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お嬢様の名前は西迅かみる

 ここは某県某市。最上級のセレブしか住む事が許されず、そして産まれた時から金持ちである事を定められた者が集う所。

 その中に西迅町という町名がある。この西迅町は代々西迅家が所有する土地であり、家名そのものが地名となっている、この一帯で最高のセレブ一族が住む町である。


 その敷地は全て広大な屋敷の中に入っており、西迅町の地図上の境界線=外壁である。

 その当主、西迅雄七郎はこの国の経済界を裏で支えるスーパーVIPであり、その名が表に出る事は決して無い存在だった。


「お嬢様。朝のお茶の準備が出来ました」


「ありがとう。いい天気ね」


「はい。日中は日差しが強くなりますので、お日傘の方をお忘れ無く」


 金縁の陶器はブランド物かつワンメイク品。カップ一つで二十万程度する物だった。

 ティーカップの中には、香ばしい茶葉の匂いが漂う紅茶が注がれている。

 無論、沸騰したての湯を注ぎ、1分32秒蒸らした後に新鮮な空気を注がれた最高の状態で運ばれた物だ。

 しかし、彼女はその紅茶を毎日、三口しか飲まない。

 なぜなら大して紅茶が好きでは無かったからだ。


 しかし、それでも気品を保つ為には、三口は飲まねばならない。しかし三口以上もまた、下品になる。

 それが高貴なる振る舞いであり、西迅家の次女としてのたしなみでありプライドであった。

 西迅家の次女、かみる。この次女という響きがまた趣があって奥ゆかしい。

 長女では家督と父親への忠誠、そして長男との権威争いを行わねばならない。

 そんな長兄と長女は互いに行き場のないストレスを発散する相手であり、互いにその立場を甘受しなければならない。

 だが次女と三女はただ甘えて暮らせばいい。次女は優雅に、三女は愛らしくあればそれで許される。

 長男からも長女からも大切に扱われるのは、父と母が彼女達を溺愛しているからだった。



 産まれた時点で勝利者。そして一族の中でも勝利者。更に兄妹の中でも勝利者。

 しかし頭はあまり良い方ではなく、代わりに運動神経は抜群だった。

 それでいい、それもまた美徳。頭が良ければ長男長女に目を付けられ、あまりいい顔をされない。

 いざという時は私がお姉様方をお守りしますわ。と言う事で、兄と姉のブライドも救う事が出来る。


 彼らにはあの子はもう少し頭が良ければね、と言わせておけば良いのだ。

 どうせ行かず後家になってしまったら、家の中の粗大ゴミとして敷地の隅に追いやられてしまうし、結婚したなら普通の奥様になってしまうのだ。


 その頃にはこの西迅かみるは、若い衆の実働部隊を完全に手中に収め、武力において並ぶ者無しという立場を築くのだ。

 その為に、幼少より武道と兵法、科学と薬学を勉強したのだが……残念ながら脳味噌がそれらを拒絶してしまったので実技さえなんとかなればいーや、という結論に達した。


 きっと美味しいんだけど、そのままじゃ苦いし砂糖を入れたら甘すぎる紅茶は、いつものようにさげられ、そして朝の一時を終えて自室へとむかう。



 自室にあるシャワールームで汗を流した後、45件も入っている留守番電話の内容に耳を通しつつ、髪を乾かす。

 10件聞いた所で、むかつく内容が録音されていたので、壁にぶんなげて壊した。

 どうせ夜には新しい物が用意されるから問題は無い。


 赤い短髪はクォーターの証。母方の祖母が赤毛でその遺伝が私にだけ伝わった。劣性遺伝だか一部の国ではいい顔をされない様とか言われるが、この国では違う。私が赤毛だという事を母は小さい頃から自慢にしている。この子は間違いなく、私と祖母の子供だと。だから私は母に溺愛され、長兄長女からも舌打ちされる程に気を使われている。


 お気に入りの少しウェーブのかかった短髪が乾く頃には、私立の女学園にむかう時間が近づいてきていた。

 お気に入りの下着をつけ、クリーニングされた制服に袖を通す。どこかの有名モデルがデザインしたらしい制服に、更に個人的にスカートの丈を短くし、女の絶対領域を確保する。赤いチェックのスカートに白いニーソックスというのは、個人的にはもう少しロリコン趣味を減らして欲しい所だが、世の中にはこのJKの制服によって存在を許されている者も居る。『君が制服を着ているという事自体に価値があるんだ』と言う男も居るらしい。私にむかって言ったら即時コロスが、私から見てそう言いたくなる女の子はぼちぼち居る。制服だろうが何だろうが、カワイイは正義だ。間違いない。

 おかげでどう歩いたところで、ぱんつが見えるという状態だが、見せたくて見せている訳では無い。カワイイを維持する為には色々と犠牲と覚悟も必要なのだ。


 全身を写す鏡でチェック。プロポーションは抜群。雑誌のモデルからバイトの勧誘も来ているが、それに出てしまっては家の為にならない。

 個人的には一度ぐらいは、ちやほやされて写真を撮られたいのだが、我慢する事も知っている私だった。私ってエライ。自分で褒めてあげたい。


「まー、金は余ってるし、バイトする理由もないよなー」


 などと独り言を言いつつ、メイクをすませた。軽く下地、軽くファンデ、アイラインだけ。チークはなんだかムカツクので入れない。個人的な趣味だ。アイラインも茶系で軽く輪郭をなぞるだけ。こんなだからお化粧してもあんまり変わらないので、全く面白く無い。

 どこをどう色を入れたところで、ケバくしかならないのだから、どうしようもない。

 すっぴんなのにすっぴんだとバレた事もない。口紅つけるのを忘れた時ぐらいだった。でもこの赤毛にあう口紅も少ないのだ。テカリのある流行のリップをつけたら自分で見てもエロ過ぎだと思ったのですぐにぬぐい取った。


「はぁ。さて、今日もお勤めに行きますか」


 何の為にわざわざ学校に通うのか分からないが、この国では一定年齢までは義務として通わなければならないので仕方無い。

 行った所で勉強しても、あんまりよく分からないし、帰ってきて家庭教師に丁寧に説明されて、そういう事をあの先生は言ってたらしい。とやっとわかる程度が私の知能レベルだった。

 まぁその程度は解るので、80点ぐらいとっとけばなんとかなる。70点でもなんとかなるが、70点だと家庭教師が別の人に変わる。私の点数が悪いと変わってしまうのだった。給料が破格らしいからそれも仕方が無い。大人の世界は常に厳しい。


 衣服と身だしなみに不備がない事が確認出来たら、教科書とノートを入れた鞄を肩にかけて持ち、自室を出る。両親が居る時はしおらしく両手で鞄を持ち身体の前に添えるのだが、大抵両親は家には居ない、下手すると国内にすら居ない事も多い。


 私の部屋は飾り気が全く無いが、ゴテゴテ飾るのが嫌いなだけだった。

 黒と白のシンプルな部屋でいい。花瓶もポスターも要らない。

 でもくまちゃんのぬいぐるみは欲しい。青いのがいい。


 部屋を出て、玄関に向かうと、廊下に私の見送りをする使用人達が並んでいた。

 行ってらっしゃいませ、お嬢様と言われて、うむ。とだけ答えて玄関を出る。


 玄関を出た後、歩いて15分もかかる庭園を通り抜けて正門にむかう。

 黒塗りの高級車は長男長女達が乗る。この点においては次女と三女は少し格差をつけられていた。

 私の横を姉と兄が車に乗って通り過ぎていく。この瞬間、この優越感が、彼らには必要なのだ。

 それもまた金持ちの風習の一つだった。


「……ん?」


 いつもの様にリムジンが横を通り過ぎていった時、陽光に煌めく何かが視界の左端にあった。

 瞳を貫く様な眩しさに、思わず目を閉じ、なんだかイラッとした。

 どうしてそんなに眩しいのか。一体何が光ったのか。

 私を怒らせたその何かを見つける為に、道をはずれ、花壇をまたぎ庭園の端へとむかう。

 後ろで庭師が、お嬢様、そこは通らないで下さいとか言ってるが、聞こえない。


「……んんん??」


 一本の木の根本に、輝く石の塊が落ちている。

 形からすると、これは水晶の類だった。

 しかし、この地球上に、自らキラキラと発光する鉱石は存在しない。それぐらいは私も知っている。


「なんなの……これ……」


 水晶を掲げて、あらゆる角度から中を覗いてみると、ある角度だけは、水晶の中に何かの映像が見えた。


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