとまがり、まるで骨がないタコみたいな感触だった。


「うわっ、気持ち悪っ!」


 思わず手を話すと、またゴールドワンはばたばたと暴れ始める。シズカが後ろから羽交い締めにしているのは、手足を捕まえても無理だと診断したからだった。

 彼女が捕まえているのは、明らかに人間ではなかった。


「上手く逃げおおせたのに、戻ってくるとは良い覚悟だな、西迅かみる」


 警笛を聞きつけたドレイクナイツ達が、数人駆けつけてきた。その先頭に立つアイゲルフが勝ち誇った様な顔で剣を抜き、私にその切っ先をつきつけた。


「あんたのバカ面は二度と見たく無かったんだけどね、罪の無い人の命がかかってるの。最悪の気分だけど我慢するわ」


 そう言った後、私は腕を一振りして、神様のぷよぷよ棒を手の中に呼び出した。

 ああ、これがもう少し格好の良い武器だったら、いくらかマシなのだけど、と思いつつ、ぶるんぶるんと震えるその先を、ゴールドワンの顔の方に近づけた。


「や、やめろ、くそっ……うっうああ……!!」


 ぷよぷよ棒の先が身体に触れると、そこから白い煙が立ちあがり、そして振れた身体の一部分が光になって消えていく。


「ぎゃあああ、うっぐああ!!」


「貴様! この期に及んでまだ罪を重ねるつもりか!」


「罪を重ねてるのはあんたでしょうが、バカゲルフ。こいつをよく見てみなよ」


 痛みに耐えかねて、地面の上に転がったゴールドワンの身体から、黒い闇が拭きだしていた。

 その顔が苦痛に歪み、トレイマスそっくりの悪魔の顔になる。


「こっ、こいつ、悪魔か!?」


「この者はトレイマスの影武者。名も無き使い魔。トレイマス亡き後も、その命令に従い、ゾンビ薬を王都にばらまこうとしていた」


「可哀想だし、トドメさすね。もう苦しまなくて良いよ」


 ぷよぷよ棒でその使い魔の頭を軽く弾くと、その頭部が光の粒になって消えていく。痛みでばたばたと暴れていた身体が動くのを辞め、その場に屍となって横たわる。


「ゴールドワンが、悪魔だった? それではお前達はなんだ?」


 このアイゲルフという男。それなりに顔は二枚目でホスト風だが、とにかく頭が悪い。知能レベルからするとバグベアー並みかもれしなかった。


「この武器は審判の神から貰った武器で、悪魔を倒す為の武器なの。試しにあんたの頭もぶってあげる」


 と言って、軽くぽっこんと叩くと、アイゲルフは自分も光の粒になってしまうかと怯えて肩をすくめた。


「なにをする!」


「あなたは悪魔じゃないから、効かないの。良かったわね」


「アイゲルフ様。このトレイマスの使い魔の身体を調べて下さい。毒薬を持っている筈です」


 シズカがそう言うと、下っ端達が二人、動かなくなった元ゴールドワンの身体を調べ、ポケットから怪しい革袋に入った粉薬を見つけた。


「……あなた達もご同行願おう。侵入者である事には違いなく、処罰されなくてはならない」


 やっぱりこいつバカだ。そう思ったが、ここで暴れた所で仕方が無いし、逃げるのも面倒だったので付き合う事にした。


「先に言っておく。私はネックハンガーズだ。ここへ立ち入る許可は得ている」


 シズカはわざと、元、という言葉を外して言った。このバカにはそう言わないと伝わらないだろう。先ほどから自分の口が随分と悪くなっている事に気付いて苦笑した。こういう、人の話を聞かず融通も利かず、自分の考えが一番正しくて、それに逆らう奴は全て悪と考える奴は、心底嫌いだった。


「そ、そうですか……では、こちらの女性は……」


「審判の神、アンダイイング・コートより大悪魔ソールメイズの討伐の命を受けてきた異世界の戦士」


「…………そ、そうですか……」


 かなり威張った言い方で、個人的にはNOだったが、こいつに対してはOKだった。

 シズカの説明のおかげで、私達は犯罪者としてではなく、参考人として王宮にご同行を願われ、取調室で何が起こったのか、お話を聞かせていただく事になった。

 権力で偉そうする奴が権力に弱いのは、どこの世界でも同じ事だった。


「では、つまり、王都ハウプトブルクを悪魔ソールメイズの配下であるトレイマスから救ったのは、トラスワンである、と……」


「わかった? 悪魔に騙されて、人の家まで燃やしちゃってくれちゃって」


「すまない……あの建物は、騎士団の予算で建て直させて貰う」


「問題は、この国はこの先どうするのかという事です」


「それは私の知る所ではありません。元老院と王の一族が決める事」


「まぁ、それは好きにしたらいいと思うよ。とりあえず、今後、私達に手を出さないと約束してくれればね」


「分かった。緑竜騎士団は、西迅かみる殿率いるトラスワンに対する戒厳令を解除し、市民として迎え入れるとしよう」


「じゃ、私達はこれで」


 さっさと帰りたいという私の気持ちを察して、シズカは何も言わずに私の後を着いてきてくれた。そして隠していた小舟に乗ると、皆の待つトラスホープへと戻った。

 アイゲルフはスニーカーズの建物を再建してくれるというけど、家という物は新しく作られてしまうと別の物になってしまう。次にあの建物に行っても、そこはもうスニーカーズとチョーカーと共に居たアジトではなくなっているだろう。


 事実上。私の居場所はトラスホープだけになってしまった。


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