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井戸の蓋  作者: と〜や
4/4

井戸

 あちこち散歩して帰ってきた頃にはすでに日が傾いていた。

 木造校舎の鍵を外して茶室に向かう。使われてない校舎ではあるけれど、荷物置き場になっているようで、掃除だけはされているようだ。

 茶室の鍵を開けて明かりをつける。使われていない校舎とはいえ、俺たちの荷物を置いているわけで、離れるときには入り口も茶室もカギをかけるようにしている。

 エアコンは荷物を持ち込んだ時にスイッチを入れてあるから、程よく涼しい。

 文机を食卓代わりに引っぱりだすと、確保してきたものを並べた。

 晩飯の分は弁当にしたが、明日の朝食は菓子パンがメインだ。茶室には冷蔵庫がないから、傷みやすい食料は避けた。

 あとは懐中電灯と電池。

 ついでに布団も引っ張りだして敷いておく。どうせごろ寝するだけだから掛け布団は出さない。

 夜までの時間は長かった。スマホのバッテリーが空にならないように充電しつつ、暇つぶしをする。

 十時を過ぎて、風呂を借りに行く。用務員室は昔と全く変わらず、ボロ屋のままだ。風呂も狭い。一人ずつしか入れないのを忘れてた。用務員さんはもう入れ替わっていた。そりゃそうか、あの時で七十越えてたからな。

 交互に風呂をもらって少し用務員さんとおしゃべりしたら、もう十一時を過ぎていた。

「じゃ、行くか」

 風呂道具を担いだまま、俺たちは校舎の裏を歩き出した。グラウンドの火の玉と井戸の確認だ。

 職員室にはまだ灯りが付いている。こんな時間までご苦労様だ。校長室はもう電気が消えている。井戸の下までやってきて、やはりなにもないことを確認する。

 平井は怖がって、街灯のあるグラウンドの近くで待っている。


 十二年前のことを思い出しながら、俺は井戸の側に立ち尽くしていた。

 あの時もこれくらいの時間だった。数十人いる文芸部員が風呂に入るのに、結構時間がかかったんだよな。で、俺と部長は最後になって、茶室に帰る前に「七不思議、回ってみようぜ」って話になって……。

 グラウンドから講堂裏の地蔵まで歩いて、井戸に戻ってきた。あの時はまだ木造校舎で、すぐ側に玄関側から中庭に抜けられる扉がついていた。そこの扉から校舎に入れば、茶室へまっすぐ戻れる。

 もちろん木造校舎はすべて灯りが落とされ、真っ暗だった。

 なのに、あれはそこにいた。真っ暗なのにいるのがわかった。

 井戸じゃない。本当は木造校舎の中から、井戸を伺っていた男。――もう名前も忘れたけど、中等部の教師だった。

 そこからヒントを得て書いた作品を、文化祭で出す冊子に収録した。それが、騒動の火種になろうとは。

 俺はため息をついた。

 あのあと井戸から出てきた骨は、数年前に行方不明になった女子中学生のものだったと聞いた。

 幽霊話は以降、卒業するまで聞くことはなかった。


 今回もまさか、と思い、井戸の蓋を力づくで動かして見ようとした。が、さすがにそんなに簡単には動かない。鉄板だけで百キロを超える重さだというのに、動かせるはずがない。

 ひとまず平井のところに戻ろう、と踵を返した時だった。

 つん、と肘を引っ張られた。

 木の枝にでも引っ掛けたか、と足を止めるが、井戸の側には木は植えられていない。

 気のせいだろうと一歩踏み出す。

 今度は裾を引っ張られた。

 気のせいか、辺りの明るさが一段暗くなっている。

 振り向いてはならない。俺はとっさにそう思い、平井のいる場所だけを凝視する。明るい光に照らされた、セーフティーゾーン。

 虫の声が聞こえなくなる。遠くの国道を走る車の音も聞こえなくなる。

 一歩、一歩。進むごとにくっきりとその感触を感じる。

 耳を、髪を、足を引っ張る――無数の手。

 その引っ張る力が一歩ごとに増えていく。

 平井を呼ぼうと口を開くが、声が音として聞こえない。

 水の中をもがき進むような、スローモーションの世界。光がどんどん失われ、視界が狭まっていく。

 向こうから平井がこちらにかけて来るのが見える。

 砂袋か何かのように体が傾いて行く中、耳元で二十人ぐらいの声が同時にしゃべっているのが聞こえた。その中に女の子の「ありがとう」という言葉があったのを、聞いた気がする。


「まったく、肝冷やしたぜ」

 目が覚めたら、茶室に寝かされてた。平井が半泣きの顔をしていたのは黙っておこう。

「すまん。どうも引っ張られたみたいで」

「……だからあそこは近づいたらマズイって言ったろ? ……おまえ、そういうの呼びやすい体質なんだからさぁ」

 ぽりぽりと頭をかいて、俺は起き上がる。

「で、何もされなかったか?」

「ああ……とりあえずは」

 ずいぶん積極的な子だったけどな、とつぶやく。

「で、今何時だ?」

「日が変わって二時になったところだな」

「……そろそろ鎧武者が出てくる頃だな」

「えっと……俺ちょっとトイレ……」

「じゃあ俺も行こう。ついでにもう一度井戸に行ってくる」

「ちょ、おまえ、マジで? 俺、ここまでおまえ担いでくるの、もういやだぜ?」

 平井に俺は微笑んでみせた。

「大丈夫だ」


 結局平井は同じ場所で待機してる。俺は花壇から花を一輪摘み取ると、井戸に近づいた。

 丑三つ時で闇の色が濃い。先ほど袖を引っ張った者達が潜んでいるのだろう。

 足元にブロックが転がっている。おそらく校長が聞いた大きな音を立てたのはこれなのだろう。教務棟の上から投げればこの辺りに落ちるかもしれない。

 ――タスケテ。

 どこで誰が助けを求めているのか分からない。でも、聞こえたんだ。

 ありがとうと同時に。

 花を井戸の蓋の上に起き、手を合わせる。これは十二年前に見つかった子への手向け。

 耳元で聞こえる雑多な声は変わらない。

 今回の幽霊騒動も、十二年前と同じなのだろうか。蓋の上がらない井戸に、誰かが隠されているのだろうか。それを俺に探せと言うのだろうか。でも、俺には何も見えない。感じることもできない。

「俺は何もできないよ」

 つん、と袖を引っ張るものがいる。

 右手……井戸とは反対側の花壇の方へ。そこは、前に植えられていた花をプランターに移植したあと、次の花を植えるまで肥料を入れて休ませてある場所だった。土も柔らかい。

 土をさわろうとした手を、ぐいと引っ張るものがいる。

 ――タスケテ。

 不思議と胸騒ぎはしなかった。やわらかな土をかきわけて行く。

 それほど深くはなかった。スカートが見えた時、俺は平井に叫んでいた。


 諸々のことが終わって解放されたのは、もう昼を過ぎていた。

「すまんな、平井」

「いいってことよ。それより早く見つかってよかったよな、あの子」

「……ああ」

 いつも平井の前向きさには助けられる。俺が聞けるのは死者の声だけ。誰も救えない。

「校長先生が呼んでるらしいけど、どうする?」

「……荷物、回収しに行かないといけないしな」

 行きたくはない。報告はしにいかないといけないとは思ったが、礼を言われるようなことではない。

 仕方なく俺たちはタクシーで学校に向かった。

「そういえば、今回は鎧武者の霊には遭遇しなかったよな」

「ああ、あれはマジで怖いからやめとけ」

 十二年前のことを思い出して、俺は苦笑した。

 ちょっとした思いつきだったんだよな。部長が扮した鎧武者はよほど怖かったのか、参加していた子たちが広めたお陰で本物の七不思議にカウントされてしまった。文芸部の冊子の売上に貢献したのは言うまでもないが。

「だよなぁ。俺さぁ、あの時書いた作品、全部没にされて、夜中まで一人で書いてたんだよ」

「ああ」

 覚えてる。結構遅くまで頑張ってるなあと思ったんだよな。

「そしたらさぁ、なんか足音がして、茶室の奥の方から鎧武者が行進してきてさぁ、入口の方へ消えてったんだけど、そのうちの一人が起きてた俺に気がついて、刀抜いて追いかけて来たんだよ。あの時はマジビビった。腰抜かして文机に頭隠したらガツッて音がして、頭殴られて、俺死んだって思った。しばらくして足音が消えてから頭出してみたら、鎧武者は消えてて、俺の隠れてた文机、真っ二つに切れててさぁ……」

 俺は眉をひそめた。

「何の……話だ? あれは部長が――」

 ネタばらしをしようとして、口をつぐむ。確かに十二年前、何故か真っ二つになってた文机があった。撤収の時に茶道部の顧問にめちゃめちゃ怒られたのを覚えている。

「あれ……本物だったのか?」

 単に七つ目を作っただけだったのに、本物がいたのか。

「今回は遭わずにすんでよかったよ、ほんと」

 平井の安心した声に、俺は今更ながら背筋が凍るのを感じていた――。

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