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顔無〈二〉

 少女の体調は回復したものの、まともに喋れるようになるにはしばしの時間を有した。混乱していたのもあるが、神酒のせいで喉が多少焼かれたのも影響した。

 悠曰く、浄化としての効果は抜群なのだが純度が高いのが神酒の難点らしい。つまり、アルコール度数が高いのである。あの勢いでは、量によっては急性アルコール中毒になりかねない。

「……助けてもらったことはお礼言うけどさあ、もうちょっと優しくしてくれない?」

 金居(カナイ)(ラク)と名乗った少女は開口一番、ふんぞり返って文句を言った。安全が確保されたと解って、だんだん調子を取り戻してきたようだ。流星と同じ高校の三年生だという彼女は、どうやら高飛車な性格のようである。

 楽の文句に対し、悠はどこ吹く風だった。脚を組み、冷然と言い放つ。

「命があったからこその発言だね。そこのお人好しが助けなければ何も言えなかったのに、随分元気なことだ」

「…………」

 楽の表情が明らかに悪くなった。眉間にしわを寄せ、悠を睨み付ける姿は、愛らしさのかけらも無い。化粧が施された顔はなかなか可愛らしいが、それも台無しだった。

「別に……助けてほしいなんて言ってないわよ」

「なら改めて襲われに行くかい? 今度は関知しないからさ」

「っ……!」

「おい悠、言い過ぎだ」

 流星が慌てて仲裁に入ると、悠は肩をすくめて口を閉ざした。一方の楽は顔を真っ赤にして小刻みに震えている。感情が高ぶって言葉が出ないようだった。

「すんません、その、こいつ言い方きつくて、えっと……」

 フォローをしようとした流星だったが、言葉は続かなかった。しようにも、どうすればいいのか全く解らなかったのである。

 このまま怒って出ていくのではと思われたが、楽はいつまでたっても立ち上がることはなかった。かと言って表情が緩むことも無く、ただ黙ってうつむいている。

 それを見守っていた悠だったが、不意に口を開いた。

「今の気持ちを当ててあげようか?」

「え」

「またあれに襲われるのが怖い。出ていったらまた襲われるんじゃないか――そう思ってるんでしょう?」

「…………」

「図星かな」

 悠は脚を組み直し、太ももの上に頬杖をついた。

「恐怖するのは当然だ。また襲われるのではと思うのも、まあ解らなくはない。可能なら正体を知りたい、とは?」

「そんなの思うわけ無いでしょ!」

 楽は勢いよく立ち上がって声を張り上げた。肩をわななかせ、悠を睨み付ける。ただの否定と言うには過剰な反応に、流星は目を丸くした。

「あんなの……あんなのにもう会いたくない。あの娘(・・・)に襲われるなんて、そんな、そんな」

 だが悠は、あくまで冷静だった。いっそ冷厳だと言いたくなるほどに。

「そう。なら貴女は単純に、自分に降りかかった火の粉を払いたいと」

「そ、そうよ」

「ふむ――それが貴女の望みか」

 悠は目を細めた。

「その望み、叶えてあげようか?」

「……は?」

「貴女を襲った奴から守ってあげようかって言ってるんだ。何ならそいつを狩ってあげてもいいけど」

「な、何言ってんの? あんたにそんなことできるわけないでしょ! 馬鹿じゃないの!?」

 楽は困惑混じりに言い放った。しかし悠には何の痛痒も与えなかったようで、平静と何ら変わらない顔で言い返す。

「別に私はこのまま帰ってもらってもかまわないんだけど。でも、それでいいの? 後悔しない?」

「何を……」

「あのね、繰り返すようだけど私は貴女の望みを叶えられるんだよ。私の仕事はそれに関わることなんだから」

「関わること……って、どういう、こと?」

 楽は何とも言いがたい表情で悠を見つめた。

 悠はため息をつく。物解りの悪い生徒を前にした教師のそれだった。

「最初の自己紹介の時に言ったでしょう、私は退魔師だって」

「何よ、そのたいましって」

「できればそれを最初に訊いてほしかったものだけれど」

 再びため息。あきれの含んだそれに楽は口を開きかけたが、悠に視線で制されてしまった。

「退魔師って言うのは、総称でね。私の職業の正式な呼び方は別にあるんだけど、まあ今はそれは関係無い。ただ総称通りの仕事だと思ってもらってかまわない」

 悠は言って、退魔師の文字を説明する。

 魔を退けるものと書いて退魔師。霊媒師みたいなものという認識でいい、とも付け加えた。

「漫画やアニメみたいに悪霊や妖怪退治をする人間だよ。もっとも、ああも単純な仕事じゃないんだけど」

「悪霊とか妖怪とか……そんなの」

「いるわけがない――と否定するには、さっきの経験は強烈だったんじゃないかな?」

 返ってきたのは沈黙だった。それこそ先ほど体験した怪奇的なできごとは、夢だと断ずるには生々しい。流星がそうなのだから、楽は五感に焼き付いてしまっているだろう。

 閉ざされた口を肯定と受け取り、悠は一つ頷いた。

「別に掘り返したりはしないよ。あれの正体に興味は無いしね。契約通り、報酬に合わせて働くだけだ」

「……契約? 報酬?」

「仕事を請け負う以上、きちんとした決まりごとは必要だし、働きの分だけの対価を要求するのは当然でしょう。慈善事業じゃないんだし」

 悠の言っていることは正しいことだ。仕事をする以上、それに見合う報酬をもらう。社会において必要な真理である。

 問題は、彼女の仕事が果たして社会的であるかということだ。先ほど口にした仕事内容をかんがみても、社会的か否か以前に現実的ではない。荒唐無稽もいいところで、信用に足るかなど範疇外だ。それが仕事という枠組みに入るのかさえ疑わしい。

 楽の顔には明らかな不信があった。あるいは報酬という言葉に引っかかりを覚えたのかもしれない。どちらにせよ、全く信じていないことが見て取れた。

 自分が体験したことは信じる。が、それを解決できるかどうかは話は別なのである。

 それに気付かない悠ではないだろう。だが彼女は、調子を崩すことはなかった。

「信じる信じないはご自由に。貴女が疑うのは当然だからね。けど、覚えておくといい。貴女が出会ったものは、貴女の手に負えるものではない。もしまた出会うようなことがあれば、ひとりで何とかしようとしないことだね」

 言って、悠は扉を指差した。

「今日は帰るといい。まともな判断力は、今は無いだろう。とりあえずゆっくり休んで、また明日考えなよ。流星、送ってあげて」

「俺ぇ!?」

「君以外に誰がいる。怖い目にあった後の人間をそのまま放り出すわけにもいかないでしょう。かといって私が送るのもどうかと思うし、だったら君の方がいいでしょ、男の子」

「むう……」

 流星はがしがしと頭をかいた。

 悠の言葉は正論だ。そもそも楽は流星が連れてきたのだから、最後まで面倒を見るべきである。

「……解った。送ります」

「え、あ、うん」

 流星に呼びかけられて、楽は目を瞬く。

 素直に立ち上がった楽は、悠を一度睨み付けた後、部屋を後にした。その後ろに付き添う流星も、一瞬だけ悠に視線を向ける。

 彼女は瞑目していて、ふたりを見送りもしなかった。


    ―――


 流星が金居楽を運び込んだ建物は、一階がセレクトショップ、二階が生活スペースになっている。三階は流星も登ったことは無いが、いわく、仕事に必要なものがしまわれているらしい。椿悠はこの建物の持ち主であり、店の店主である。つまり、彼女の住居なのだ。

 翌日、流星はその住居の前にいた。

 時刻は午前十時半。いつもなら授業が始まっている時刻だが、昨日の事件のせいで校舎は警察関係者以外立ち入り禁止になっている。受験を控えた三年生には図書館を含めた一部の校舎の使用許可が下りているようだが、二年生の流星には関係無いことだった。

 そういえば、楽は三年生のはずだが、高校に行っているのだろうか。

 取り留めの無い疑問をいだきつつ、流星は店の扉をくぐった。

 昨夜と同様、奥のレジには朱崋が静かにたたずんでいる。昨日と一切変わらない立ち姿に、もしやずっとここに立っていたのでは、と錯覚してしまいそうだ。実際に立ってそうである。

「おはようございます、流星様」

「……はよ、朱崋」

 流星は居心地悪げに視線を泳がせた。

 いかにも年下という容姿の少女から様付けされるのは何とも言えない気分になる。やめてほしいと何度か頼んでいるのだが、改善されたことは無い。

 もっとも、悠のように小馬鹿にされないだけまだましなのかもしれないが。

「悠、起きてる? って、あいつ俺より早起きか」

「ええ、とっくに起きてらっしゃいます。ですが」

「や、起きてるってことだけ知れたらいいよ」

 流星は朱崋を遮り、彼女の隣の階段を登っていく。少しばかり苛立っていたせいか、朱崋の感情の伴わない声が僅かに躊躇を含んでいたことには気付かなかった。

 流星としては、ここには文句を言いに来たのである。

 昨夜、悠から金居楽の送り届けを命じられたせいで、楽に散々八つ当たりをされたのだ。

 いわく、年下のくせに生意気、いわく、美人だからって偉そう――ようは、悠の態度が気に入らないと、あらゆる言葉を使って罵られたのである。

 流星自身は、楽の言葉に同意できる部分も多い。が、それをぶつけられるいわれはどこにも無い。なぜ悠に対する罵倒を自分が受けねばならないのかと憤慨してもいた。

 だから部屋の前に立ち、ノックもせずに開け放ったのは、その怒りゆえと言えるだろう。言える、のだが。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………死ぬかい?」

 まさか怒りの対象が、頭にタオルを乗せた下着姿でいるとは思わなかった。



 この店は、悠にとって同時に住居でもある。実家は別にあるらしいが、基本的にここで朱崋とふたり暮らしらしい。更に言うと、彼女の自室は応接室の奥であり、風呂場は逆に部屋の外にある。

 つまり、風呂に入って自室に戻るには応接室を経由しなければならず――

「服を着ずに出た私も悪いかもしれないけどさ、君も君だよ、流星。ノックせずに入るなんて、常識に欠けてるよ」

 白いシャツと黒スカートという簡素な身なりで、悠はソファーに座った。

 向かいには流星が座っているのだが、哀れなほどぼろぼろな上、すっかり憔悴した様子でソファーに埋もれていた。

 幸い服が破れたりほつれたりするようなことは無かったものの、露出した肌という肌に赤い打撲跡、あるいは引っ掻き傷が刻まれている。全て悠に付けられたものだ。顔は身長差があるため比較的軽症だが、その分腹部などはこれでもかというほど殴られ、あるいは蹴り付けられたため、じくじくと痛みを訴えていた。

「だからってここまですること無いだろ……そりゃ悪かったけどさ……」

「悪いと思うなら、土下座した後そこの窓から飛び降りなよ」

「黙れ理不尽の塊!」

 思わず叫んだ。叫ばずにはいられなかった。

 なぜ下着姿を事故で目撃しただけで自殺もどきをせねばならないのか。

「大丈夫、君なら死なない。怪我してもすぐ治るさ」

「頼むから黙ってくれ……」

 流星は頭を抱えた。

 確かに非は自分にあったと思う。別にそれを否定はしない。けれど、命を危険にさらす理由はどこにもないはずである。

 そもそも、悠の下着姿など特に何とも――

「…………」

 ごっ、という鈍い音を上げて、流星は自分の頭を膝に打ち付けた。

 何とも思わない、と自分に言い聞かせようとして、うっかり先ほどの光景を思い出してしまったのである。

 入念にぼこぼこにされたのでかすれつつあるものの、ほっそりとした白く長い手足や濡れた黒髪が張り付いた胸元などが網膜によみがえり、流星の平常心をことごとく砕き潰していった。

 少女特有の、おうとつの少ない細い身体だった。けれど決して痩せぎすというわけではなく、ほどよく筋肉の付いた、引き締まった肢体は、人形のように完璧な造形なのに強い生気を発していた。女子耐性があまり無い流星には刺激が強過ぎたのである。

 そのまま膝の上で轟沈した流星の頭を、立ち上がった悠はがっしり掴んだ。そのまま、万力もかくやという力で握り締める。しかも爪を立ててだ。

「あだだだだだだだ」

「君のその素直なところは大変好ましいけどね……時と場合によるよね」

 そのまま握り潰さんとしているのか、だんだん力を込めていく悠。一体その細腕のどこにそんな力があるというのだろうか。

 生命の危機を感じた流星が悠の拘束を外そうとした時だった。

「悠様、流星様がいらっしゃいましたので、件の情報をお教えすべきかと思うのですが、まだよろしいのですか?」

 一体いつの間に入ってきたのか、朱崋が扉の傍に立っていた。

 朱崋の存在を認識した悠は、つまらなそうに唇を尖らせた後、流星の頭から手を離す。危機を脱した流星は息をついた後、朱崋と悠を見比べた。

「情報って何だよ。何かあったのか?」

「昨日の人のことだよ」

 悠は再び向かいのソファーに座り直した。

「気になったからね、一応調べたんだ。彼女の交友関係」

「はあ? おま、勝手に調べたのかよ!」

 悠は金居楽からの依頼を受けていないし、彼女を調べる必要性も無い。だというのに、何故彼女を調べる必要があるというのか。

 驚きで凝視してくる流星を、悠は冷たい目で見返した。

「調べたぐらいで何? 別に悪用するわけじゃないし、そこまで気にすることじゃないでしょ」

「おまえにはプライバシーって概念が――無いのか。無いんだよなあ」

 がっくり肩を落とす流星。そういえば自分の時もそうだったと、諦めをにじませた記憶がよみがえる。

 ふさぎこんだ流星など意に介さず、悠はソファーに深く身体を沈めた。

「もしかしたら依頼人になるかもしれないからね。素性や素行は知っておくべきでしょう」

「あのやり取りの後に依頼とか普通しないんじゃね?」

 確実に避けていく。流星はそう思った。

 だが、悠は違う感触があったらしい。

「私じゃなくても、いずれこっち側を頼ると思うよ。まあ、それまでに彼女の命があったらの話だけど」

「……どういうことだ?」

「彼女の反応なんだけどさ、やっぱりおかしいよ。だって普通、怖いものから逃げられた直後って安心するものでしょう? でも、彼女はすぐにまた襲われたらどうしようって考えた。まあ、それだけなら別におかしいことじゃないかもしれない。単純に、次の時を想像して怖くなっただけかもしれない。けれど、そもそも彼女がそんな怖い目に遭った理由は何かな?」

「それは……」

 解らない。それが流星の答えだった。

 楽は、自分が襲われていた理由を言わなかった。勿論こちらが訊かなかったというのもある。わざわざ蒸し返すようなことを訊かれもせずに答えることはあまり無いだろう。

 しかし、彼女が襲われた理由は一体何なのだろうか。

「理由無く人間を襲う怪異はない」

 悠はきっぱり言い切った。

「人間からすれば理不尽で不合理かもしれないけどね、あれらはあれらなりのルールにのっとって存在している。まあ、正直理解しがたいルールなのが大半だけどね。それに、理由はそれだけじゃないし」

 悠は肩をすくめ、ソファーに背中を沈めた。

「話を戻すけど、まあ調べたんだ。金居楽の交友関係」

「……色々突っ込みどころあるけど、俺は何も言わないからな」

「賢明だね。話がスムーズになる。で、調べたんだけど――ちょっとひっかかるところが多かったんだよね。ひっかかるというか、引っかけてるというか」

「……? 何だよ、ひっかかるとか引っかけるとか」

「彼女、やってたの、援交」

「えんこう」

「援交。援助交際」

 沈黙。

 ただ沈黙。

 ひたすら沈黙。

 沈黙、沈黙、沈黙の末――

「……はっ、何で!?」

「どれだけ衝撃だったんだよ、まるまる三分黙るとか」

 あきれた眼差しを流星に向けた後、悠は、何でも何も、と続けた。

「私が知るわけ無いでしょ。まあお金が欲しかったとか、そんな理由なんじゃない?」

「欲しかった」

「必要とかそんなんじゃなくて、ただ欲しかっただけだろうけどね」

 特にお金に困ってるわけじゃないみたいだし、と、悠は冷めた顔で肩をすくめた。

「別に珍しいことでもないんじゃない? 自分の安売りなんて誰でも――ってことはないけど、やってる人はやってる。そこに含んだ意図はそれぞれだろうけどね」

 彼女の言葉には特に蔑みなどの色は無かった。淡々としていて、紙に書かれた文字を読み上げているようである。

 流星は何とも言えない気分で黙った後、それで、と先を促した。

 悠はうん、と頷く。

「まあ、やってたこと自体は今はいいよ。問題は相手の方」

「相手? って、援交……のだよな。その、何かまずい相手がいたのか」

「まあね。君も知ってる人間だと思うよ。担当だったらだけど」

「担当?」

「土井令士っていう、君の高校の教師なんだけど」

 再びの沈黙。ただし、その意味合いは先ほどとは少し異なる。

 流星にとって、その名前は聞き覚えがあり過ぎた。何しろ担当どころではない、担任である。

 押し黙る――というより、硬直してしまった流星をさすがにおかしく思ったのだろう、悠は眉をひそめた。

「どうかした?」

「……そいつ、俺の担任なんだけど」

「君の? ……ああ、そうか。さすがに担当クラスまでは調べなかったな」

 悠は首を傾げた。

「まあ、それは今は置いておこう。それで、その土井令士なんだけどね、金居楽以外にも援交してる相手がいるみたい。というより、金居楽が属してるグループ全体と援交してたみたいだね」

「何だ……それ」

 流星はとっさに言葉を出せずに、口を開閉させた。

 どういった反応を返したらいいのか解らず、またどういう気持ちでいればいいのかも解らない。ただ、みぞうちの辺りがやたらむかむかした。

 流星がしかめっ面でいると、悠はおもむろに立ち上がった。

「じゃ、行こうか」

「……? 行くってどこに」

「君の高校。学校は休みでも、教師は休みじゃないはずだし、ここで話しててもそれこそ話が進まないでしょ」

「俺の高校って……てか、土井に会いに行くのかよ。何で?」

 悠の意図が解らず、流星は首を傾げた。一方の悠は、上着を取りに行くのだろう、自室へ足を向けている。

「話をするだけさ。今はね」

 笑みに歪んだ唇は、少女らしからぬ悪辣さを含んでいた。


    ―――


 確信を持って言える。悠は今、興味で動いている。

 揺れる黒髪を後ろから眺めながら、流星はうんざりした顔で歩を進めていた。

 ふたりが向かっているのは、流星の高校である。目的は宣言通り、土井冷士に会うためだ。

 悠の言う通り、学校そのものは休校となったが、教師の仕事まで休みになったわけではない。受験生には学校施設を開放している以上監督する人間が必要だし、教科担当は常時ではないにしろある程度の時間は学校にいるようだ。

 土井は流星のクラスの担任であると同時に、教科担当でもある。この時間ならおそらく学校にいるだろう。悠の判断に間違いはない。

 ないのだが。

「おまえさあ……土井に何聞くつもりだ?」

「別にひねったこと言わないよ。何で自分の生徒、それも複数人と援交してるのかって訊くだけ」

「ストレートってレベルじゃねぇ!?」

 放っておくと恐ろしい展開になりそうである。そうなる前に絶対に止めねば――流星がそう決意した時だった。

「……あ?」

 パトカーのサイレンの音が聞こえた。急に聞こえてきたわけではない。前に進むごとに大きくなり、今ようやくはっきり聞こえてきたきただけだ。

 流星は戸惑った。捜査そのものは終わってないにしろ、現場に来るたびにサイレンを鳴らす緊急性は無いはずである。

「何だ、何があったんだ?」

「さあ、何かがあったんだろうね」

 悠はのんきに返事をしつつ、楽しそうに口元を歪めた。


    ―――


 高野次郎は刑事としてあらゆる事件現場を見てきたし、見るに耐えない遺体も目の当たりにしてきた。中には人の手とは思えない理不尽な現場に遭遇したりもした。

 おそらくこれは、その類いのものなのだろう。

 そして、目に見える惨状としてはかなりの上位である。

 何より、連続して起こるということ自体が最大の問題だ。

 高野が入った教室の中。一番後ろの窓の傍の席。

 顔が剥がされた少女が、置物のようにおざなりに座らされていた。

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