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血族〈二〉

 奥座敷に向かう間、不自然なほど沈黙する悠に、刀弥は声をかけた。

「緊張するか」

「……少し」

「心配しなくても、親父はおまえを怒ったり、ましてや憎んだりしないさ」

「どうかな。少なくとも疎んではいそうだけど」

 悠の声には温度が無かった。それを感じ取ってか、刀弥はそれ以上何も言わない。

 悠が実家であるこの家に戻ったのは二年弱ぶりで、父と会うのも同様である。刀弥ともうひとりの兄とは顔こそ合わせなかったものの、定期的に連絡が入っていたし、刀弥は去年に誕生日だからと下の兄と選んだプレゼントと一緒に会いに来てくれた。だが、父とはどれひとつとして無い。

 確かに血は繋がっているはずなのに、その間に情が通った記憶は無かった。それは悠自身の出自と母のせいであるが、思い出すら無いことに虚しさを感じないではいられない。

 ──まあ、慣れたけど。

 悠にとって、家族というものは実感の薄い代物だった。両親はただ血縁者であるという認識しか持てず、兄達と歩み寄るには後ろめたい。きっかけがあったのは事実だが、それが無くとも遠からず家を出ただろう。

 兄達はそんな悠を妹として扱ってくれる。だが当主である父がそんな調子だから今以上に距離を詰められない。それを申しわけなく思わせていることこそ申しわけなかった。

「──着いたぞ」

 刀弥の言葉に我に返ると、目の前に豪奢なふすまがあった。

 思わず足を止めた悠と違い、刀弥は遅滞無くふすまを開け、中に入った。

「親父、来たぞ」

 ふすまの先には、流星と猛がいたのよりもずっと広い空間だった。その上座には、中年の男がひとり。

 刀弥から親父と呼ばれた彼こそが、椿家の現当主、椿秋月である。

 刀弥、悠兄妹とは、似ているところは少ない。せいぜいが切れ長の目ぐらいで、ふたりのような絶世の美貌も、それによる艶やかさも無い。

 だがその存在感は、巨大な岩壁のごとく他者を圧倒した。実際悠は内心の気まずさを抜きにしても身がすくむ思いだった。この家で彼に対し身構えないのは、刀弥ぐらいなものだろう。

「……久しいな、悠。息災か」

「……肩以外は」

 悠はそっけなく言って視線をそらした。視界の端で刀弥がやれやれとばかりに首を振っているが、一体誰に対してなのだろうか。

「……座りなさい。連中が来る前に話しておきたいことがある」

 秋月に促され、ふたりは対面に座った。

「すでに話は聞いているが、改めて問いたい。悠、鬼童子を匿ったことは事実か」

「事実だよ。嘘偽り無く」

 なぜ今更、と思いつつきっぱり言い放つと、秋月はあからさまに顔をしかめた。

「鬼童子がどういう存在か、おまえはよく解っていると思っていたが」

「解ってるよ。鬼童子に限らず、半妖がどういうものか、その危険性も」

「なら、なぜ。よりにもよって、最も危険な存在のひとつたる鬼を助けた」

「……可能性を見出だしたのが、とりあえずひとつ」

 悠は目を細めた。

「怪異の因子を持っているから半妖は危険なんじゃない。怪異の因子を目覚めさせる人格が危険なんだ。でなければ理論上無害な存在まで狩る、という発想はそもそも生まれない」

 怪異の因子は、大抵の場合目覚めないまま一生を終える。因子を目覚めさせ、半妖となるのは、人格に大きな歪みを持ってしまった者が大半だ。そしてその歪みは、害の有る無し関係無く人の道を外れさせる。

 よしんば外れなくとも、以降の人格はまともではなくなる。怪異の因子も相まって、おおよそ人間らしさは残らない。そんな人間が、その先ずっと人道を歩めるかは疑問が残る。

 つまり、危険な芽は早期に狩られるのが常識だった。実際、すでに目覚めた者を悠のように保護したり、橘家のように受け入れるのは稀である。

 実のところ、悠も半妖は排除すべきという考えが無くはないのだ。ましてや鬼童子という危険な存在である流星を、最初は狩ろうとしていた。

「その者は例外だとでも? くだらん、例外など存在しない」

「その例外だからこそ、私は流星を匿うことにしたんだよ」

 父への反発心が勝ったのか、悠の声は思いの外大きく出た。悠はため息をついて、声を改める。

「華鳳院流星が鬼童子となったきっかけは、家族を殺されたこと、殺したのが妖魔だったためにそれに当てられたこと、自分もまた殺されかけたことが原因。普通、変異の影響もあって暴走してもおかしくなかった」

 だが、流星は仇である妖魔を殺し切る前に正気に戻り、自分がしたことを恐れて逃げた。そのまま殺すこともできたのに、あえて(、、、)しなかった。

 その後、悠と対峙した時も抵抗らしい抵抗をしなかった。先日の呪いの家も、怪異を倒しても悠に襲いかかった時はぎりぎり踏みとどまった。

 それもこれも、流星が半妖としては異常なほどまっとうだったからだ。

 家族を殺され、自身も殺されかけ、人間ではなくなり、生きるために退魔師にならざるをえなくなっても、なお。

「彼はきっと、普通の人間(、、、、、)なんだよ。人ではなくなったけど、人間なんだ」

「元はそうかもしれん。だが、今は違う」

「違わなくない。肉体は確かにそうだけど、精神、魂は人間のままだよ。だから彼は人間だ」

 きっぱり言い放った悠に、秋月は渋い顔をした。逆に刀弥はにやにやと楽しそうにしている。

 しばらくして、秋月は嫌そうに尋ねた。

「ひとつ、と言ったな。もうひとつは何だ」

「個人的なことだよ。私が彼を気に入ったの」

 そう言ったとたんの、秋月の顔をどう形容したものか。

 かっと目を見開いて悠を睨み付ける様は、座していながら武器を構える仁王のごとしである。

 だが悠は、不思議と恐ろしくはなかった。ただなぜそのような顔をされるのか解らず、戸惑うばかりである。

 ちなみにその隣で刀弥が声を殺して爆笑していたのだが、父に気を取られていた悠は気が付かなかった。

 混沌とした空気となったが、それも一瞬のことである。

「ご兄妹様がいらっしゃいました」

 女中の声に、三人の空気が引き締まった。

 かの安倍晴明の末裔を名乗り、しかしてその出自は不確かな一族。その名は歴史に刻まれた由緒ある一族だが、今ここにいる彼らが本当にその血を受け継いでいるかは疑問がぬぐえないでいる。何しろ戦後、本来の末裔とは別に正統性を謳って名乗りを上げたのが彼らの所属する一族なのである。

 実際に縁のある者達なのか、それともただ騙っているだけなのかは定かではない。

 ゆえに椿家を始めとする多くの退魔師の家には信じられていないのだが──

「やあやあ、そろっているな──ああいや、ひとり足りないか」

 入ってきたのは、狐のような細い目の青年だった。

 陶器の面のように整った、無機物めいた顔をしており、冷たい笑みを唇に張り付けている。

 悠と刀弥という人並み外れた美貌と共にあっては、その美しさは霞んでしまう。だが彼ひとりを見れば、そうそういない美青年であった。

 だが恵まれた顔立ちの代償のように、人間味や暖かみというものが一切無い。人形が動いていると言われても納得しそうだった。

 それがにやにや笑っているのを見て嫌な気持ちになった悠だったが、ふと彼がひとりであることに気が付いた。

 彼の傍には常に悠と同じ年の少女がいるはずだし、事実、彼女も来ていると聞いたのだが──

「土御門の、妹はどこだ」

 秋月の問いに、青年は肩をすくめた。

「ご当主殿、そんな呼び方はよしてください。僕には熾紋(しもん)という名前があるんですから」

「この屋敷での自由は許可しておらん。妹はどこに行った」

 己の言葉を無視されて鼻白んだのか、青年──熾紋は片眉を上げた。だが笑みは崩さずに答える。

「さあ……屋敷に入ってすぐ、勝手にどこかに行ってしまいましたよ。止めたんですがね、まあ僕の言うことなんて聞きゃしませんから」

「どこに行ったんだ」

 再度問われてさすがに観念したのか、熾紋はため息をついた。

「悠嬢の鬼に会いに行きましたよ」

 それを聞いた瞬間、悠は駆け出してしまった。

 秋月の制止も聞かず、悠は流星の元に向かう。

「あの女……!」

 吐き出した悪態は、心の底から憎々しげだった。

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