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沈罠〈終〉

 流星と猛が見つめる中、少年は立ち上がった。

 周囲が暗いため、顔はよく解らない。ただ目をこらしてみると、少年の剣は手に持っているのではなく、直接腕から生えていることに気が付いた。

「半妖……いや、妖魔か」

「妖魔って」

 悠から聞いたことがある。怪異の力を人を害する形で使う半妖達。

 少年は腹をさすりながら肯定した。

「そーだよ。上の命令で、橘家の当主候補の殺害と鬼童子の回収をしにきたんだよ」

「どっちも意味解んねぇ命令だな。俺は当主の息子ってだけで別に次期当主ではないし、流星さんは物じゃねーんだから回収は無いだろ」

「じゃ、ご子息殺害と鬼童子勧誘だ……って、どっちでもいいだろ。意味は同じなんだから」

 少年はうざったそうに言って、刃を振った。

 とたん、少年の腕から刃が飛ぶ。ブーメランのようにくるくる回りながら、不規則な動きで猛に迫った。

 猛は慌てることなく刃を弾く。その隙を突いて、少年は間合いを詰めた。その腕には、新たな刃が生えている。

 余裕を持って少年の刃を受け止めた猛は、しかし目を見開くことになった。

 弾いたはずの刃が背後から(、、、、)猛の肩に突き刺さったからだ。

 ブーメランのよう、という印象は間違いではなかったが、正解でもなかった。

 さながらホーミングミサイルである。弾いただけでは足りなかった。その刃は、相手に刺さるまで追ってくるのだ。

 痛みで一瞬力が抜けた猛の胸に、少年は反対の腕から飛び出た刃を突き刺した。

「はっはァ──! これでいっちょあ、が……?」

 だが、驚愕に硬直したのは少年の方だった。

 刃は確かに猛の皮膚を裂いた。しかし、中には届かない。筋肉から下に、内臓どころか骨にも到達しない。

「かっ……た! いや、おまえこれ」

「っ……ぎりぎり、防御力が足りてたんだよ」

 猛はうろたえる少年の顔を勢いよく殴り飛ばした。少年は受け身も取れず、再びコンクリートに叩き付けられる。

 猛は息を整え、刺さった刃もそのままに槍を構え直した。

 そもそも、少年は疑問を持つべきだったのだ。華奢な腕で振るうより勢いよく刺さった刃が腕を落とすどころか、槍を持つ妨げにもなっていないことに。

 橘家は、退魔師の中でも特に肉体の強化を重要視する一族である。(よわい)十四である猛も、その歳に見合わぬ、しかし本家の男子としてふさわしい技量と肉体強度を持っていた。

 この肉体強度は、何も鍛練のみで手に入れたわけではない。

 猛の肉体は、経を読むほどに強度が増す。読経という行為を媒体にして、鬼神を己の身体に呼び込むのだ。鎮魂の儀式を行っている時点で、猛の肉体は高められていたのである。

 もっとも、まだ最高値まで至っていないのだが。

「あ、ぐ……ぉ゛ういうこと、だよぉ……一体、何べ……!」

「何も知らされずに来たのか? おまえ、本当に」

「うるべぇ!」

 少年は口と鼻からだらだら血を流しながら、両腕を滅茶苦茶に振り回した。

 現れたのは無数の刃。それが猛の四方八方を囲う。回転するごとに勢いを増すそれは、猛を斬り刻まんと襲いかかった。

 だが、その全てが猛には届かない。

「弾いただけじゃまだ戻ってくるなら、破壊してしまえばいいんだろ」

 全ての刃は剛槍の一振りで全て破壊されてしまった。舞い散る破片を呆然と見つめる少年の喉元に、猛は槍を突き付ける。

「もう一度訊くぞ。おまえ、本当に連中(、、)の……」

「何う゛ぇ! ぁんでだよぉ! お゛まえ何で()なないんだっ。お゛まぇなんて」

 少年の言葉は途中で遮られた。猛がうんざりした顔をして、槍で彼の頭を殴ったからだ。

 唖然とした流星の前で、少年は再びコンクリートに倒れる。今度はぴくりともしなかった。

「た、猛君? まさか、殺し」

「てませんよ。何スか、猛君って。情報引き出したいですし、どの道半妖化も中途半端っぽいですから、殺すのは偲びないし。それより大丈夫ですか?」

「俺の台詞でもあるんだけど……まあ、うん」

 流星は身体を起こした。

 傷こそ塞がっていないものの、血はもう止まっている。前回のことを考えるに、二、三日で問題無く完治するだろう。

「猛こそ大丈夫か? 刃、刺さったまんまだけど」

「筋肉で止まってますから」

「その理屈、まじで通用すんの?」

「でも抜くと血がドバりそうだから、今は放置ッスね」

「ドバりそうとは」

 流星は考えるのを放棄した。

「とりあえず撤収ですね……連絡入れます。流星さんは引き続き周囲の警戒を」

「おう」

「……解ってないみたいですけど、警戒するのはゾンビじゃなくて第二の襲撃ですからね」

「え?」

 目を見開く流星に、猛はスマホを出しながら顔をしかめた。

「まず第一に、多分今回の依頼自体が罠の可能性が高い。おそらく、襲撃をしやすくするために誘き出したんでしょう。第二に、こいつは弱過ぎる。流星さんにしても不意打ちでやられただけで、正面からならどうとでもできましたよ」

「いや、どうだろ……」

 少なくとも全方位刃はどうしようもなかったと思う。鬼童子として戦えるならともかく、素の流星は身体能力が高いだけの人間だった。

「とにかく、気を付けて……」


「その必要は無い」


 猛の言葉に被せるように、ひとつの声が響き渡った。

 静かで、穏やかな声に、ふたりがかえって警戒を高めていると、日中車が消えた方向から、ひとりの青年が姿を現した。

 すらりとした体躯の、隙の無い歩き方をする青年だった。それでいて右腕が不自然にだらんとしているのがアンバランスで、奇妙な印象を与える。

 一方で容姿は、艶やかな黒髪に新雪のような白い肌、微かな笑みを浮かべた唇は血のように紅く、ぞっとするほど整った顔立ちもあいまって同性でもどきりとするような色香があった。

 だが何より印象的なのは、切れ長の目に収まった瞳だった。黒曜石のように輝く瞳は恐ろしいほど澄んでいて、心の奥底まで見透かされそうである。

 しかし流星はその美しさには驚かなかった。流星が驚いたのは、青年の顔立ちや特徴が悠に非常に似通っていることにである。

刀弥(トウヤ)さん、何でここに」

 硬直する流星とは対照的に、猛は身体から力を抜いた。だが一方で、その表情は困惑が色濃く出ている。

 青年──刀弥は、肩をすくめた。

「別件で近くまで来てたんだが……おまえんとこの運転手が異変を感じ取って連絡してるとこに行き合ったんだ」

「……それ、何時間前ですか」

「一時間も経ってねぇよ。三十分ちょいってところか」

「貴方は、本当に……あいかわらずッスね」

ぽんぽんと交わされる言葉に、流星は目を白黒させる。そのことに気付いて、猛は苦笑した。

「この人は椿刀弥さん。悠の兄貴ですよ。運転手に話を聞いて、周辺に敵がいないか探ってからここにきてくれた──ですよね」

「おう。初めてまして、華鳳院流星君。妹がお世話になってます」

「は、はあ。どうも」

 流星は頭を下げながら、猛の反応の理由を察した。

 このダムはけっして小さくない。ぐるりと一周するだけでも相当の時間がかかるはずだ。それを敵の確認を含めて三十分程度で済ませたのである。

 それにも勿論驚いたが、それを当然として受け止める猛にもびっくりした。

 刀弥という青年は、一体何者なのだろうか。

「敵がいないのは解りましたけど、この少年はどうします?」

「うちで尋問しよう。今の橘家じゃ、足の引っ張り合いになるだろうし」

「……そうですね。そもそもうちの依頼が罠の可能性がある以上、最悪口封じされるかも。その代わり、俺も参加させてください」

「勿論」

 流星がぼんやりしている間に、もろもろ決まってしまった。そうなると、自分はどうすれば──と首を傾げた時である。

「じゃ、ふたり共行こうか」

 少年をひょいっと左腕で抱き上げ、刀弥は言った。頷いた猛とは違い、流星は話に付いていけない。

「行くってどこへ?」

「うち──椿家本家だよ」

「椿家……」

「ちと遠いが、君の事情もあるしな」

「俺の……って、あ」

 流星は青ざめた。

 流星──と言うより鬼童子は、退魔師にとって狩る対象である。今は大丈夫でも今後暴走する可能性が消えない以上、今の流星は非常に危うい立場なのだ。

 悠の実家といえど、どこまで命の保障があるか解らない。

「大丈夫」

 流星の顔色を見て、刀弥は安心させるように微笑んだ。

「悠が生かしてる以上、何かしら理由があんだろ。なら俺もおまえを守ってやらねえとな。親父──当主にも話通すし」

「……悠からは、俺のことをどこまで?」

「鬼童子であることと、退魔師になれるかの見極めをしてること、暴走したら自分が狩ると宣言してることぐらいかな。詳しい事情は知らん」

「そうっすか」

「あいつも呼び出さなきゃならんなあ。悠は嫌がるだろうが」

 刀弥の声は、寂しげな色を含んでいた。その声につい、流星は尋ねてしまう。

「悠は、何で家を出たんですか?」

 びしり、と空気が凍った。

 猛は信じられないものを見る目で流星を睨む。そんな目をせずとも、流星は自分が失言をしたと認識していた。

 十代半ばも過ぎていない少女が実家を出て危険な仕事をしているなど、後ろ暗い事情があるに決まっているのだから。

 流星はおそるおそる刀弥を見た。身長差ゆえに見下ろす形になるが、全くそんな気にはならなかった。

「──それを聞いて、おまえはどうするんだ?」

 刀弥は微笑んでいた。人ひとりかついでいるとは思えない、ゆったりとした声音でもあった。

 だがその眼差しは、他者の発言を一切許さない。謝罪さえ切り捨てるだろう、鋭い視線だった。

 ひゅっ、と息を詰めた流星を見て、刀弥は目を細めた。

「行こうか。せめて日付が変わる前に帰りたいしな」

 刀弥は悠然と歩きだした。その言葉も背中も、拒否を許さぬ圧があった。

 ──違う。この人は違う。

 つばを飲み込もうとした流星は、口の中が乾いていることに気が付いた。

 強いとか凄いとか、そんな次元ではない。むしろ異次元の存在のような異質さ。悠とよく似た、しかし彼女とは違う存在感に、流星はしばし、動けなかった。


   ───


 その後、幾つかのトラブル(、、、、)を経た後、悠による事実と憶測曰く──

 墓地が沈んでいたことはすでに語られたが、そこにやはり、問題があった。

 あった、というより、作られていたと言うべきか。

 日のある内にダムの底を探ってみたところ、墓地があった場所には遺骨は勿論、墓石なども全て撤去され、墓場らしいものは何も無かった。だが代わりに真新しい──長く見積もっても半年とたっていない死体が無造作に埋められていた。その数、およそ五十。

 すでに清められているとはいえ、元は墓地だった場所に死体──それも他殺死体が埋められれば、穢れは急速にたまる。

 更に刀弥が探索の末に捕まえた男──捕まった直後に毒を飲んで死んだので詳しくは解らないが、おそらくは霊を降ろすことのできる人間だったとのことで、おおよそ今回の真相も解ってきた。

 猛は自分達が誘われたと言っていたが、それは正しく、橘家への依頼という形で、猛を暗殺しようとしていたのである。内通者と思わしき者が行方不明となったことで、それは濃厚となった。

 だが、疑問が全て消えたわけではない。

 流星と猛を襲撃した少年は、流星をどこかに連れ去ろうとしていた。尋問の末に結局何の情報も持っていなかった少年だが、流星を連れ帰ることも仕事の内だというのは認めている。これが流星の家族を殺した怪異の背後と同じか否かは、現状不明である。

 もうひとつ、悠が襲撃された事実。おそらくは猛と共に暗殺対象にされていたのだろう。急きょ同行しなくなったがゆえに、個別に襲ってきたと思われる。

 だが、悠は猛と違い、実家とは距離を置いている。当主候補として上がってもいない。狙われた理由が解らないのだ。

 悠自身は心当たりがあるのか、口を閉ざして語ろうとしなかった。

 これらを流星が知るのは椿家を出てしばらくしてからであり──疑問が解消するのは、もう少し先の話である。

 とにもかくにも、数々の疑問を残して、ダムの一件は幕を閉じたのだった。

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