喰家〈終〉
呪いの家の一件が決着した翌週、流星はケーキが入った小箱片手に事務所を訪れていた。自身の怪我もそうだが、何より悠が重傷で、しばらく互いの療養のために会えていなかった。
流星は今はもうすぐ包帯も取れるが、悠は肩を脱臼した上にやはりひびが入っていたらしい。
それを聞いた流星はいたたまれないことこの上なかったが、悠はあっけらかんとしていた。
鬼童子として覚醒した影響で異常な治癒力を身に付けた流星と違い、悠の傷の治りは常人の域を出ない。なのでなおさら罪悪感がのしかかっていた。
ケーキはせめてものお詫びだ。本当は治療費も出したかったが、のらりくらりとかわされてしまった。
しかし事務所の目前で、はてあいつは甘いものは大丈夫なのだろうかと疑問を持ったが、買ってしまったものはしかたがないと二階に上がり──
「何やってんだよ!」
扉を開く直前、外から聞こえるほど大きな怒鳴り声が響き渡った。
何ごとかとおそるおそる中を覗いてみると、ソファーに座った悠の向かいに、少年がひとりいる。
短く切った黒髪に、がっしりした体躯、顔立ちは少年とは思えないほど精悍である。
こっそり見ていたつもりだったが、ふたりはすぐに気が付いたらしい。流星が少年の姿を確認すると同時に、ふたりは振り返った。
「あれ、流星?」
首を傾げた悠の右肩は固定されていた。本人曰く利き腕ではないから問題無いとのことだが、見る側からすれば痛々しい。
「この人が、例の……」
一方少年の方は戸惑いの表情で流星を見つめていた。
その言葉で、彼もまたこちら側なのだと察する。
「今日だっけ、来るの」
「いや、あのー……今日はお見舞いというかご機嫌伺いというか。せめてものお詫びにケーキ買ってきたんですけど……」
「ケーキ!?」
とたん、悠は喜色満面でぴょんと跳ねた。ケーキは全く問題無かったどころか正解だったようである。
うきうきと朱崋に紅茶を淹れるよう指示する悠を横目に、流星は少年を見た。
「ところで、そっちは」
「……橘猛って言います。よろしく」
少年──猛は素っ気無く答えた。敵意などは感じず、単純にどう接するべきか悩んでいるようである。
なので流星が鬼童子であることを知らないのかと思いきや、なんと知ってるという。
「さすがに鬼童子は聞いたこと無いですけど、怪異の性質を持っていたり、その力を使ったりする人はけっこういますよ。悠の家もそうだし」
「は!? そうなのか?」
思わず振り返ると、悠は嫌そうな顔をした。
「猛、君ね」
「事実だろ。そりゃ、あんまり関わり持ちたくない気持ちは解るけど」
猛の言葉に、悠はため息をつきつつソファーに座り直した。
「……まあいい。流星も座りなよ。ついでだし、例の家のことを話そう」
「その怪我のか。俺も聞いていいのか?」
「あ、いやその……怪我は俺のせいです……」
流星は大きな身体を縮こまらせた。
は? と首を傾げる猛をいいから、と制し、悠は流星の腕を引っ張った。
流星を無理矢理座らせ、悠は話し始める。
「呪いをかけたのが誰かは解らないっていうのは、流星には話したよね。だから発覚した呪いの様式だけ話すけど……開いてたんだよね」
「げ」
「……?」
顔をしかめた猛と対照的に、流星は首を傾げた。
「開いてたって、何が?」
「霊道だよ」
「れいどう?」
「霊の通り道。本来は浮遊霊なんかが通る道なんだけど、道をいじったら周囲に悪影響を及ぼす」
「呪いをかけた奴は、霊道を作って加工して、悪霊を呼び込むことで呪いの家を生み出したってことか」
猛は納得、と頷くが、流星はさっぱり理解できなかった。
「え……え? つまり?」
「呪いは悪霊を使って成立してたってこと。ちなみにこのやり方、呪いをかけた人間が生け贄になる必要があるんだよね。だから最初の犠牲者が呪いをかけたってことになるんだけど……その人が本当に犯人と言えるかは、ちょっと微妙なところだね」
「え、何で?」
「たまたま霊道がずれたとかならともかく、作為的に造るなんて、ましてや呪いとして成立させるなんて、素人には無理。手を貸した人間がいる」
それはつまり、呪いがどういうものか承知の上で教え、指導した人間がいるということだ。
人間がむごたらしく死ぬ呪いを、他人に──
「そういう人間は、割といる」
悠の表情は淡々としていた。猛も動揺した様子が無いことからそれを受け止めているようだ。悠とそう変わらない年齢に見えるにも関わらず。
流星の背筋がぞくりと震えた。
「流星、君の家族を襲ったのも、そういう人間だ。こっちの稼業でいう、犯罪者ってところだね」
「犯罪者ってことは……警察には」
「捕まえられない。連中は法の外の存在だからね。だからこっちで処理しないと」
肩をすくめる悠に、流星は黙り込んだ。
どこか気まずい雰囲気に割り込むように、猛が口を開いた。
「ところで話を戻すけどよ……本当に例の件、俺と流星さんだけで行くのか?」
「私がこの状態だからね。戦力的には問題無いでしょ。私と猛の仕事を入れ替えればいいだけだし」
「そりゃ神楽が舞えないんじゃそうなるけど……」
「え……え? 何の話?」
流星が悠と猛を交互に見やると、悠はにやりと笑い、猛は哀れみの眼差しを返す。
嫌な予感がして立ち上がろうとした流星の肩に、悠の手がぽんと置かれた。
「無限に湧くゾンビの対処、任せたよ」